僕と地球と怪獣と
鱗青
怪獣と僕と地球と
『フゴッゴッゴ!抵抗を止めて降参せえ!さもないと人質がどないなっても知らんで!』
「おのれ怪獣…卑怯だぞ!」
台詞はしっかり安っぽい
『ほぉら早よせんと踏み潰してまうでぇ。おっちゃん最近加齢のせいかバランス悪いねんなぁ…おとと』
おどけた調子で短いが巨大な脚をふらつかせる怪獣。彼の真下に
ところが
『…何してますのん』
「涙を呑んで!
『いや待て正気か?
「地球の為、正義の為、私の為だ。皆納得してくれるとも!」
『何ちゅう手前勝手な主義主張!若い
「滅べ
あわあわと豚鼻を鳴らす怪獣に、
「
『とんでもない
スペースシャトルもいじれる巨大な格納庫で、これまた大きな
ここは富士の樹海の地下深くにある、怪獣の為の前線基地。母星から
この施設で人間は僕──怪獣の星の機械を使いこなす
『人間ちゅうのは案外バカなんか?
怪獣が揶揄する。彼が地球に宣戦布告してからというもの、各地での紛争も鳴りを潜めている。皮肉にも、明確な地球外の敵に直面してようやく人類は連帯できたわけだ。
「
『…そう言や
僕は笑う。そんな事はあり得ない。
十年前の高校生の頃。生きているのが辛くて仕方がなかった。毎日便所で殴られ、吸殻を口に突っ込まれて…あの夜も真冬の多摩川でクラスの連中に囲まれ、動画を撮られながら寒中水泳をやらされた。
溺れる僕を皆が笑っていた。そこへ突然、夜空を割ってオーロラが現れた。皆が仰天する前で光の粒子が大量に降り注ぎ、みるみるうちに怪獣の姿になり。
『
巨体を屈めた怪獣からムッツリへの字
「僕を裸にして川に落として笑っていた連中から、救ってくれたじゃないですか」
僕にとっての
照れる怪獣はブフン、と大きな鼻を鳴らす。
『特別な事しとらんで。
肥って不細工でドン臭く、オタク気質。地頭だけは良かった。それが幸いして現在は
「現在二代目のヒーローは、先代と違って
『真面目君やなあ』
「それが
『いや
僕は手元のタブレットで薬液の濃度、分解速度、怪獣の
「それこそ特別な事じゃない。大切な
『ンフゴッフッフ!頼もしいのう相棒。
溜まった薬液に肩まで浸かり、おっさんらしく鼻歌なぞ奏でながら怪獣は目を細める。冗談まで言ってくれるのが嬉しくて、僕は帽子で顔を隠す。
一ヶ月後、その事態が訪れた。
小国が侵略されても機能しない国連が、ヒーローに地球上の全ての超音速
流石のヒーローも弾頭を撃ち尽くし、怪獣と新木場は夢の島公園で対峙した。
『どした?まだ
ヒーローは怪獣の顔の高さに浮かびながら覆面の口許を歪ませて笑う。
「要求するのは私の方だ。
『
地面が変形する…いや、地中に隠されていた巨大な
何やこれ、出さんかい!と内側で怪獣が暴れても少しの隙間も開かない。
「その中は怪獣にも効く
『ドカンかいな⁉︎』
箱の中で青ざめる怪獣。勝ち誇って高笑いするヒーロー。
そして僕は。
「落ち着いて、少しの間動かないで!すぐ転移させます!」
戦闘の為に人払いされた新木場駅の駅舎、屋根に続く非常階段を息を荒げて上りながらインカムに叫ぶ。電磁波の遮断はないらしく、怪獣につけた通信機が拾った安堵の溜息が受信機から聞こえる。
地球人の僕が操縦できる飛翔体なんて便利な物はない。樹海を出て
やっとの事で小型化に成功したばかりの空間転移装置。怪獣の星の科学を理解して応用するだけで、この十年を費やした結晶。僕はそれを握って屋根の上を走り抜け、アンテナ塔にしがみついてよじ登る。
『助かったわ、おおきに!…しゃあけど近距離やと確か…物々交換になってまうんやなかったか?』
「等質量交換、ですよ」
『それやと中に
僕は微笑む。怪獣の言う通り。もっと遠くから作動させる事もできたのだが、万が一街中に位置座標が自動設定されれば怪獣に大勢の人間が潰される。それは嫌だった。
僕の為じゃない。僕の
「貴方が信じてくれたから、僕は何だってできる…これが僕の奇跡の力です」
塔の上は風が強い。帽子が飛ばされ、ツナギの汗が瞬時に冷える。公園の中で
僕にチャンスをくれた。今こそ貴方を助ける時──
「地球征服、成功させて下さいね」
僕は
装置のスイッチを押し込む。
白光の炸裂が、瞼の裏側に流れ込んでくる。奈落へ飛び降りたように上下感覚が無くなる浮遊感。轟音と、爆発。
『お、目ぇ覚ましたな』
僕は怪獣の腕の中、心地良い温度の液体に浸かっていた。
え?僕が抱き抱えられている?
『
基地の中だ。壁のシミまで見慣れた建物なのに、スケール感がおかしい。…縮まっている?
違う。僕が大きい。怪獣と同じ
『ちょお歯くいしばり』
言葉を失くす僕にニコニコと言う怪獣。僕は従順に従った。
バァン‼︎
平手打ちだった。格納庫が反響に満たされる。痛みが遅れてやってきて、鈍っていた頭がハッキリした。
『自己犠牲が
見た事もない怪獣の激怒に、僕は頷く。転移は成功したのだ。怪獣はどうやってか(もしかして外側からは簡単に)あの箱を打ち壊して僕を救い出し、息があるうちに薬液の調節をして僕を治療…巨大化させたのだろう。
『どんだけ心配させるねん…アホが』
『御免なさい…』
『
僕は自分の裸の手足を見下ろした。東京都庁も楽々登れる大きさ。
もう普通の人間には戻れない。これからの僕は、名実ともに
そしてもう一つ気がついた。
『何やモジモジしよってから』
裸なのだ。それも同じ体格で。
『それ言うなら
僕の体に回した腕に力を込め、引き寄せる。直に感じる怪獣の体温。筋肉の硬さと柔らかさ、そして肌触り…心臓が寺社の鐘のように響き出す。
『この基地も流石に巨体が二人やと手狭やな。母星から追加物資を援助してもらおか。ついでに…』
怪獣はそっぽを向いて頭を掻く。
『ヒーローに
意味を取りかねた僕に、真面目な顔で迫る怪獣。
『
確認するまでもなく僕達は双方共、男だ。言い淀む僕に、嫌なんか?と訊いてくる。
『それって可能なんですか…?』
『
怪獣はここ一番の笑顔で頷いた。そのまま怪獣と
僕と地球と怪獣と 鱗青 @ringsei
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