第2話ー急展開がすぎると思わない?
洗面所の鏡の前に立って改めて今あったことを思い返す。
まず土曜日にしては珍しく早起きをした、その後いつも通り牛乳を飲もうとして一階へ降りた。
ここまではまあいい。問題はその後だ。
珍しく料理の音が朝から聞こえると思ったらキッチンには校内一と言われる夢川さんが立っている。
さぁどういうことだ。
そして冷静になってきたところでまたあることに気づいた。
「よく考えたらかーちゃんもとーちゃんもどっちもいないじゃん…」
そう、ここは紛れもなく俺の家であり土曜日の朝のこの時間ならば親はおそらく食卓で朝食を食べているところだろう。
しかしその姿はなかった。それどころか家にいる雰囲気すら感じない。
「つまり今家にいるのは夢川さんと俺だけってことになるのか…」
口に出すと改めて頭がこんがらがってしまう。しかし何故俺の家に夢川さんがいるんだろうか。
昨日の夜の記憶も曖昧で何があったか思い出せない。確かいきなり許嫁がどうとかって話になって…。
「そうだ!かーちゃんからメールとか来てるかも!」
洗面所を出て二階にスマホを取りに行こうとしたところでキッチンへ通じるドアが開いていたのでちらっと覗いてみる。
そこには夢川さんが楽しそうに料理をしている姿があった。
その姿に見惚れてしまいただ見ているだけなのに体が変に熱くなった気がした。
けど「今はそれよりもこの現状を確認することが必要だ」と思い二階へと階段を駆け上がる。
ベッドの上で充電ケーブルに繋がったままのスマホをケーブルから外しメッセージアプリを開いてみるとやはり母親からのメッセージを受信していた。
「えーと、内容は…」
『やっほ〜瑞希ちゃんとの初夜は楽しんだ?(笑)あんまり喧嘩しないようにね〜』
この一通のみ。というか内容どうなってるんだ。
このノリを母にされるのはかなりしんどいものがある。しかも肝心の今に至る経緯は書いていない。
仕方ないのでこっちからメッセージを送ることにした。
『なんで今こうなってるんだ?』
送るとすぐに既読が付き、返信もすぐにやって来た。我が母ながらレスポンスの速さに驚く。
『なんでってあんた覚えてないの?』
『何を?』
『昨日の夜あったこと』
『覚えてない…』
『そんな訳ないでしょう。あんな一大イベント忘れる方が難しいもの』
ごめんかーちゃん、あんたの息子はそんな一大イベントを覚えていないんだ…。
これ以上昨日のこと忘れたとか言って聞いてると次会う時にガミガミ言われそうだからやめておこう、と思ってそっとアプリを閉じた。
「ここは潔く夢川さんに何があったか聞いてみることにしよう」
まずは一度深呼吸して息を整える。ただ一階に降りるだけなのに緊張感が凄すぎてまるで家じゃないかのようにさえ感じてしまうからだ。
「うしっ!」
頬をパチンと両手で軽く叩き階段を一段一段ゆっくりと降りていく。
一階に近づくと先ほどまで鳴っていた料理の音が聞こえなくなっていた。
リビングに入ると椅子に座ってじっとしている夢川さんとテーブルに置かれている皿に気が付いた。
皿は夢川さんの前とその向かいの席にも置いてある。
「まさか、俺の分か?」
いつもなら絶対に自意識過剰な考えはしないようにしている。
しかし、今この家にいるのは俺と夢川さんだけだ。
夢川さんにご飯を作ってもらった。
この事実があまりに夢のようで感動を噛み締めていると俺の気配に気付いた夢川さんが俺の方を見て微笑んだ。
「二階で何かしていたの?朝食できているわよ。早く食べましょう」
「う、うん。ありがとう」
夢川さんの向かいの椅子に座ってそっと顔を上げると夢川さんはじっとこっちを見つめている。その姿がやっぱり綺麗で可愛いと思わざるを得なかった。そして赤面した顔を見られないようにすぐ顔を下に下げてしまった。
「なんで顔をそらすの?」
「え、えーと…」
言い訳を考えるが上手い言い分も出てこない、というか夢川さんってこんな積極的なキャラだったのか。昨日ちょっと話した時はなんか少し壁があったというかしっかり距離を取っていたというか。しかし今日はまず話し方まで違う。昨日の堅苦しい感じではなく柔らかで優しい口調になっており言葉にもしっかりと抑揚がついている気さえする。やはり昨日の夜何かあったのか、と考えていると真向かいから視線を感じたので咄嗟に「と、とりあえずご飯食べよ!」とただ話を流すことしか出来なかったが夢川さんはクスッと笑って「そうね、冷めてしまう前に早く食べないと」と言った。
