そのキャラ、攻略対象に非ず

fujimiya(藤宮彩貴)

非攻略対象ばかり好きになってしまうのは何故?

(ああ、またやってしまった)


 パッケージが好みの絵柄だったので、つい手を出してしまった乙女ゲーム。


 プレイしてみると、ヒロインは流されやすい性格の、いわゆるふわゆるちゃんで、メインヒーローがクズな性格だった。第二ヒーローも顔が良いいだけの強引キャラで俺様だった。第三ヒーローはヒロインとくっついたらヒモ男になり下がった。第四第五は語りたくも思い出したくもない、うん。


 とはいえ、このゲーム。


 私がいちばん心惹かれたのは、非攻略対象の近衛兵モブ1だった。この御方、登場回数は少ないけれど、ピンチに陥ったヒロインをしっかり守ってくれるし、仕事もきっちりこなす派。誠実な好青年。声優さんもよかった。なんでこの御方を攻略できないの! 名前もついてないなんて不憫すぎるわ! 


(確認して買わない自分がわるんだけど、さ……)


 世の中の思考と自分の好みがズレている、そうとしか考えられない。乖離。埋められない溝。ぐぬぬ。


(ま、私以外にこの御方に喰いつく女子なんていないか)


 そういう意味では、私だけのヒーロー、とも言える。


 ***


 名前がないなら私がつける。設定も考える。

 ……妄想してみよう。


 近衛兵1の名前はレオンハルト。通称レオあるいはレオン様。地方出身で身分が低い設定。王族の姫であるヒロインを守るその他大勢だけど将来は有望。


(二行で終わっちゃった)


 いや、これだけではだめだ。レオン様には、オンリーワンな趣味や特技を与えよう。私は、頭を振り絞った。


 ***


『一ノいちのせ涼香りょうか! 誣告罪で断罪する』


 ……は?

 レオン様の趣味嗜好を考えているところだったのに、なぜか私の断罪シーンだった。


 肩から下がやけに重い。

 確認すると、胸もとにはシルクの大きなリボン。レースがふんだんについている紫色のドレスを着ていた。これ、ヒロインをいじめる悪役令嬢の衣裳じゃん! 髪型も手で触って確認してみると、ベタ過ぎるほどお決まりの、た、縦ロール……! 



 衆人環視の中、孤立無援。四面楚歌。

 私……悪役令嬢は、姦計でヒロインを陥れようとしたらしい。

 まるっきり、ゲームシナリオの一部分だった。ゲーム内ではヒロイン視点ゆえ、悪役令嬢の心の内など推し測れなかった。ていうか、読むのがかったるくて悪役令嬢のセリフを超高速送りにしていたわ。


 傍聴席から、不安そうな顔でヒロインが私を見ている。その隣にはメインヒーロー。メインは、肩に手を回してヒロインをやさしく励ましているらしい。ぜ、全然、悔しくないけど? 王族のヒロインに取り入る気満々なだけでしょ??


 確か、ゲーム内で悪役令嬢は処刑されることになって……ヒロインが王族特権を行使してお情けで追放止まりになるけど……悪役とはいえ、社交界大好きな都会派の令嬢が田舎でひとり暮らしできるかって突っ込んだ覚えがある。


 ヒロインのほうをチラチラ見るけれど、あの子なにも発言しようとしないよ! このままじゃ、広場で公開処刑になる私。ゲームよりひどい展開。あ、ふわゆるとかクズとか思いっきりdisったせい?


(ゆ、夢、だよね……)


 しかし、リアルな夢。

 法廷にはどこからか生暖かい風が吹いているし、風に乗って貴族どもが身につけている香水が入り混じって匂う。私をあざ笑う囁き声が耳に障る。

 手には汗が浮いていて、べたべた。背筋は寒気でぞくぞくが止まらない。


 私、まだ十七歳なのに。命はひとつしかないのに。リセットボタンなんかないし、topに戻るも×ボタンもない。

 いやだ。このまま終わりたくない。最後まで戦おう! 私は、拳をぎゅぎゅっと握った。

 次の瞬間、思いっきり叫んでいた。


「ちょっとヒロイン、あんたのせいなんだから! あんたがふわゆるだから、こんなことになったんだ。登場人物全員にいい顔して、私の婚約者も持って行こうとしただろうが。私は自分を守るため、あんたにいなくなってもらおうとしただけ。今だって同じ。あんたはめそめそするだけで、ヒーローどもに守られてぬるぬるしている。隣にいる男はね、あんたの身分や立場が目的なんだ。早く気がつけっての。女だから守られようだなんて古いわ。自分は自分で守らないと!」


