奮い立てよ、今ここで

川清優樹

奮い立てよ、今ここで

 ……己の限界を突き付けられる事がある。力不足を痛感させられる事がある。

 どうやらオレにとっての「その時」ってのは、今だったらしい。


 ――とある県立高校の強くもないし弱くもないサッカー部の引退間近のゴールキーパー、それがオレだ。


 といってもレギュラーじゃない、背番号は1だが、公式戦のゴールマウスはほぼ二年の後輩に譲っていた。


 単純に、ソイツの方が優れてた。他の学校との試合の前に、正々堂々争って負けたのだからそこは受け入れてる。精一杯やって、去年は先輩に、今年は後輩に負けた、それだけだ。悔しさもあったが、それ以上に自分の位置を認める事ができた。


 認めた――そう、だからかもしれない。


 高校三年の選手権予選、負ければ最後の一発勝負。そこでもオレはベンチメンバーだった。弱くはないけど強くはなれない、そんな部の中でオレは勝てなかった、それが現実だった。


 それならばと、ピッチの上に立てないなりの事をやろうとした。これは仕方無しにとかじゃない、全力でだ。何よりオレは、このチームが好きだったからだ。



 サブである事に全力で、自分のプレーよりチームメイトのプレーを見た。ムードメーカーになろうと盛り上げ役を買って出た。コーチ、マネージャーと一緒に、データ作成をしたりもした。……最後のは、頭はあんま良くないから、逆に迷惑をかけたかもしれないが。


 まあとにかく、皆の為に出来る事を考えてやってきた……つもりだ。最上級生ならその経験値の部分でほぼ全員ベンチに入れるくらいの層の部だ。やれる事は沢山あった。


 そんなオレたちの目標は四回戦進出、理由は単純でそこにいけばシード校と戦えるからだ。


 目安としては妥当だし、特に今回の組み合わせで当たる相手には初戦から出てくるかはわからないにせよプロ内定の世代別代表の選手が二人もいた。


 オレをはじめ、ウチの学校には高校生でガチの競技は終わりって連中が多い。最後の最後に天の上に等しい格上の相手と当たり思い切り試合がしたいっていうのは大きなモチベーションだった。


 オレたちの世代の最後の大会、みんなでそこを目指していた。オレもそれを後押しできればと思っていた。


 ――そんなオレに、その一つ前で出番が来た。


 二回戦のラストプレーで、後輩GKが怪我をしてしまった。幸いにして軽傷ではあったが三回戦には間に合わない。


 目標達成のための大事な試合は、サブキーパーに託される事になる。


 それはつまり……オレの事だ。 


 望まない偶然からの突然の話だったが、それでもオレにとってはみんなより一つ前の晴れ舞台。


 その試合が、今日だった。


 互いに得点力は高くないチーム同士の対決、延長前半に同級生が泥臭く頑張って得た先制点が宝物のようにスコアボードに張り付いていた。


 1-0、延長後半アディショナルタイムはもう際。このまま行けば目標への扉が開く。


 そんな試合終了まであとワンプレーという所で……オレが、やらかした。


 サイド深い位置で味方の寄せにあった相手の苦し紛れのふわりとしたクロスに対してのエリア内の競り合いで、腕が後少しだけ伸びなかった。

 

 パンチングにいこうとした拳の先に中途半端に触れたボールは力なく向こうの選手の足元に。ヤバイ、と思う間もなく、そのままそれを流し込まれた。


 同点、そして同時に後半終了を告げるホイッスルの音。1-1に変わったスコアボードは、決着がPK戦に委ねられる事を示していた。


 あと数秒の差。あそこでオレが大きく弾いていれば試合終了の笛が吹かれていたであろう。レギュラーの後輩なら届いたかもしれない……いや、絶対に届いていた。でも、今日のゴールマウスはオレだった。


 守護神不在のここで活躍、窮地を救うヒーローになれりゃカッコいいんだろうが、どうにもそういう訳にはいかなかったみたいだ。


「よく守れてた、気にすんな!」

「わり! 上げさせちまった」

「どんまい、ありゃしゃーねーべ」

「いけるっていけるって!」


 沈むオレに対しての監督や仲間の掛け声に空元気で応えたが、体の中と心は冷えっぱなしだ。最悪のボールタッチで迎えた最後だった。これでPK戦に入る――のか?  

 

 景色が歪んでいる。下がった気分をなかなか立て直せずに、キッカーの順番を決める輪から少し離れて身体を軽く伸ばしていると。


「グローブちゃんとしとけよ、すぐに出番だぞ出番」


 不意に、ウチの女子マネの声がオレに届いた。


「おらドリンク、飲みすぎんな?」

「ああ」


 と言っても、オレからするとコイツはマネージャーというよりクラスメートという感じで、それ以上に気楽に当たれる友人といった風だ。一年の頃から三年間……いや、遡れば中学の頃から六年間の腐れ縁。あっけらかんとした性格が色々と考えがちなオレにとっては気安く、随分と助けられてきた。サッカー部のマネージャーになると聞いた時は、素直に嬉しかったっけな……。


「あと目の前で紙めくってやるから相手キッカーの傾向PK蹴った事のある奴のだけでもざっとだけ見とけ」

「覚えきれっかよ……」

「試合前にもいちおう見たろー? おさらいおさらい、あとひと頑張りだかんなー、おい」


そうか、このまま負けたらコイツの部活生活も――ぐにゃぐにゃとした考えが回りだして。


「四本!!」

「うおっ何だよ!?」


 そして、急に止まった、間近で軽く跳ねた彼女のよく通る声が急に耳に届いたからだ。


「お前の止めた枠内シュートの数、今日ね」

「……っ」


 次にコイツは、手のひらをパーに開いてから小指だけを折った。


「六本」

「……それは?」

「お前がうまくコース切って相手に外させたシュートの数。ま、こいつはディフェンダーの皆々様のお陰でもあるから後でお礼もしといてね。あー、あとな」


「円陣!」


 彼女の声を遮るようにして監督の声が響く。先行後攻が決まったみたいだ、PK戦がすぐに始まる。グローブを確認して、タッチライン際の輪に向かおうとした所。


「自信持てよ」


 とん、と。肩に背伸びした彼女の指先が乗った。


「六年間頑張ってるの見てきたかんな」

「……ん」

「最後の一年、盛り上げて、支えて、必死で、ひーっしで戦ってるの知ってる」

「っお……ぉ」

「折れなかったよな、お前」

「いや……ああ」

「誰も言わなくても言ってやる」

「……おう」

「私から見たら凄いヤツだよ、お前。ここで負けるヤツじゃないだろ、お前」

「――っ」

「だからさ――」


 小さな囁きが聞こえる。背中を押された、燃えた。単純かもしれない、でも、その言葉を斜に構えるなんてオレには出来ない。


「……わかった」


 冷めた心と身体が熱を持つ。しっかりと一歩一歩歩んで、チームメイトのもとに。


「…せんっ、待たせしました!」

「切り替えたか? こっち後攻、いけるな」

「はい!」


 ああそうだ、いける、やってやろう。奮い立てよ、オレ。


「絶対勝つぞ!」

「ォイ!」


 輪が解けて一人、並ぶみんなを背にしてPK戦のゴールに向かう。景色は、少し前とは別に驚くほどはっきりしていた。

 

『だからさ――』


 ……さっきのアイツの声を思い出す。ああ、そうだ。


『私だけのヒーローから、みんなのヒーローになってくれ』


 やってやるさ、絶対に。

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奮い立てよ、今ここで 川清優樹 @Yuuki_Kawakiyo

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