第3話ー真の暇人は暇を埋めきれない

さて、昨日あった出来事は概ね理解した。

なんか俺本人でも戦慄するほど恥ずかしいセリフを言ったようだが覚えていない。

けど覚えてたらそれはそれで死にたくなっちゃうからむしろ良かったのかもしれない。

お皿を洗いながら俺は今後のことを考えていた。

いつもの土曜日ならバイトかゲームかの2択だが今日はバイトはないしゲームを1人でやるのもなんだか申し訳ない。

そんなことを考えていると夢川さんが洗い物をしている俺の顔をカウンターの向こうから覗き込んできた。

びっくりして「うわっ」と後ろへ後ずさった俺を不思議そうに見ている。

「どうしたの?」

「いや、ちょっとびっくりしちゃって」

「そう、ねえちょっと聞きたいんだけどいい?」

「うん、どうしたの?」

「その…休みの日って何してるのかなあって」

少しもじもじした夢川さんは小さな声で尋ねる。

その恥ずかしそうな様子に心がドキッとさせられる。

「え、えっと今日はバイトもないし特にやることはないよ」

「そ、そうなのね。よかったらあなたが今日みたいな休日に何をするか教えてほしいの」

今度は嬉しそうに聞いてくる夢川さん。

コロコロ変わる表情がなんとも可愛らしい。

「えーと今日はすることがないから何しようかなあって思ってたところだよ」

「じゃああなたが何をするか知りたいから近くで見てていいかしら?」

目をキラキラさせて俺のことを見てくる姿が愛玩動物のように見えて断るに断りきれない。

「わ、分かったよ。でもそんなに面白くないと思うよ」

「問題ないわ。あなたのことを知りたいだけだから心配しないで」

微笑む顔にまたドキッとさせられる。

これが1週間続くのか…俺の心…理性は耐えられるのかな。

「じゃ、じゃあ僕はとりあえず自分の部屋に行くんだけど……く、来る?」

今まで女子と話したことすら少ないのに部屋に誘うなんてあるはずもない。

ということはそう、俺の顔は鏡で確認するまでもなく真っ赤なはずだ。

恥ずかしくなってすぐに後ろを向いてしまったが後ろの方からは夢川さんの「うん!」という嬉しそうな声が聞こえてきた。

恥ずかしくて夢川さんの方も向けないままリビングを出た。


2階に戻り部屋に夢川さんを招き入れる。

「えっと、汚くて申し訳ないんだけど…どうぞ」

「ありがとう。お邪魔します」

俺はこんなことを予期していなかったから部屋はかなり散らかっている。

そんな汚い部屋に夢川さんが立っている。

あまりにも汚いのでとりあえず床に落ちてた本は拾って本棚に戻しておいた。

「えっとじゃあ僕はゲームしてるから…どこに座ってもらおうかな…」

俺の部屋は俺がゲームするための椅子くらいしか座れるものはない。

床に座らせるなんて絶対にさせられないしどうしたもんか。

なんて思ってたら夢川さんが指を指した。

「ここでいいよ」

指を指した先はそう、ベッド。

「だ、だだだ駄目だよ!」

「どうして?」

「どうしてって汚いし…」

「私は別に気にしないわよ」

夢川さんはいたって普通に言うがそれよりも汚いというのもあるが夢川さんを俺のベッドに座らせた後が問題である。

もし夢川さんの匂いが布団に残ってでもいたら今夜はまず寝られない。

思春期男子(陰の者)には少々刺激が強いと思われる。

だがこんなにも真っ直ぐな瞳を見てしまうともう断れない。

「わ、分かったよ。でもほんとに汚いから気を付けてね」

「ありがとう。でも汚くなんてないわよ。だって」

夢川さんがぴょいっと飛んだと思うと俺のベッドに寝転んだ。

「何してるの!?」

「何ってベッドは寝転ぶためにあるものだし問題はないでしょ?」

そういって微笑む夢川さんに今度はどこか小悪魔のような雰囲気を感じた。

「と、とりあえず僕はゲームしてるから本棚の本とか好きに読んでていいから」

「うん、ありがとう」

俺はいつも通り椅子に座ってヘッドフォンをつけてコントローラーを握る。

画面に映るアイコンのゲームを開くと起動音が軽快に耳に響いてくる。

少しするとゲームのホーム画面に辿り着く。

画面の真ん中にはいつも使っている男のキャラクターが立っている。

このゲームは最近人気のFPSゲーム。

少し前に暇すぎてダウンロードしてみるとこれが面白かった。

すっかりハマってしまったけど上手くはないのでひたすらに上級者にボコボコにされてばかりではあった。