なんとか顔の火照りが少し治ったから改めて顔を上げてみると夢川さんの顔もやはり昨日までと違って穏やかな表情をしていた。そんな夢川さんと2人で「いただきます」と手を合わせた。
食事の間は緊張して全然喋ることが出来なかったから昨日のことも探ることができなかった。そんな無言の空気が流れていた中で向かいの夢川さんはなんだか楽しそうにしていた気がするけど多分気のせいだろう。
「ご馳走様でした」
「どう?美味しかったかしら?」
「う、うん、美味しかったよ」
なんだか微妙な返事になってしまったけど正直めちゃくちゃ美味しかった。
並んでいたメニューはシンプルな和食。
味噌汁に鮭の塩焼き、卵焼きに白米と付け合わせの野菜。
そのどれもがお店で出てきてもおかしくないほどに美味しかった。
けれど今まで人付き合いをろくにしてこなかったもんだからこういうことを面と向かって言うのが小っ恥ずかしくて素直に言えなかった。
そんな曖昧な返事なのにも関わらず夢川さんは「そう、良かったわ」
と胸に手を当ててホッとした表情をしていた。そんな初めて見る表情にドキッとし、それと同時に脳内をこのフレーズが駆け回った。
"なんか昨日までとキャラ違くない?"
学校で彼女のことは隣の席だからよく見ているわけだが学校では人と話している時笑顔ではあるがその笑顔は上辺に貼り付けた作り物のような顔だと感じる節がしばしばあった。
なんでそう感じたかは分からなかったが昨日山岡が言っていた「本質が似ている」という言葉の意味が今少しわかった気がした。
今目の前で微笑む夢川さんの笑顔からはその作り物といった感じはしなかった。
「夢川さん、僕は昨日の夜君と僕があのレストランで会ってからのことを悪いけど覚えていないんだ。だから教えて欲しいんだけどいいかな?」
彼女を見ているといつ聞くべきかとさっきまで悩んでいた昨日の出来事をすんなりと聞くことができた。
夢川さんは一瞬目を丸くしていたが軽く目を閉じてゆっくりと昨日までの彼女の今までを語り始めた。
昨夕。
日が落ち始める頃に中山くんと学校を出た私はただその帰り道が憂鬱だった。
許嫁がいる。そう聞かされたのはもう2年ほど前だったと思う。
中学3年生になりたてのある日突然親から聞かせられたその言葉は当時受験の準備をしていた私に大きな衝撃を与えた。
今まで恋愛をしたことはない。
もちろんしたくないわけじゃなかった。
ただできなかったのだ。
私のことを良くも悪くも昔から好意的に見てくる人ばかりでいつからか人間関係に疲れてしまい人と距離を取るようになってしまったのだ。
そんな私でもいつかは結婚してお嫁さんになっていくのかなぁなんてうっすらと思ったりしていた。
そして聞かされたその言葉により私が結婚、お嫁さんになることは決定事項であると分かった。
だけどそれは私の想定していないものであり理解をすぐに出来るものでもない、祖父が勝手に友達と決めただけの口約束で私の未来が決まるのかと思うと腹が立って仕方がなかった。
それからしばらくの間これからの人生を決められたレールに乗って生きていがなければならないと思った私は何も手につかなかった。
生きる意味を見出せなかった。
結局受験は中学3年進級当時想定していたところよりも2ランクほどダウンした普通の公立高校に決定した。
流石に中学を卒業する頃には心も落ち着いたけれどやっぱり何もしようと思えなかった。
そんな風に何もすることがなく高校の一年は過ぎ去り、元々勉強が得意だった私は校内の成績で常に1、2位を出していたことによって余計に注目を浴びてしまうようになってしまった。
高校2年生を迎える前の春休みに親から相手側の17歳の誕生日に会うことになっているからよろしくね。と告げられた。
聞くところによると相手の誕生日は6/12。
つまりあと2ヶ月くらいで私の今後の人生はその人と歩くことになる。
こんなことなら恋愛の一つでもしてみれば良かったと思っていたけれど一度だけなら人を好きになったと思い出した。
