花咲くまでの物語~外伝~ 美少女とヒーロー

国城 花

美少女とヒーロー


ここは、私立静華せいか学園。

家柄、財力、才能を持ったエリートたちが集まる、実力主義のお金持ち学校である。


静華学園の高等部には、「つぼみ」という名の生徒会がある。

静華学園に通うエリートたちの中でも、特に才能に秀でた者たちが集まる。


今代のつぼみは特に容姿の優れた者が集まっており、その中でも学園一の美少女と名高い女子生徒がいた。



美しい黒髪の長髪に、白い肌。

日本人形のように整った容姿に、頭の先からつま先まで気品に溢れている。

少し微笑めば、周りの男子は魂が抜けたように見惚れるほどの美少女である。


それだけの美少女であれば、男子から好意を寄せられることも多い。



『困ったわ…』


学園の敷地内、人気のない廊下の隅で、雫石しずくは今の状況に眉を寄せた。


目の前には、1人の男子生徒。

特に面識はないはずだが、声をかけられて引き止められてしまった。


少し上気した頬は赤くなっているが、このあたたかい陽気のせいではないだろう。

開いた窓からは涼しい風が流れ、雫石の黒髪がさらさらと流れる。



「好きです。付き合ってください」


「ごめんなさい」


素直に返事をして、頭を下げる。

こういうのは遠回しに伝えるより、ストレートに答えた方がいい。


大体はここで引き下がってくれるのだが、この男子は諦めが悪かった。


「どうして、だめなんですか。付き合っている人がいるんですか?」


一歩踏み出して近付いてくる男子生徒に対して、雫石は一歩下がる。


「お付き合いをしている人はいません」

「それなら…」


少し希望を見せた目が輝く前に、その希望を打ち砕く。


「私は、今は誰ともお付き合いをするつもりはありません」


ここまで言えば、さすがに引くだろう。

それに、雫石は嘘を言っているわけではない。


付き合っている人はいないし、恋人を作るつもりもない。

今は学業と、つぼみの活動で精一杯である。



しかし男子生徒は雫石の答えが気に入らなかったのか、目の奥を暗くさせる。


「俺の、どこが気に入らないんですか」


これはまずい、とすぐに分かった。

雫石はすぐに周りに視線を移すも、人影は一つもない。


人には聞かれたくない話があると言って、この男子が人気のないところまで連れてきたのだ。

雫石は人気のないところで男子と2人きりになることは避けたかったのだが、さすがに人前で告白をさせるほど非情ではない。



「ごめんなさい」


これ以上刺激をしないように柔らかく言葉を伝え、そのままその場を離れようとした。


「待ってください」


しかし、去ろうとした雫石の腕を男子生徒が掴む。

その目に好意とはまた別の感情が乗っていることに気付いて、雫石は内心焦る。


腕を引き抜こうとしても、普通の女子である雫石は男子の腕力には敵わない。


「…離してください」


「逃げないでください」


告白を断った女子の腕を掴んで言う言葉ではないと思う。

男子生徒はどこか冷静さを失っているのか、雫石の腕を掴む力を強めながら近付いてくる。


覚悟を決めて、震える拳を握りしめた時だった。



雫石の背後からさあっと風が流れ、瞬きをした時には男子生徒の腕を掴む人物がいた。


雫石と同じ深紅の制服に、日本では珍しい髪色。

色素の薄い瞳は、不機嫌そうに男子生徒に向けられている。


「触るな」


そう言い放ち、男子生徒の手を簡単に雫石から剥がす。

雫石は全力を出しても振り解けなかったのに、一瞬で自由の身に戻る。


「な、何なんだ急に」


男子生徒は急に目の前に人が現れたことに驚きつつ、邪魔をされたことに憤っている。


「邪魔をしないでくれ。今は2人で話しているところなんだ」


どう見ても無理に言い寄ろうとしていた場面なのだが、本人にとっては違うらしい。


「どうでもいい。どっか行きなよ」


そう言ってもう関心がないかのように、男子生徒からすぐに視線を外す。


「大丈夫?」

「えぇ。大丈夫よ。ありがとう」


その瞳を見つめ返して微笑めば、安心したように表情を和らげる。