マッチングが始まり少しの間待機時間に入る。

その間にチラッと夢川さんの方を見てみるとベッドから立ち上がって本棚を物色していた。

俺の好みの漫画かラノベしか置いてないけど大丈夫かな。とか思っているとマッチングも終了し、ゲームが始まった。

銃声や爆音が響き合うフィールドを他プレイヤーと競い合う楽しさが俺を一気にゲームの中に引き込んだ。


「んー、きゅーけー」

と言って伸びをしているところで隣からの視線に気付きハッとした。

そう、今は夢川さんが部屋にいるのだ。

そんな重要なことも忘れていつも通り伸びをしてしまったのでそーっと夢川さんの方を見ると俺の方を見て笑っていた。

「中山くんって気が抜けるとそんな感じになるんだね」

「え、えーと…まあ…」

恥ずかしくて直ぐにゲーム画面に顔を戻したが体が熱い。

あんな誰にも見せたことないような気の抜けた姿を見られてしまったのは非常に恥ずかしい。

ゲームに集中しすぎたせいですっかり忘れていた。

とりあえず今のことは忘れてゲームを再開しようと思ってコントローラーを握り直したところで顔のすぐ横に夢川さんの顔がスッと出てきた。

「!!!???」

あまりの驚きで俺は椅子から転げ落ちそうになってしまった。

「ゆ、夢川さん!?」

「なんだか中山くんがやってるところ楽しそうだから私もやって見たいなぁって」

「え、ほんとに?」

「うん、よかったら教えて欲しいな」

これは親しくなるチャンスかもしれない。

いつまでもこんなキョドった対応ばかりしているのも失礼だし直さないとなと思っていたところでいい感じのイベントが発生してくれた。

しかし問題が一つ存在する。

「それはいいんだけどこのゲーム1人用だから2人でするにはもう一台プレイするためのゲーム機がいるんだよね…」

そう、問題とは1人しかできないことだ。

これはFPSゲームなのでもちろん1人専用だ。

だからマルチプレイをするにはそれぞれにプレイするためのゲーム機が必要になる。

「えーっと多分昨日の夜ここに来たばかりだし持ってないよね?」

「確かに持ってないわ。でも2人でできる案もあるわよ?」

「どんな案?」

「私が中山くんの膝の上に座って教えてもらうっていう案よ」

「ふぇっ!!??」

先ほど見た小悪魔風夢川さんが再び登場した。

夢川さんは微笑んでいるが俺はあまりの驚きに変な声まで出してしまったし顔も熱い。

「ふふ…今の「ふぇっ」って声…ふふふ」

そんな俺を見た夢川さんは俺の声驚いた声が面白かったみたいで小さく笑っていた。

やっぱりキャラが変わってる気がする…。

「安心して、冗談だから。それと私は中山くんが楽しんでる姿だけで十分だからそのままゲームを続けておいて」

「そ、そっか。じゃあお言葉に甘えて」

俺は椅子に座り直してヘッドフォンを付け直し再び戦場へ戻っていった。

そしてまた数戦が終わり時計を見るともう昼ご飯を食べる時間帯になっていた。

ベッドで転がる夢川さんは本棚にあった漫画を読んでいた。

「夢川さん、そろそろ昼ご飯にしようと思うんだけど何か食べたいものある?」

俺が問いかけると夢川さんは急に顔を上げて目を輝かせた。

「中山くんが作ってくれるの?」

「ま、まぁほんとに簡単なものならちょっとだけ…」

料理は上手いわけではないが親がいない時もたまにあるからそういう時は作っていた。

今日の朝夢川さんが作ってくれたご飯には手も足も出ないほどの差があるわけだが。

それでもやはり家に来てもらってるんだしそれくらいはやらないといけない。

「どう?何かあるかな?」

「私は中山くんの作ったものならなんでも食べてみたいから中山くんが得意なものを作ってほしいかな」

「んー、そうだなあ…簡単だけどパスタとかでいいかな?」

「もちろん!楽しみにしてるね」

「じゃあちょっと待ってて。できたら持ってくるよ」

俺は部屋に夢川さんを残してキッチンへ向かった。

冷蔵庫や食糧入れを見てみるとちゃんと材料は揃っていた。

俺はかけてあったエプロンを付けて不器用ながら料理をはじめた。

週に2、3回するかどうかの料理だから慣れてはきたけどやっぱりまだ包丁のスピードも遅く中途半端な出来だった。

料理がうまい人って凄いんだなとこういう時にしみじみと実感する。

なんて思いながら不器用な手つきで料理をしていきほとんどが完成した。

「あとは盛り付けだな」

