真のヒーロー

ちかえ

わたくしだけのヒーロー

「相変わらずの評判ね、ベアトリス」


 わたくしの親友のアドリアーネがくすくすと笑っている。手にはわたくしの事をたたえる新聞記事。


 ちらっとみただけでも、『若きヒーロー』だの『魔法界に現れた天才』だの『王国一の魔女』だのご大層な言葉が並んでいる。斜め読みしただけでお腹がいっぱいだ。


「ただのばからしい記事だわ」


 その言葉でそれらを払いのける。


 何がヒーローだ。何が天才だ、何が王国一だ。

 わたくしはただの十七歳の貴族夫人でしかないのに。しかも実家は第三等貴族だというのに。


 ため息を吐くとアドリアーネがまた笑う。


「いいじゃないの。素敵な賞賛だわ。受け取っておきなさいな。あたくしだったら、こんな評価は逆立ちして王都を走り回ったってつかないわ」

「……そんな事をしたら別の評判がつくのではなくて?」


 呆れた声で言う。


「『王国の恥』とか? 『庶民みたいな令嬢』とか? 嫁の貰い手がなくなるわねぇ」

「あなたのお父様が泣くわよ」


 だからやめなさい、と本気で止める。


「やりたくたって出来ないわよ、逆立ちなんて」


 そう言って友人は声を立てて笑った。それなら安心だ。


「あなたはもう結婚しているから安心ね」


 冗談めかして言われる。他の人ならやっかみが入っているかもしれないが、この友人はそんな事はないので安心出来る。


 結婚と聞いて私の結婚相手を思い浮かべる。わたくしが去年嫁いだ第一等貴族である彼。国一の、いや、世界一の美貌の持ち主。今の王太子殿下を支えていて、殿下が即位した時は彼が宰相になるのではないかと言われている。わたくしの脳内に浮かんでいるだけでも冷静でいさせてくれない方。わたくしも大切な旦那様。


「そうね。『ヒーロー』という肩書きはわたくしの旦那様にこそふさわしいわ!」


 私の言葉にアドリアーネは笑わなかった。やれやれと言ったようなため息を吐いて来る。どうしてそんな反応をするのだろう。


「……ただの平凡な貴族令息でしょうに」

「平凡ですって?」

「まあ、政治手腕があるって事は認めるけど。ああ、マナも結構あるのよね。あなたほどじゃないけれど」


 親友は全然あの方の魅力を分かっていない。


「それだけではあの方の評価は終わらないのよ。あのね……」

「ベア? そこにいるの?」


 部屋の外から聞こえて来た声に固まる。そういえば今日は早く帰ってくると言っていた。


「わたくしはここですわ。アレクサンデル様」


 ついすまして言ってしまう。本当は冷たくしたくないのに。アレクサンデル様が悪いのだ。……かっこいいから。


 部屋に来たアレクサンデル様はアドリアーネがいるのを見て申し訳なさそうな顔をした。


「ごめん。お友達と話してたんだね」

「いいえ。アレクサンデル様が謝る事ではありませんわ」


 これに関してはわたくしが悪い。使用人達にはアレクサンデル様がわたくしに会いに来る時は引き止めないようにと命じてあるのだ。


 アドリアーネは丁寧にアレクサンデル様に挨拶をしている。ただの挨拶と分かっていてもちょっとだけ妬ける。わたくしはどうかしている。


「それよりアレクサンデル様、聞いてくださいな。ベアトリスったら……」

「やめて頂戴! アドリアーネ」


 わたくしが止めるのも聞かず、アドリアーネはアレクサンデル様に先ほどのわたくしの文句を全部話してしまった。


「ベア……」

「過ぎたる評価ですもの」


 こんな時までツンとしてしまうわたくしは何なのだろう。


「……『過ぎたる評価』?」


 でもアレクサンデル様はそんな私の様子はどうでもいいようだった。むしろわたくしが発した言葉に興味があるらしい。


「先週、かなり遠くの領地にわざわざ言って害獣退治してたのは?」


 アレクサンデル様が静かに尋ねて来る。これは何かしら。追求?


「え? だってそちらの領主が困っていると記事になっていたではありませんか。無力な民まで苦しんでいたのでしょう? 実際、あれを放っておいたら今頃は国中に害獣の被害が広がってしまっていたでしょうね。そうなってからでは遅いのです」

「……そんな事、誰も懸念していなかったよ」

「そうですか? きっと他の魔法使いの何人かは気づいていたでしょう。あれくらい」

「……。それから、旅行中にお尋ね者の追いはぎ集団を一撃で捕らえていたね。それから寄り道までしてその土地の警備兵の詰め所まで自分で連行していたじゃないか。連絡すれば済むのに」

「だって追いはぎの中にはマナを持っている者もいましたわ。警備兵が来るまでに拘束を外して逃げたらどうするのです?」

「ベアトリスの魔法拘束を外せる人なんてそうそういないでしょ」


 アドリアーネまで加勢してきた。そこはわたくしの味方をするべきでは……無理ね。大体、アドリアーネが説得して欲しいとアレクサンデル様に頼んだのだ。加勢するのは当然だ。


「それから……」

「もういいですわ」


 アレクサンデル様の言葉を遮る。なんだか永遠と続きそう。そういえばいろいろとやらかしていた気がする。


「それだけの事をして国王陛下から何度も報償までもらっている君を、記者が賞賛するのは当たり前の事なんだよ」


 それでもあんなすごい言葉がわたくしのものなんて認めたくない。なので無言で抗議しておく。


「君はすごいんだよ。素晴らしい存在なんだよ」


 ……え?


 今、わたくしのアレクサンデル様が、わたくしの事を『素晴らしい』って言った?

 格好良くて優しくて頭も良い、真のヒーローのような男性がわたくしの事を『素晴らしい』と言っている。


 なんだか何かがとけた気がする。


「アレクサンデル様がそうおっしゃるのなら……そうなのかしら?」


 ものすごく恥ずかしい。でも国王陛下から貰った報償よりも、一般庶民のみんなからもらった感謝の言葉よりもこの言葉が嬉しいのはどうしてだろう。


「でも、あまり無理はしては駄目だよ。大丈夫なのは分かるけど、いつも心配になるからね」


 わたくしの身の安全まで心配してくれるなんて!


「はい! はい!」


 もう『はい』としか言えなくなってしまった。アレクサンデル様は何故か苦笑いをして部屋を出て行った。


 二人きりになるとアドリアーネがくすくすと笑う。


「まったく。ベアトリスに自覚を促してくれるなんて、確かにアレクサンデル様はヒーローだわ」


 親友が分かってくれたのはありがたい。でも、一言ものを申したい。


「いやよ!」

「何が? 今度は何が不満……」

「アドリアーネのヒーローになっちゃいやよ! アレクサンデル様はヒーローなんだからっ!」


 わたくしは必死にそう叫ぶ。アドリアーネは仕方がないな、というような笑いのこもったため息をついた。



 その叫び声が屋敷中に響いていたと後日使用人に聞いたわたくしは、文字通り頭を抱えたのだった。

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真のヒーロー ちかえ @ChikaeK

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