その後ろで男子生徒が、怒りで顔を赤くしていることに気付かなかった。


「邪魔をするな!」


男子生徒が掴みかかろうとしたのは、雫石ではなかった。

間に入ってきた人物に、怒りが向いたらしい。


背を向けたままの相手に、力任せに掴みかかろうとする。



雫石に向けられていた瞳は面倒くさそうに目を細めると、掴みかかってくる男子を視界に入れることもなくその腕を掴み、そのまま身をひるがえして背中で関節を固める。


「っ!」


痛みで顔を歪める男子は何とか逃げようとするも、それを許さず拘束する力を強める。


「肩を外されるのと、腕の骨を折られるのどっちがいい」


感情の薄い声色に本気を感じたのか、男子生徒の顔色は真っ青になる。


「どっちも嫌なら、二度と雫石に関わるな」


それにコクコクと頷いたのを確認すると、腕の拘束を外す。


男子生徒は雫石にはもう見向きもせず、逃げるようにその場から走り去っていった。



「ありがとう。じゅん


灰色がかった薄茶色の髪は肩につかないあたりで風に流れ、雫石と同じ深紅のスカートがふわりと揺れる。


「男子と2人きりになったら危ない」


雫石と変わらない背丈に、同じように細い手足。

それなのに、男子を圧倒するほどの強さを持っている。


「人前で告白をさせるのは、可哀想かと思ったの」

「前もそうやって言って、言い寄られてたじゃん」


図星だったため、雫石は微笑んでそれを流す。


「純に教えてもらった護身術をやろうと思っていたの」

「目つぶし?」

「股を蹴り上げるやつよ」


力づくで何かをされそうになったら、相手の股を蹴り上げて逃げるつもりだった。

その前に純が助けに入ってくれたので、あの男子生徒は助かったとも言える。



こうやって異性から言い寄られるのは、初めてではない。

ただ思いを伝えるだけではなく、強引な手段に出ようとする人もいた。


そのたびに雫石を助けてくれたのは、純だった。


雫石と同じ女子でありながら、自分より大きな男の人を吹き飛ばすほど強い。

その細い腕のどこからそんな力が出ているのかと思うほど、強い。

誰にも負けない、屈することのない強さを持っている。


『私も…』


あれだけ強ければ、自分で男子を追い返すこともできるのだろう。

体を鍛えようとしたこともあったけれど、男子に勝てるほどの強さを身につけることはできなかった。


そもそも、女子は男子と比べて体も小さく、筋力も少ない。

同じように鍛えても、男子に勝るのは難しい。



「どうしたの」


雫石の雰囲気が暗くなったことに気付いたのか、薄茶色の瞳が自分を見つめている。


誰にでも、その柔らかい色を向けるわけではないことを知っている。

面倒くさがりで、人に関心がないことも知っている。

それでも、雫石の危機には駆け付けてくれる。


『まるで、ヒーローね』


純は女の子だから、ヒロインと呼ぶのが正しいのだろう。

それでも、「ヒーロー」という響きがとても似合っている。



全ての人を助けてくれるような、救世主ではないけれど。

優しい心を持って悪を征するような、英雄ではないけれど。


それでも、格好よくて、強くて、優しい。



「純は、ヒーローみたいね」


そう言うと、純は首を傾げた。


「どっちかというと、悪役だと思うけど」


確かに、容赦のないところや優しさが偏っているところはそうかもしれない。


「全ての人のヒーローになれる人はいないわ」


誰かのヒーローであっても、反対側から見ればそれは悪役かもしれない。

何が正しいのかなんて、見る側によって変わるものだ。


正義を掲げて大勢の人を守るヒーローより、誰か1人を守るヒーローの方が雫石は好きだ。

たとえ、その思考が悪役寄りだったとしても。



「ありがとう。純。助けてくれて」


改めて礼を伝えると、薄茶色の瞳は柔らかく微笑む。


「どういたしまして」



雫石にとってのヒーローは、ただ一人。


女の子だけれど。

悪役寄りの考えだけれど。



それでも、「ヒーロー」であることは間違いないのだ。


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