皿に茹でたてのパスタを乗せてその上に王道のミートソースをかける。

お盆にパスタと粉チーズ、個人的に大好きなインスタントのコーンスープをそれぞれ2人分のせて慎重に階段を上がった。

「夢川さん、ドア開けてもらってもいい?」

「はーい、すぐに開けるね」

声がしてすぐにドアがガチャリと開いた。

「お疲れさま…!?わぁ、これ中山くんが?」

「う、うん。料理下手だから美味しくないかもしれないんだけど…」

ドアを開けてお盆を見た夢川さんは感激しているかのような表情をしている。

そんな凄いものを見ているかのようにされると勝手に自分の中でハードルが上がってしまう。

そんな感じで1人は目を輝かせてもう1人は味が心配でドキドキしている無言の状態が開けられたドアを挟んで少しの間あった。

「冷めちゃうしとりあえず食べよっか」

「うん、早く食べよう」

そうしてやっと部屋に入った俺は部屋の真ん中にある低いテーブルにお盆を置いた。

そして障子を開けて座布団を引っ張り出して床に敷いた。

部屋にはあいにく一つしかないがこれは当然夢川さんに座ってもらうために出した。

「じゃこの座布団にどうぞ」

「中山くんはいいの?」

「僕はいつも床だから大丈夫だよ」

「そう?じゃあお言葉に甘えて失礼します」

2人で床に座りまだ湯気の立っているパスタとスープをそれぞれの前に置き手を合わせる。

「いただきます」

自然と揃うこの言葉で俺と夢川さん2人での初めての昼食が始まる。

俺も早く食べようと思ったが味の感想が気になって仕方がなかったからパスタを綺麗に巻いて口に入れる夢川さんを見てじっと待っていた。

「どうかな?変な味じゃなければいいんだけど…」

パスタを飲み込んだであろうのを見て俺は夢川さんに聞いた。

すると夢川さんは微笑んで

「とても美味しいよ。中山くんも食べたら?」

「はぁ良かった。そう聞けて嬉しいよ」

俺はドキドキする胸を撫で下ろして大きく息を吐いた。

「ふふ、中山くん思ったよりちゃんとした料理をしてたからちょっとびっくりしちゃった」

パスタを食べていると夢川さんが少し笑いながら話しかけてきた。

「僕なんか全然できないよ。それを言うなら夢川さんはやっぱりというかなんというかイメージ通り料理上手かったよね」

「私は小さい頃から家でお母さんと一緒に料理をしたりしてたからね」

「それはやっぱりお手伝いとかそんな感じでやってたの?」

「ううん」

夢川さんは首を横に振る。

「じゃあどうして?料理が好きだったとか?」

夢川さんはゆっくりと目をつぶって懐かしむような表情で言った。

「料理を作れば一緒に食べてもっと仲良くなれると思っていたの」

"一緒に食べる"というフレーズと共に"思っていた"というフレーズがあった。

おそらく彼女の願いは叶わなかったのだろうと俺は心の中で思った。

「一緒に食べたかったっていうのはどんな人だったの?」

すると夢川さんは俺の目を見つめて笑った。

「ヒミツ」

そう笑った夢川さんには叶わなかったであろう昔の話をした後とは思えないような楽しそうな雰囲気があった。

「えーと、叶わなかったんだよね?多分。なのにどうしてそんなに楽しそうなの?」

さすがになんで楽しそうなのか気になったので聞かざるを得なかった。

「確かにあの頃は叶わなかったわ。でも…」

「でも?」

「ここから先はまた今度ね」

夢川さんはまた微笑んで食べ終わったお皿をお盆の上にのせてベッドに座った。

「またベッドに座ってどうしたの?」

と言うと夢川さんは後ろに置いてある本を手に取って見せてきた。

「この漫画がいいところで終わってるの!続きが早く読みたいから早く食べちゃったの」

「あぁ…なるほどね」

気持ちは痛いほど分かる。

俺も一度読みだすと続きが気になって仕方ないタイプの人間だからだ。

「どっこいしょ」

食べ終わったお皿を夢川さんが置いた皿の上に重ねる。

「じゃあお皿片付けてくるね」

「いってらっしゃい」

どうやら漫画に釘付けのようでこちらを見向きもしなかったが俺は漫画にハマっている夢川さんの姿がこれまた楽しそうに見えてなんだか微笑ましかった。

そんな夢川さんを背にお盆を持って階段を降りていった。


「洗い物終わり〜っと」

さっきの昼ご飯の片付けも終わり時計を見ると13時半。

さてこのあとどうしようというのが次の問題として上がってくる。