あれはまだ恋愛を周りほど意識していなかった小学校5年生の頃。
私はしばしば容姿のせいで女子から嫌がらせを受けることがあった。
簡単に言えば嫉妬である。
「○○くんのことは私が好きなのに」とか別に何をしてるわけでもなくただ普通に生活しているだけなのに言われて嫌がらせを受けていた。
そういうこともあって人間関係に疲れていったわけだけど。
だから私はよく1人で帰っていた。
そんなある日公園に立ち寄ったところその公園には同じクラスのよく私に嫌がらせしていた女子たちがいた。
その女子たちは私が1人でいて周りに誰もいないことが分かるとすぐに私を囲んで罵詈雑言を浴びせた。
当時は今のようなメンタルもなく、ただ弱い女の子だったからただ泣くことしかできなかった。
そんな時、目の前に1人の男の子が現れて私とクラスの女子たちの間に立ち女子たちに言い放った。
「弱い者イジメはやめろ!」
その男の子は少しヤンチャそうな感じがしたがその行いは間違いなく私を守るためのものであり、私は救われたのだ。
「大丈夫か?泣いててもいいことないぜ!」
と手を差し伸べて笑う男子にあの時私は抱いたことのない感情を抱いた。
今なら分かる。
あれは私の初恋だったと。
その後あの男の子に会うことはなかったがその姿は鮮明に脳に刻まれていた。
それから月日が流れ高校2年の始業式の日。
新しいクラスに入るともちろん知らない人ばかりだった。
私の席は出席番号が最後だったので廊下側の一番後ろだった。
おかげでクラスメイトの顔と名前を自己紹介の時にすぐ確認できそうだった。
そして順当に進んでいった自己紹介ある人が立った瞬間私は自分の目を疑った。
「えっと、中山圭斗です。よろしくお願いします」
その人は間違いなく昔私を助けてくれたあの男の子だった。
けれどあの頃のようなヤンチャっぽさはなかった。
その後の席替えで中山くんの隣になった私は少しだけ緊張してしまった。
「えっと、中山くん。よろしくね」
「あ、その、よろしく」
挨拶をしたもののこっちを見て返してくれたのはわずか数秒の話。
しかしその数文字で私の知っている昔の彼とは違うことは分かった。
何があったかは分からないが彼が私のことを覚えていないのは明白だった。
そもそも普通に考えればそんな一瞬の出来事覚えているはずがないのだから。
そう、私が1人で期待していたのだ。
あの時のことを彼も覚えていている、と。
これ以上彼のことを気にしようとどうせ2ヶ月後には別の男の人が私の旦那として挨拶するわけだしもういいんだ、あれはいい思い出だった。と諦めた。
そうして私の心の中に約4年ちょっとの間芽生えていた小さな小さな初恋という名の芽はその時に心の中で押しつぶした。
そして昨日。
憂鬱な気持ちで面会場所のレストランに到着する。
相手がどんな人であろうと私はほぼ確実にその人と結婚しなければならない。
そんなとうに分かりきった事実を改めて頭の中で考えていると
案内された机に近づいていた。
席に座っていたのは優しそうな両親とその間挟まれて何か考え事でもしてるのか下を向いている許嫁本人。
「初めまして」
うちの父親が挨拶をしたのを追って
「初めまして、夢川瑞希です」
と私も挨拶をした。
そしてお辞儀した頭を上げて顔を見てみるとそこには驚いた顔をしている中山くんの顔があった。
私もそれには驚きを隠せなかった。
その後両家初めて顔を合わせるということで食事をしながら話をしていたが中山くんは常に心ここに在らずの状態のようだった。
そんな状態でまともに会話できるわけもなくただ親同士の会話が続いていた。
「そうだ、瑞希ちゃん。まず1週間くらいうちに2人で住んでみるのはどう?」
いきなり聞こえてきた突拍子のない発言に危うく口に含んでいた料理を吹き出しそうになってしまった。
「えっと、それはどういうことですか?」
なんとか飲み込んで聞き返す。
発言者は中山くんのお母さんらしい。
「そのね、2人は同じクラスみたいだし仲良くなる機会はあったんだろうけど数年後一緒に暮らすなら今から練習するのもいいかなーって思ったのよ」
そんなかるーく同棲のようなことを提案されるのも困るんですけど。
チラッと父の方を見ると
