彼女の英雄

キロール

場末の歌うたい

「私にとって彼こそが吹き溜まりのようなあの村から救ってくれたヒーローだった。伝説に名を残す様な、歴史に名を残す様な立派でも何でもない、むしろ、彼ベリルの名を聞けば普通の連中が震えあがるような悪党であったとしても、私にとっては英雄だった」


 ビューヒューと吹き抜ける風音にも似た音が響く中、彼女はそう告げた。


 子連れの刺客がいるらしいと聞き、興味を抱き方々に聞いて回っている余がラタンの街で出会ったのは歌うたい。彼女は特別歌が上手い訳でもなく、愛嬌がある訳でもないごく普通の歌い手だった。


「そのお主だけの英雄は何をしてくれた?」

「私が住んでいた村はどうしようもない村でさぁ。男は皆頑迷で暴力的、女はそれに従っているしかない、そんな状況の中、私は鬱々として過ごしていた。そこに彼が来た。ああ、心の底からすっとしたよ、男も女も殆ど死に絶えた」


 何ともぞわりとする響きを感じさせ、熱に浮かされたように歌うたいはさえずった。その村がローガイと言う名であるならば鬼籍に入った村の住人は殆どではない、全てであろう。


 その様な殺りくに英雄性を見出さざる得ない程に、彼女は鬱屈していたのだろうとは推測できるが……アレを肯定できる物かよ。だが、徐々に顔を歪ませながら歌うたいは告げる。


「彼は私をあの町から救い出してくれた。だから私も出来る限りの事を彼にした。幸せな生活だった。なのに、あいつが……あの子連れが彼を……」

「どう殺した?」

「卑怯にもすれ違いざまに背後から殺ったのよ」

「お主の情夫が得意とする殺りかたではないか」


 余の言葉に歌うたいは形相を歪ませ睨みつけ来るも、余もまた睨み返しながら更に言葉を続ける。


「それが今まで殺されてきた者達からの意趣返し。村の住人五十八名を殺したとなればいずれそうなる事は分かっておっただろう。……男が皆暴力的だったから殺したなら百歩譲って意味もあるかもしれぬ、だが、女どころかか弱い幼児まで殺しておきながら何が救い主だ、お主は村から逃げれば良かっただけではないか!」


 感情を御しきれずに怒りのままに言葉を連ねた余は、慌てて口を噤んだ。目の前の歌うたいは俯きぶるぶると怒りに震えていたかと思えば、顔をゆらりと上げてかっと目を見開き襲い掛かってきた。


 最早言葉をしゃべる事も出来ず、怒りのままに吠え。吼え声と共にビューヒューと吹き抜ける風音にも似た音が喉の傷から漏れ出している。余は慌てて印を結び叫ぶ。


ね、亡霊よ!」


 退去の言葉と共に歌うたいの亡霊は体が透けていき霧散した。


「それでも、例え万人の敵であっても、私にとっては英雄だった……」


 そんな言葉を残して。


「……これでローガイ村の住人に生き残りはいない、全て死に絶えた事になる。殺戮者ベリルが唯一救った貴様も散ったのだから」


 この歌うたいは子連れに挑み破れたとも聞く。ただ一人、自分にとっての英雄の事を歌い継ぐ道を選ばず散ったと。それを短慮とは思うまいが、他にやり様は無かったのか。いや、殺戮者に英雄性を見出し協力者になった時点でほかに道は無かったのだろう。


 以上の事は死霊術師である余ロズワグンがラタンの街をさまよう歌うたいにして殺戮者ベリルの情婦レリアの亡霊より聞きし事である。

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彼女の英雄 キロール @kiloul

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