ゲームはさっきしたからもういいしかといって宿題も確か出されてる分は終わらせてたし特にやることもない。

まさに暇である。

よく暇人であると言う人もいるが何かしら用事はしてたりする。

だが俺は思うのだ。

俺のような真の暇人は暇を埋めきることができないのである、と。

その埋めきれない暇を普段はどうしてるかというと俺は何もしていなかった。

そう、ただ部屋で寝転んでいただけだった。

しかし今日はそうもいかない。

何せ夢川さんがいるのだから。

さてどうしたものかとリビングで悩んでいると机に置いてあった近所のショッピングモールのチラシが目に飛び込んできた。

「なになに…季節外れの縁日イベント…"まだ春だけど夏が待ちきれないそこのあなた。少し早めの縁日でこの春新たにできた友達と親睦を深めてみませんか?"ね…。日程は…今日か…」

その時頭にあるアイデアが浮かんだ。

「さっきのゲームの時は無理だった親しくなるっていうのをこのイベントなら少しでもできるんじゃないか?」

そう、さっきのゲームを教えるという案が潰えてなんとか俺は仲良くなるきっかけを探していた。

もちろん昨日までや今日の朝に比べれば今の方が少しはフランクに喋れているとは思うがやっぱりまだ固さがある。

まぁ固いのは特に俺なんだけどね。

よし、これに誘って今から一緒に行ってみよう。

でもちょっと待てよ、今夢川さんは漫画に夢中だった。

そんな夢川さんがくるだろうか…。

俺の立場なら続きが気になっていてその続きがすぐ目の前にあればおそらくそのまま熱中しているだろう。

今夢川さんが読んでいるシリーズは完結済みで全30巻の少し長めのシリーズ。

さっき夢川さんが見せてきたのは確か17巻くらいだったはず。

あのペースでいけば読み終わってから行く頃には縁日イベントは終わっているだろう。

誘って親睦を深めるのがいいのか夢川さんに漫画を自由に読んでてもらうのかどっちがいいんだろう。

悩んだ挙句俺はとりあえず部屋に戻った。

ドアを開けるとかなりくつろいで漫画を読む夢川さんが目に入った。

どうやらかなりハマっているみたいだ。

どうしよう…誘うべきなのか…?

ドアの前で立ったまま悩んでいると夢川さんは俺のことが気になったのかこっちを見た。

「どうかしたの?なんだかすごく困った表情をしているけれど」

夢川さんは俺を心配して漫画を読む手を止めた。

俺は相変わらずどうするべきか悩んでいたがこうも話すきっかけが出来たのなら誘うしかない。

さぁ言うぞ!女の子を遊びに誘ったことないけど!やるぞ!

「……って…」

「ごめんなさい、声が小さくて聞こえなかったの。もう一度いい?」

「僕と…」

「僕と?」

「一緒にショッピングモールの縁日のイベントに行きませんか?」

言ったぞ、俺は言ったぞ。

最後の方かなり小声になってしまったけど。

夢川さんを見ると一瞬固まって呆然としていた。

そしてその数秒後、急にバッと後ろを向いてしまった。

「えーと、夢川さん…?」

「行く!だからちょっとだけ部屋から出てもらってもいい?」

「分かった。入ってよくなったら言ってね」

そう言ってドアの外へ出て待っていると少しして顔を下に向けたままで夢川さんが出てきた。

「えっと、夢川さ…」

「すぐに着替えてくるから待ってて」

そう言った夢川さんは走って自分の部屋へと戻って行った。

どうしたんだろうか。

まぁ俺もとりあえず着替えよう。

部屋に入って着替えている時にふと思った。

男女2人でショッピングモールに出かける…これってもしかすると世間一般で言うデートなのではなかろうか?

そう意識した瞬間体が一気に熱くなった。

「で、でででデートじゃないぞ。これは親睦を深めるイベントであって…デートなんかじゃないぞ…落ち着くんだ俺…」

しかし体の火照りは止まらず変な汗もかいてきた。

やばい、これ考えてなかったけどちょっとというかかなりとんでもないこと言ってしまったのでは…?

土曜日の昼下がり、休日はまだ始まったばかりである。










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校内一のあの子と放課後を過ごすことになった 高雨未知 @knott

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