空から猫が降ってきた。

秋空 脱兎

その後、凄い事は何も起きなかった。ネコ曰く、でもそれでいいらしい。

 ある休日の事だった。

 川沿いの土手の上を歩いていたら、空から、バスケットボール程の大きさの青く光る球が下りてきた。

 特に何も考えず手を差し伸べて受け止めると、球は一際強く輝き、その形を青い右目と翠の左目を持つ三毛猫に変えた。

 その場に放置して逃げる気にはなれず、誰かに譲る気にもなれず。私は、三毛猫を自分で飼う覚悟を決めた。


 それが、……ええと……その、ネコとの出会いだった。

 というのも、名前をどうしようかと悩み過ぎた結果、気付けば二週間が経過してしまい。

 いい加減名前を決めないとと決意した矢先に、ネコの方から、


「それならばいっそネコでいではないのか」


 という提案をしてきたのだ。

 どうやら空から下りてきた青い光は、人間と意思疎通する能力があるようだった。

 私はネコに、何者なのかと質問してみた。


「何者かと問われても困る。この惑星に下りてきて、お前と触れたらこうなったところから記憶が始まったのだから。比較対象が少ないから断言出来んが、お前との意思疎通以外は、基本性能は猫と変わらないと思うぞ。」


 そうなんだ……。


「…………。随分残念そうだが、何かあるのか?」


 いや、何か不思議な事に足を踏み入れる事になるのかなって、内心ちょっと楽しみだったというか……。


「そういうの、大抵ロクな事にならんってそれがしの何かが伝えているぞ。止めておけ」


 そ、そう……ていうか一人称、それがしなのね……。


「好奇心は猫をも殺す、だったか? お前がよく見ている四角い……モニターだったか、から聞こえた事があったな」


 今やってるゲームにそういう台詞あったなー。


「猫の手も借りたい、という言葉も聞こえたな」


 今やってるゲーム、ブラック企業を物理的に破壊するタイムアタックゲームだからね……。


「それが何なのかはよく分からぬが……実際に借りてみるか?」


 え、何を?

 首を傾げると、ネコが招き猫のようにして右前脚を揚げ、


「ネコの手だ。見返りは、特別なくていぞ」


 や、元々の意味は『それ位に忙しい』みたいな意味なんだけど……。


「む、そうなのか? となるとこの気まぐれは宙ぶらりんか? お前、それがしの前足に触れた事なかろう?」


 ああ、確かに。でも、いいの?


「構わぬ。存分に、優しく触るがい」


 じゃあ……。

 そっと、右前足、その肉球に触れてみる。


 ────何かを、見た気がした。

 ────何かを、った気がした。

 ────全てを、見た気がした。

 ────全てを、った気がした。


 


「おい、もう良いじゃろう。いつまでそうしているのだ」


 ネコのその言葉で私は我に返り、それが何だったのかを、全て忘れてしまった。

 私はネコに話しかけられるまでに起きたであろう事を説明したが、


「ふうん」


 全く興味がなさそうだった。

 そうして、今日も夜が更けていく。

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