「いいじゃないか!仲をより深めるまたとない機会だと思わないか?」
とかなんか親指立ててすごく肯定的なんですけど。
とはいえ相手のお母さんから提案され、その上うちの父までもが賛成しているとなると断るのも難しい。
「分かりました。1週間過ごしてみましょう」
「ありがとう!瑞希ちゃん!ほら、あんたもなんか言いなさい」
「ん?あぁよろしく」
中山くんが何がなんだか分からない顔をして言っているのが少し面白かった。
「じゃあその1週間私たちは別のところにいるからうちを好きに使っていいからね」
「あ、ありがとうございます」
すんなりと鍵を手渡されたがそんな初対面の人に家を任せるそのメンタリティに驚いていた。
その後他愛無い話が続いて結局1時間半ほどで面会は終了した。
「じゃあ私たちはこっちだからあとはうちの子にちゃんと連れて帰らせてね」
「分かりました、よろしくお願いします」
そう言って私たちの両親は車に乗って帰って行った。
問題は残された私たち。
中山くんは一応対応は出来ているみたいだがやっぱりどこか気が入ってないというか上の空というか。
中山くんの家はどうやらそう遠く無いらしく20分ほど歩けば着くらしい。
歩いている途中コンビニを見つけたので必需品を買っておこうと思い中山くんには外で待っていてもらいパパッと買い物を済ませた。
外に出ようとしたところ出口付近でいかにも悪そうな男2人組に捕まった。
「あぁまたか」
夜に1人になることが私は嫌いだ。
その理由がまさにこれ。
男の人に絡まれるから。
もしものことを考えると絶対に1人になりたくない。
コンビニの中だしって思っていたのが間違いだったのか?いや、多分そうでは無い。
おじちゃんの店員もこちらを見るがすぐに俯いて黙ってしまった。
後から聞いた話だがどうやらこの客はこのコンビニにいつもたむろしており自分達の好みの女性が来ると声をかけてはなんとか自分達の家へ連れて帰ろうとするらしい。
「なぁ姉ちゃんよぉ、ちょいと俺らと楽しいことしに行こうや、なぁ」
腕を掴まれ、振り解こうとするが力が強くて振り離せない。
「嫌です、放してください!」
「まぁまぁじっとしいや!」
久しぶりに恐怖を覚えた。
目に涙が溢れてくる。
誰か助けて…
「おい、何やってんだよあんた」
声にハッとして目を開けてみるとそこには異変に気付いて来てくれた中山くんの姿。
その姿はあの頃ほど威勢があるようには見えない。
多分中山くんも怖かったんだろう。
少し震えているようにも見える。
だけど間違いなく私にはカッコよく見えた。
「なんだぁおめぇ」
「うるさい、こっちは警察を呼ぶ準備は出来てるんだ。早く彼女を放せ!」
「おい、ガキ。舐めてると殺すぞ」
男のうち1人が中山くんに近寄っていく。
「中山くん!」
心配で声をかけると中山くんは「大丈夫」と少し微笑んだ。
その直後急にサイレンが聞こえてきて男たちも流石に焦ったのか私から手を放して走り去って行った。
それを見送って中山くんは私の元に駆け寄って来てくれた。
「夢川さん、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だよ」
服の袖で目に浮かんでいた涙を拭う。
「中山くんなら」と私は思った。
私は2ヶ月前に諦めた初恋を改めてすることができるようになった。
そしてこれからは中山くんに少し積極的に行ってみようと決意をした。
「まずは言葉遣いも親しい感じにして明日の朝はご飯でも作ってあげよう」
「そこでコンビニで中山くんに助けてもらって帰ってきたんだ。これが昨日からの流れかな」
「そ、そうなんだー…」
え、そんなことあったっけ。
ヤバい、本当に全く覚えてない。
コンビニのくだりとか忘れるわけないじゃん。そういや言われてみれば今日起きる時に聞こえてきた俺を呼ぶ声は確かに昨日の夜聞いた夢川さんの声のような気もする。
いずれにしよこう言わざるを得ない。
「急展開がすぎると思わない?」
「ええ、まったくだわ」
そういって2人で笑った。
これからの1週間はとりあえず学校だけじゃなくて家でも放課後を共に過ごすことになるようだ。
続
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