『私だけのヒーロー』を生み出す計画がまだ始動していないことを証明するために、俺は家の大掃除をする。

misaka

神童2人による『私だけのヒーロー』作成計画

 小学校の放課後。

 教卓で日誌を書いている俺の前で、2人の生徒が話していた。


 2人は神童として名高い双子。

 姉の真野真央まのまおと妹の真野有沙まのゆさ

 真央の方が俺が担任するクラスの生徒。

 妹の有沙は隣のクラスに配属されていた。


 「ねぇ聞いて、聞いて、ユサ」

 「どうしたの、マオ」

 「今日はユサに『私だけのヒーロー』になってもらおうと思うの」


 私だけのヒーロー……?

 ヒーローって”みんな”の憧れだから、ヒーローなんじゃないのか?

 俺にはなんとなく矛盾しているような気がした。

 というより、どこから来たのか『私だけのヒーロー』。


 「あ、そう」

 「うん。でね、今日は企画書、用意したんだ。見てみて!」


 そう言って姉の真央は、ランドセルからA4用紙の紙束を取り出す。

 小学生が使う『企画書』という言葉に衝撃を受けつつ、俺は日誌を書く作業を再開することにした。


 「うわ、字、みっちり……」

 「ふふん! あたしが思うに、おおよそ3つの工程があるの!」

 「そ……」


 ノリノリで話す真央に対し、有沙は淡々と応じている。

 普段から2人はこんな感じなのだが。


 「まず始め。……あたしの一人称を『私』にする!」


 溜めて言ったわりに平和な内容。

 神童といわれる彼女たちの年相応の答えに、思わず笑みがこぼれる。


 「”私”だけのヒーロー、だもんね」

 「ということで……私、真野マオ! これでオーケーだね。はい、次! ユサをヒーローにする!」

 「……ヒーローは曖昧。定義はどうするの?」

 「それではお手元の資料をご覧ください」


 定義。

 これまた小学生らしからぬ言葉。

 加えて、きちんと質問を予想して資料を用意しているあたり、やはり2人はタダものではないのかもしれない。


 「ヒーローとは、ここでは悪を倒して人々から崇拝される人だとします!」

 「……悪。人々。どっちも曖昧」

 「ちっ、ちっ、ちっ。その2つをあたしが用意することで、具体化します! 次の次のページ見て!」


 姉の指示で、有沙が紙束をめくっていく。

 俺は俺で、日誌をめくる。

 というより真央の一人称があたしになっているが、目をつぶってあげる。


 「……なるほど。世間が悪だと認識する生物――魔物を作るのね。だから最近、遺伝子とかの勉強してたわけね」

 「正解っ! 理論はある程度進んでるから、今は培養カプセルを作ってる真っ最中」


 いくら2人が神童でも、冗談だと信じたい。

 さもないと、日本中が魔物だらけになる未来が見えて来てしまう。

 それこそ、ファンタジーのように。


 「で、そうやって日本全国で魔物が人を襲うようになるまでは――えっと……」

 「このグラフね。……自然繁殖も含めて5年くらい?」

 「そう、それ! なお、その間、ユサには体を鍛えてもらいます」


 そこは至極真っ当なトレーニングなのかと、俺は密かに安心する。

 が、それもつかの間だった。


 「……え、面倒だから、嫌なんだけど」

 「ユサならそう言うと思って、もしもの時のためにチート武器も用意済み。いずれは巨大ロボットもね。でも、ロボットはもうちょっと、予算と理論を詰めないとだけど――」

 「ロボット、良い。私が理論の方を詰める」


 チート武器。ロボット。

 作り話、だよな……?

 というより、今まで消極的だった有沙がロボットという単語に、食い気味に反応したことが気になる。


 「で、魔物を倒したユサが、日本人たちの救世主、崇拝の対象――つまり、ヒーローになる」

 「ここから私が、マオのヒーローになるには……あった」


 資料をペラペラとめくり、目的のページを見つけた様子の有沙。

 もう少し聞いていたいが、日誌を書き終えたおれは教卓から印鑑を取り出す。


 「……なるほど」

 「どう? 面白いでしょ!」

 「……簡単。だからこそ、難しい」

 「難しいから、面白いんじゃん!」


 印鑑を押した俺は、2人に声をかける。


 「真央、有沙。帰るぞー」

 「「はーい、お父さん」」


 律儀に待ってくれた可愛い娘たちと共に教室を出て、施錠する。




 その後、職員室に行って挨拶を済ませた俺は、廊下で待たせていた真央、有沙と3人で家路につく。


 「それで? 私だけのヒーロー、だったか? その最終計画はどうなったんだ?」

 「え、お父さんそんなこともわかんないの? 簡単なのにー?」

 「……マオ。お父さんはほら、あれだから……」


 親であり、担任でもある俺に向かって、なんという口の利き方か。


 「悪かったな、”あれ”で」

 「じゃあ、お父さんにあたし達からヒントをあげよう」

 「……ヒーローを作ることに成功した私たち。でも、それだけだと、まだ私は『マオたちのヒーロー』」

 「つまり、ユサは、――じゃなかった! 『たちのヒーロー』だね」


 仕方ない、と言うように娘に説明される俺。

 悲しいし、むなしい。

 本当にオレの遺伝子を持っているのだろうかと思うこともある。

 しかし、それは、彼女たちを生んで亡くなった妻を疑うことと同義なので、考えない。


 「……で、『私たち』から”たち”を引くだけ。引き算」

 「そして、あたしたちの手元には、人より強い魔物を倒すために作ったチート武器と、ロボットがあるわけ!」


 なるほど。

 そこまで言われれば、俺でもわかる。

 あきれるほど、簡単な答えだ。

 確かに小学生でも導くことのできる、簡単な引き算。


 そして、引かれる側には俺もいる。


 俺の反応から、理解したことを察したのだろう。


 「「バイバイ、お父さん!」」


 2人は声をそろえて、そっくりな顔で、無邪気に笑う。


 「はあ……。帰ったら、大掃除だな」


 家中を探して、教室で愛娘2人の言っていたチート武器や培養カプセルが無いことを確認しなくては。


 彼女達の言う『私だけのヒーロー』を生み出す計画が冗談であると、証明するために。

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