ヒーローなんて柄じゃない、でもヒーローだ

みょん

君はヒーローだとそう言った

「和ちゃんは……あたしのヒーローだね」

「どうしたよいきなり」


 真っ白な病室、ベッドの上でそう呟いた少女に少年は首を傾げた。

 少女の名前は遠藤えんどうさき、体が弱く何度も入退院を繰り返している高校二年生の女の子だ。明るい茶髪と耳に付けたピアスがトレードマークの病弱少女だが、あくまでこの姿は病弱な自分と決別したいと願う彼女の姿である。


 対して男子の名前は伊藤いとう和葉かずは、野球部に所属する丸刈りの男子で女の子みたいな名前にコンプレックスを抱く男子だ。咲と彼は幼い頃から一緒に過ごしている幼馴染、付き合っているわけではないが男女の垣根を超えてとても仲の良い二人だった。


「あたしのヒーローだね」

「……だからいきなりどうしたんだよ」


 さて、そんな風に仲の良い二人だが突然のヒーロー発言に和葉は困惑している。まあ確かにそうなるなと咲は笑ったが、こうして病院のベッドの上に居ると少し心が弱くなってしまうのである。

 普段明るく過ごしているだけに、こうしてベッドの上で居るのと気心知れた幼馴染の前では厚く塗り固めた心の壁は意図も容易く崩れ去る。


「あたしさぁ……なんでこんなに体が弱いのかな」

「……………」


 どうして体が弱いのか、根本的な理由は分からない。貧血に似た症状が来て頭がボーっとしたかと思えば、次の瞬間には病院のベッドの上というのも珍しくない。彼女はそんな弱い自分が嫌いだが、どれだけ嫌ってもこの体は彼女のモノであり逃れる術はない。


「昔は和ちゃんとある程度走ったり出来たのにね。それが今となってはこんな風にベッドがあたしの恋人みたいだよ。あ~あ、やだやだ」

「仕方ないだろ……」


 バタバタと足を動かす咲に和葉はため息を吐いた。

 そんな和葉の様子を見て咲はクスッと笑い、話を戻すようにヒーローの言葉をもうう一度呟いた。


「普通さ、こんなお荷物みたいな女の面倒は見ないでしょ。何をするにしてもすぐ倒れちゃってさ、それなのに和ちゃんはいつもすぐ駆けつけてくれて……そういうところがヒーローだって思ったの」


 ヒーロー、咲にとって和葉はヒーローだ。

 彼女自身も言っていたが、和葉はいつも咲を助けてくれる。こうしてベッドの上で寂しい思いをしていれば傍に居てくれる。少しでもしんどいと思ったら肩を貸してくれる。幼い頃からずっと、彼はいつも咲を助けてくれた。別にヒーローという称号を与えたいわけではないが、十分にそこまでしてくれる優しい幼馴染はヒーローと呼んでも差し支えないだろう。


「ヒーローか……しゅわっ!!」


 何を思ったのか、和葉は幼い頃に見ていた特撮に出てくる巨人の真似をした。訪れるのは笑いではなく失笑、和葉は顔を赤くして俯いた。


「いきなり何してんのキモいんだけど」

「追い打ちを掛けるんじゃねえよ!!」


 病院だからこそあまり大きな声を出すのはマナー違反なのだが、どうも和葉はマナーよりも羞恥の方が上回ったらしい。しかしすぐに気付いたのか、彼はすまんと口にして大人しく腰を下ろした。


「あはは、まあキモイは言い過ぎたかな。気持ち悪かったよ」

「……変わんねえじゃねえか」

「くふふっ♪」


 再び落ち込んだ様子の和葉に咲は悪いと思いながらも笑いが堪えられなかった。

 ヒーローという言葉の定義は人によって違うだろう。善も悪も、感じる人によってはそれはどんな形であれヒーローになる。そこまで大げさなものではないが、少なくともどんな時でも傍に居て楽しい気持ちにさせてくれる和葉は咲にとってどこまでもヒーローだった。


「俺は……」

「なに?」

「……ヒーローなんかじゃねえよ」

「え?」


 和葉は言った……ヒーローなどではないと。

 目を丸くする咲のベッドの椅子を引きずりながら和葉は近づいた。そして彼は咲の手を握りしめた。


「俺はヒーローなんかじゃない……ヒーローってのは人を助けられる奴のことを言うんじゃないのか?」

「……………」


 和葉の言葉は続く。


「俺は……お前を助けることは出来ねえ。正直、いつもお前が病院に運ばれたのを聞いたら何も考えられなくなるんだよ。ずっと一緒に居たお前がもしも……もしも戻ってこなかったらと思うと泣いちまうくらいにな」

「か、和ちゃん?」


 それは和葉の心からの言葉だった。

 いつも倒れて病院に運ばれる咲に何もできない、咲の病気を治してあげることは当然出来ない、そんな無力さに苛まれながらもしも咲が戻ってこなかったらと恐怖する彼がそこには居た。