 居合わせた皆が、驚いている。


(令嬢とは思えない言葉遣い)


 でも、怯まない。


「ヒーローもヒーローだよ。そいつ、顔はかわいいけど、誰にでも靡く女。見る目ないね、バカだよまったく。主人公フィルターが外れたら、中の下ってとこじゃないの」


 夢だと思うけど、夢であってほしいけれど、私を包むいやな雰囲気は変わらない。シナリオでは、悪役令嬢にくっついていた取り巻き令嬢たちも断罪シーンでは機能しなかった。悪役令嬢は孤独なのだ。


 ヒロインは気を失って倒れてしまった。私に罵倒されたぐらいで、あほか。発奮しろっての。私を助けるはずなのに。このままではギロチン台送りだよ私。


 ……首を斬られそうになって、そこで目が覚めて現世戻り……


 個人的な理想を妄想する。レーティングCの乙女ゲームだもの、凄惨な残酷シーンはないよねきっと。

 うん、そうなるたぶん。勝手に決める。なんとかなる。

 私は、胸を張って立った。怖がらない。凛として立つ。


 法廷がざわついている。

 さっさと処刑しろという罵声が聞こえるし、もっと話を聞くべきではないかという意見も出ている。


 ま、言いたいことは言ったので、もういいかという気持ちもある。

 処刑されて現世を戻るパターンなのかもしれない。痛そうだなあ。目をつぶっていたら、すぐに終わるだろうか。でも、やだなあ。想像もしたくない。


「お待ちください!」


 大きな声が鳴り響いた。

 声の主はレオンハルトだった。ここで、颯爽とレオン様登場。騎士の正装に身を包み、大股で歩いてくる。ゲームのヒーローよりもヒーローらしかった。


「涼香様に罪はありません。ヒロインとしての役割を果たさなかった、姫様の怠慢による結果です」


 そ、そうそう、それが言いたかった! ヒロインがだらけていて各種イベントを起こさなかったから、私がヒロインを嵌めることになっただけ。分かってる、レオン様。


 レオン様は私に向き直った。そして、膝をついて礼を尽くす。


「お許しいただけるならば、わたくしと結婚してください。身分は低いですが、涼香様のために一生懸命働きます。涼香様の、はっきりと物事を述べられるお姿に、ずっと心惹かれていました」


 差し伸べられた手に自分のそれをそっと重ねた。

 もちろんOKである。

 一介の近衛兵でしかないレオン様と結ばれるということは、貴族としての身分を捨てることになるものの、はっきり言って全然構わない。令嬢だけど悪役なんて、やってられないわ。

 ああ、でもレオン様は悪役な私の性格が好みだったのかしら。まさか、毒舌好きという趣味嗜好がレオン様の裏設定になっちゃった?


「私でよかったら、よろしくお願いします。レオンハルト様……ではなく、今日から容赦しないわよレオン。ビシバシ行くから、ついてきなさい。できなかったらお仕置きよ」


 顔を真っ赤にしたレオン様。感激のあまり目に涙をためている。


「こ、光栄です。涼香様に叱られたい……もっと!」


 思っていたキャラとちょっと違うけど、素直で従順そうだし、よしとしよう。鍛えがいがあるかもしれない。私だけのヒーローは、私が作る。


「では、参りましょう」


 照れながら、レオン様は私の手を握り返して法廷を出ようとする。


 断罪裁判は途中だ、という声も上がったが、一介の近衛兵との結婚は私の高貴な身分を剥奪する結果になるのでよいのではという流れになる。

 そんな中、気を取り戻したヒロインがようやくセリフを放った。


「どうかお幸せに。あなたが私にしたことは忘れます。皆様も、あのふたりを追わないでくださいね」


 ……うげっ。

 こんなときにまでいい子ちゃんなセリフだった。どこまで甘ちゃんなの?

 でも、許そう。このゲームのメインシナリオとサヨウナラができる。これ以上、なにも言わないほうがいい。


「嬉しそうですね、涼香様」


 私は笑っていたらしい。


「当然よ。だって、私だけのヒーローと出逢えたんだもの」



(了)














  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そのキャラ、攻略対象に非ず fujimiya(藤宮彩貴) @fujimiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