僕のヒーローは夢の中に現れる
八百十三
第1話
人々が行き交う公園のベンチ。そこに僕、ニック・ベルは座って泣いていた。
「ぐすっ、ひっく……」
ここは僕の夢の中だ。僕が想像する世界だから、いろんなモンスターが街角のモニターに映っているし、いろんな種族の人が街を歩いている。肌の色で差別してくるような人なんて周りにはいない。
でも、僕はここで一人泣いていた。そんな僕の座るベンチに、腰を下ろす人物がひとりいる。大柄な獅子獣人の彼は、朗らかに僕に声をかけてきた。
「よう、どうした少年」
「アラン!」
ヒーロースーツに身を包んだその獅子獣人は、アラン・ボールドウィン。僕の夢の中の街で活躍するヒーローで、獣人族一番の勇士。そして僕の一番の友だちだ。
アランが僕の頭をくしゃくしゃと撫でながら、優しく声をかけてくる。
「またあっちでいじめられたのか? よしよし、ハグしてやろう」
「ありがとう……えへへ……」
そのまま、彼は僕の身体をぎゅっと抱きしめた。ヒーロースーツ越しに厚い胸板が僕の頬に触れる。こうしてハグしてもらっていると、とても落ち着く。
僕の涙と鼻水でスーツが汚れるのも気にしないで、アランは僕に語りかけてきた。
「涙と鼻水でぐしゅぐしゅだな。今日はどうした」
「うん、あのね……」
促されて、僕はしゃくりあげながら話し始めた。
僕は夢の外、現実でいじめられている。学校では小突き回され、殴られ、蹴られ。ランチボックスをゴミ箱に叩き込まれたことも両手では数え切れない。今日なんていじめっ子の中心人物であるビリー・ボーマンとその取り巻きに、トイレの便器に顔を押し込まれたのだ。
おまけに僕のパパもママも仕事で忙しく、僕の話をゆっくり聞いてくれない。本当は学校でいじめられていて、居場所がないことを訴えたいのに、ちっとも取り合ってくれないのだ。
「それで、ビリーが僕の身体を押さえつけて、トイレに頭を突っ込んだんだ……臭い水が口に入って……」
「なるほど、そいつは酷いな」
だから僕は、夢の中でアランに吐き出すのが常になっていた。アランは親身になって僕の話を聞いてくれる。いつしか、僕はアランに身体を預けながら再び涙を流していた。
「もうやだ……学校行ってもいじめられるし、パパもママも僕の話を真面目に聞いてくれないし……」
「ふーむ」
もう、嫌だ。学校には行きたくない。家に帰っても居場所がない。それなら、現実を生きている意味がないではないか。
心の内を吐き出す僕に、アランが顎に手をやりながら小さく唸る。そのまましばらく考え込んだ後、アランが僕の頭に手を置いた。そのまま僕の頭を彼から離させ、僕の目を見ながら聞いてくる。
「ニックは、どうしたい?」
「どう、って?」
どうしたい。ぼんやりした問いかけに、思わず問い返す。そんな僕に笑いかけながら、アランはにっこり笑いかけながらもう一度僕の頭をなでた。
「お前をいじめるなんて、ビリーやその取り巻きはひどい奴らだ。お前がいじめられていることに関心を示さないパパやママもひどい奴だ。俺は、ニックにそんなひどい奴らにいじめられ続けていて欲しくない」
そう話しながら、アランは僕の鼻先をツンとつついた。人間の、低くて小さい鼻を、アランの獣人らしい太い指が触る。
「ここはニックの夢の中だ。なんでもニックの思い通りになる。なんでもニックの好きなように出来る。獣人でいることも、勇者であることも……ここにずっと留まることも」
「留まる……?」
そしてアランが話した言葉に、僕は目を見開いた。
夢の中にずっと留まる。そんな事ができるなんて思いもしなかった。いつもなにかに手を引かれるようにして、自然と夢から目を覚ましていたのに。
そう出来るなら、ありがたい。人間じゃなく獣人でいられるのならそれもいい。どの道、僕がやりたいように出来るのだから。しかし。
「夢の中に留まっていたら、実際の僕はどうなるの?」
僕が夢の中にいたら、現実の僕はどうなるのか。そこはやっぱり気がかりだ。問いかける僕に、アランは両腕を広げながら話した。
「そのままだったら心ここにあらず、ぼーっとしたままでいつもの日々を過ごす。だが心配は要らない、俺がお前の代わりになってやる」
「ほんとに?」
その言葉を聞いて僕はぱっと表情を輝かせた。アランが僕の代わりに現実に行ってくれるのなら、僕は何も心配要らない。パパとママにもちゃんと話をしてくれるだろうし、アランがいじめっ子に負けるわけがない。
「じゃあ、アランが僕の代わりに、ビリーやジョシュをやっつけてくれるし、パパとママにも僕の話を聞くように言ってくれるの?」
「勿論だとも!」
立ち上がってマッスルポーズを決めるアランに、僕は飛びつくように抱きついた。嬉しい。アランが僕のために力を尽くしてくれることが嬉しい。
「嬉しい! やっぱりアランは僕のヒーローだ!」
「そう、俺はお前だけのヒーローだ。俺にどんと任せておけ!」
僕の言葉に、大きく頷いてアランは僕の頭を再び撫でる。そうしてから僕を地面に下ろし、一目散に駆けていった。
それから、僕は夢の中の街を歩いて過ごした。獣人の姿になってみようかとも思ったが、今の姿のままでも別に目立つことはない。誰もがにこやかに声をかけてくれるから、変に取り繕う必要もなかった。
街のお店でサンドイッチとコーラを買って食べ、街の時計塔から街を見下ろし。そうして僕は、夕方頃にあの公園にまた来ていた。
「……」
いつものベンチに座って、ぼんやりとしていると。僕に近づいてくる聞き慣れた足音が一つあった。そちらに目を向けると。
「やあ、ただいまニック」
「アラン! 大丈夫?」
アランだ。いつものヒーロースーツ姿だが、殴られたような跡がついている。少し腫れている頬を擦りながら、彼は言った。
「何とか、ニックのパパとママには分かってもらえたよ。あのいじめっ子どもは難敵だが、なあに、俺に任せていれば心配はない」
「本当に? ビリー、ナイフを持っているって自慢してたこともあるし……」
アランの言葉に、僕は心配そうに言った。ビリーは前に「俺は本物のナイフを持っているんだ、逆らったらお前なんてひと刺しだぞ」と言ってきたことがある。それが怖くて、僕はずっと逆らえないでいたのだ。
だが、アランは恐れている様子もない。にっかりと笑いながら、再び彼は僕の身体を抱き上げた。
「この獣人族歴戦の勇士、アラン・ボールドウィンを甘く見るなよ少年! 君は俺の後ろで、どんと構えていればいいさ」
「うん……えへへ……」
抱き上げられ、アランのたてがみが僕の顔のそばに来る。そのたてがみに顔を埋めながら、僕はとても安心していた。
やはり、アランは僕だけのヒーローだ。彼がそばにいることが、僕はたまらなく幸福だと思うのだった。
僕のヒーローは夢の中に現れる 八百十三 @HarutoK
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