寿命診断センター
権俵権助(ごんだわら ごんすけ)
寿命診断センター
「私は今から一年後の今日、この世を去ります」
俳優らしき男が集まった記者たちに向かって深刻そうに、しかしどこかすっきりした表情で切り出した。妙に日程が具体的だが、どうやら自殺予告ではないらしい。
「このまま芸能生活を続けることも考えましたが、しかし、やはり最後は家族と一緒に穏やかに暮らしたい。それが私の決断です。本日をもってテレビの前の皆さまとはお別れとなりますが、長らく応援いただいたことは決して忘れません。それに、私にはフィルムに焼き付いた数多くの素晴らしい作品があります。私に会いたくなったらいつでも…………」
その生中継を映す街頭ビジョンをひとりの男性が見上げていた。三十歳くらいの、どこにでもいそうな目立たない男だ。しばらく中継を眺めたあと、何かを決意した表情で歩きだした。
彼が訪れたのは「寿命診断センター」だった。ここでは希望者に自身の寿命を教えてくれるのだ。待合室には先客が十名ほど順番を待っていた。その客層は老若男女様々だ。男が落ち着きなく視線を動かしていると、受付嬢が「どうぞこちらへ」と声をかけてきた。
「あの……ここへは初めて来たのですが……」
「ふふ、皆さんそうですよ」
「あっ、そうですよね……おれ、何言ってんだろ……」
「緊張されるのは当然です。寿命を知ることは人生の大きな決断ですから」
「……はい」
「ですから、わたくしどもはお客様に後悔の無い選択をしていただくために過不足なくご説明を行い、ご納得いただいた上でのみ寿命をお伝えしております。それでは、こちらの書類にご記名いただきまして、椅子に座って順番をお待ち下さい」
男はそれから三十分ほど待たされ、ようやく奥の部屋へ通された。
「どうも、私が担当カウンセラーです。よろしくお願いします」
部屋では五十歳前後の白衣の男性が椅子に座って待っていた。カウンセラーに促され、男も対面に着席した。
「さて、寿命を知るに当たり、事前に聞いておきたいことや気になることはありますか?」
「えっと……例えば、どんな人が寿命を知りたがるんでしょうか?」
「そうですね……一番多いのは終活でしょうか。育児を終えた方が、人生の後片付けをするにあたり残り時間を知りたいとのことでいらっしゃいます。この世代はもうある程度長く生きていらっしゃいますから、寿命を知ることに抵抗が少ないのでしょうね」
「なるほど……」
「それとは逆に、これからの人生をめいっぱい謳歌するためにいらっしゃる方もいます」
「それは……どういう?」
「会社勤めの方ですと60歳で定年を迎え、そこからいわゆる余生が始まるわけですが、第二の人生をもっと早くから始めたいと考える方が多くいらっしゃいます」
「はあ」
「仕事がお好きな方は別として、そうでない人がなぜ定年まで働くのかといえば、そのほとんどは老後の貯蓄を作るためです。それは十年ぶん必要かもしれないし、二十年、いや三十年ぶん必要かもしれない」
「ははあ。つまり自分の寿命がわかっていれば、どれだけの貯蓄をすればいいのかもわかると」
「その通りです。たとえば、もし70歳で亡くなるのであれば、50歳までに20年間遊んで暮らせるだけの貯金を作れれば、そこで早期リタイアしてもよいわけです。逆に60歳まで働いてしまっていたら、たった10年しか余生を楽しめず、使えなかったお金だけが残ってしまう。そのリスクを避けるためにもあらかじめ寿命を把握しておきたいというわけです」
「なるほど、納得できした。……あの」
「はい、なんでしょう」
「ロビーにたくさんお客さんが待っていましたが、やはり寿命を知りたがる人って多いんですか?」
その質問にカウンセラーは少し考えて。
「まあ、もともと少ないわけではなかったのですが……最近は特に多いですね」
「それはまたどうして?」
「なんでも、最近なぜか残り寿命が短い人が増えてるらしくて、不安になって来店される方が多いんですよ」
「へえ。そりゃ心配ですね」
「でも……この商売やっててこういうこと言うのはあまりよくないのですが……本当は寿命なんて知らない方がいいんですよ」
「それはなぜ?」
「死期が近付いてくると、こちらに連絡してくる方が結構いらっしゃるんです。死ぬのが怖い、助けてくれって。でも私達にはどうすることもできない。死への恐怖でせっかくの生を台無しにするなんて本末転倒ですよ。人の生き死になんてね、自然に任せておくのが一番いいんですよ」
「ハハ……」
その乾いた笑いを聞いたカウンセラーはハッとして「すみません、お客さんにそんな話を」とバツが悪そうに謝った。
「いえ、いいんですよ。おれは最初から寿命を知ると決めてここへ来ましたから」
「そうですか……。では、他に質問がなければこちらの書類にサインを」
カウンセラーから手渡されたのは誓約書だった。自分の意志で寿命を知るのだという署名である。男がそれにためらいなくサインをすると、さらに奥の部屋に通された。
その部屋には何も無く、奥の壁一面が鏡になっていた。そこに映る自身の姿をじっと見つめる。時間はおそらく一分ほどだったのだろうが、体感では十倍にも感じられた。視界にぼんやりとした何かが映った。目を閉じると、それは鮮明な数字となって現れた。
"86"
※ ※ ※
「ありがとうございました。おかげで今後の生き方を決断することができました」
男は受付嬢にお礼を伝えてセンターを出た。自分があの年齢まで生きられるということは、必ず上手くいくということだ。診断してもらって本当に良かった。男は晴れやかな笑顔で歩き始めた。
三ヶ月後、男はこの国で軍事クーデターを引き起こし、多くの屍の上に独裁政権を樹立することになる。
-おわり-
寿命診断センター 権俵権助(ごんだわら ごんすけ) @GONDAWARA
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