「俺は……無力だろどう考えても」


 無力だと、力なく彼は言った。

 いつも一生懸命野球を頑張る彼ではない、冗談や馬鹿を言って笑わせてくれる彼ではない、弱弱しい見たことがない彼に咲は……大きな声でそれを否定した。


「無力なんかじゃない!」

「っ!?」


 今度は咲の大きな声に和葉がビックリする番だった。

 咲は両手で和葉の手を握りしめた。強く離さないように、強くその存在を確かめるように。


「無力なんかじゃないよ。だって、あたしは和ちゃんに心を救われてるんだよ? こうして寂しい時に和ちゃんが傍に居てくれるだけでどれだけ力になってると思ってるの? 地球に迫る隕石すら吹き飛ばせるくらいの力をもらってるんだよ? 流石にこれは言い過ぎだけど」

「……締まらねえな」


 咲の最後に続いた言葉に和葉は苦笑した。

 そうだ。彼との間に悲しみは要らないと咲は思っている。いつでもどこでも馬鹿をやって冗談を言い合う、それこそが自分たちの在り方だと彼女は思っている。今までもずっと、これからもずっと……それが自分たちだと。


「……なあ咲」

「どうしたの?」


 ふと、顔を赤くして彼は頬を掻いた。

 一体どうしたのかと首を傾げる咲に和葉は首を傾げる。彼は恥ずかしさを押し殺すように深呼吸をして言葉を続けた。


「……俺、お前のヒーローになっても良いか?」

「……………」

「何とか言えよ……」

「いや……いきなりどうしたのかなって思うでしょ普通」


 自分から言い出したんだろうがと和葉は大きなため息を吐いた。彼は真剣な眼差しで咲を見て、そして告げた。


「……咲が好きだ。傍に居させてくれ」

「……あ、心臓が」

「咲!?」


 咲は心臓を抑えて蹲った。

 慌てて体を寄せる和葉だったが、彼に咲は顔を見せることが出来ない。それは苦しいからではなく、急激に赤くなった顔を見られたくなかったからだ。


「咲!? どうした咲!!」


 もう和葉の声は泣きそうだった。

 咲はマズいと思いながらも顔を上げられない。だがそれが更に悪循環となって和葉を追い詰めていく。


「……のよ」

「咲!?」

「恥ずかしいのよ!!」


 ついに観念して咲は顔を上げた。

 その赤く染まった顔を見て和葉はポカンとしたが、すぐに心臓を抑えた彼女は大したことがないのだと分かったようだ。


「……お前なぁ!!」

「ごめんって! いや、いきなり告白されたら誰でもそうなるでしょ!!」

「……まあ確かに」


 和葉も冷静に考えて納得したようだ。

 お互いに黙りこくった中、咲は小さく呟く。


「あたしさ……体弱いよ?」

「分かってる」


 涙腺が緩んだ。


「あたしさ……嫉妬深いよ?」

「分かってる。俺は浮気できるほど器用じゃない」


 声が震え出した。


「あたしさ……いつ死んじゃうか分からないよ?」

「分かってる……いいや分かりたくない。お前は死なない」


 涙が零れた。


「あたしさ……あたしも、和ちゃんと一緒に居たいよずっと」

「簡単だろ。ずっと一緒に居りゃ良いだけだ。今までと何も変わらねえ」


 彼の胸に飛び込んだ。

 止まらない涙と漏れる嗚咽、それでも心は満たされていた。たとえ体が弱くても、どんなに自分の境遇を嘆いても、傍に居てくれる人は居る。大好きだと言ってくれる大切な彼がそこには居る。


 こんなにも素敵な人をヒーローだと言わずになんだって言うのだろうか、和葉がどんなに否定しても咲にとってはどこまで行ってもヒーローだ。かっこよくて優しくて暖かくて、どこまでも大好きなヒーローなのだ。




 彼女は彼をヒーローだと言った。

 彼はそんなものではないと否定した。しかし、彼は大切なことに気付きヒーローになりたいと強く願った。


 怪獣を倒すのではない、世界を救うのでもない、ただ大好きな人の傍で見守り続けるヒーローに彼はなりたいと願ったのだ。


「ねえ和ちゃん、どうかな?」

「綺麗だ凄く。その……嘘じゃないぞ?」


 白無垢に身を包んだ彼女、彼は頬を掻きながら照れている。こういう時くらいは自信を持ちなさいと彼女は笑った。


「……綺麗だよ凄く!」

「だから声がデカいっての!!」


 彼は誓った願いを叶え続けた。

 どんなことがあっても傍に居ると、彼女だけのヒーローであると。


 そう願ったのは数年も前の話、だが彼女はしっかりと憶えていた。

 いつも傍に居てくれた彼のことをどんな風に思っているのか、彼女はいつも決まってこう答えたのである。


 彼は私のヒーローだと。

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ヒーローなんて柄じゃない、でもヒーローだ みょん @tsukasa1992

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