帰宅部の友達は万引きの常習犯

影津

第1話

 突然ゲーム機が熱暴走して固まった。慌てた僕はソフトを取り出そうとして誤って電源ボタンを押してしまう。画面上で電源をオフにしなかったので、再起動をかけたら本体のハードディスクから全てのデータが消えてしまった……。


 セーブデータはクラウド上にあるけれど、百本以上あるソフトが全てインストールからやり直さなければならない――。


 真夏の屋内で汗ばむ額の汗をタオルで拭う。


 僕は彼の事を忘れつつある。彼は僕のことを忘却へ追いやった。


「はぁ」


 ため息一つでは物足りない疲労感。プレイ時間三百時間以上を費やしたAAA級タイトルのゲーム。新品九千円。スペシャルエディションで一万円越えのソフトは、今や中古ショップで売り捌いても千五百円で売れればいい方だ。


 彼の頭は良くないことでいっぱいだった。彼は万引きの常習犯だった。名をテライ。主に手を出していたのは小物だけ。コンビニの菓子やら、中古の本やら。そんなテライが最初で最後に手を出したのがゲームソフト。ゲームソフトだけは手を出さなかったテライ。手癖が悪いあいつの口癖は、「取れるところに置いているのが悪い」だそうだ。確かに、テライにかかれば監視カメラの死角も一瞬で見抜くことができるし、死角がなければ作ればいいという精神で僕はテライのために死角になる。


「今日はこの位置に立ってて?」

 そう言われると脅されているわけでもないのに僕は素直に聞いてしまう。テライは僕のヒーローだったから。テライの万引きは良くないことだと分かっているし、やめた方がいいと止めるべきだった。だけど、僕にできたはじめての友達がテライだった。幼馴染でも何でもない。友達のいない小学校時代は中学に行けば友達ができると楽観視していた。ところが中学に上がっても友達はできなかった。仕方なしに僕は楽観する。高校に上がれば友達ができると。実際、できたのだ! それがテライ。


 テライはとても大人しく、髪も染めていないしありふれたクラスの隅にいるような奴だった。だけど、同じクラスの片隅にいて僕とあいつの才覚は正反対の位置にあると気づいた。テライは成績優秀だった。学年トップをひた走り、勉学だけでなく運動でも女子に黄色い悲鳴を上げさせるくらいには有名な運動神経の持ち主だった。


 だけど、テライは帰宅部でその才覚を無駄にしていた。


 僕は下校すると真っ先にテライと鉢合わせた。逃げるように学校から去るのが帰宅部だと僕は思っていたのですぐにあいつが同じ種類の生き物だと見抜いた。だけれど、あいつは同じ種類というにはあまりにも存在感が違い過ぎた。あいつは亜種だ!


 僕はテライを追うような真似をしようとして、やめた。あいつはイケメンでもなんでもない、ごく普通の醤油顔。草食系男子? 何にしても不思議な存在だ。存在感があるのに、自分で自分を殺す様にそそくさと帰っていく。臆病な小動物に見えた。僕は何度かその背を見送るうちに、僕の方が先に家に帰ってやろうと意地になって下校した。すると、後ろからあいつは声をかけてきた。


「お前。クッキー余ってるんだけど、いらね?」

「は? クッキー?」


 女子でもあるまいし。てか、クッキーてなんだよと思ったら、マジでクッキー。バター風味の懐かしい味。なんでも雑貨屋にあったとか。

「あったってなんだよ」と僕は半分戸惑って聞き返したんだけど、するとあいつはそっけなく空を仰いだ。


「あったから。あったんだよ」


 あいつの言うあった。というのは手の届く範囲で、誰にも見られない位置にあった。ということだと後で知った。


それから、あいつといっしょにコンビニや雑貨屋に行くことが増えた。あいつは、天気の話をするように商品棚からものをくすめて行った。


「うわ、まじかよ」

「何が?」

「それって万引……」

「なあ、明日テストだろ。テスト勉強分からないところあるなら言ってみな」

「は? 誰がお前に頼んだよ」

 

 するとテライはぼぅっと店員の方を見て「ずらかるか」と軽く僕を促す。


「テスト勉強って何のためにすると思う?」

「なんだよ急に」

「勉強で百点取っても何にもならないだろ?」


 ムカムカしてきた。


「はぁ? 勉強で百点取ってモテてる奴が何言ってるんだよ!」

「モテてる? そう思ってるのか? 俺はクラスで浮いてるんだぞ」

「運動もできるくせによく言うよ」

「そう見えるだけだろ。俺は、勉強も運動もこなしてるだけだ。ただ、目的もなくこなしてるだけ」

「へぇ。そうなのか。でも、そのうち進学……とかあるだろ?」

「じゃあ聞くけど、お前は帰宅部して何を目指すっての?」


 僕は押し黙る。成りたいものなんて何もない。ただ、勉強して進学して大人になったときに仕事が漠然と決まる。そう思ってる。


「もったいない生き方だよな。俺たち」


 テライの表情は酷く寂し気だった。将来成りたいものなんてない。学生のときに人は一番輝くものだと思っている。同窓会が開かれるのも同じ理由からだろう? 再会したときにあのときの夢を叶えているか? どんな道を歩んだのか。その答え合わせをするために集められるんだ。


「俺は今、今日の生活しか考えられない」


 確かにと思った。テライはそれ以来、僕の指南書になった。聞けばテライの親は離婚して父親と二人暮らしらしい。その父親も病気で寿命はそれほど長くないらしい。親孝行の仕方も知らない。今生きるのに精一杯。幸い医療費だけは父方の祖父の仕送りでなんとかなっているらしい。とても不安定な生活だ。テライは僕と同じように友達がいない。だから、遊び方を知らないんだ。ただそれだけなんだ。


 テライがゲームソフトに手を出して逮捕されたのは僕のせいだ。僕がある日ぼそっと言ってしまったんだ。


「いっしょにゲームしねえか?」って。

「ゲーム?」

「テライって実はちゃんと勉強してるんだろ?」

「まあ」

「だよな。お前の場合パワーが余ってるんだろ。勉強、運動して、親父の病院たまに行って、それでも進学とか考えられねえから万引きなんかしてるんだろ?」


 テライは眉を潜める。納得はしていない様子だった。だけど、このときテライは僕が言わんとしていることに気づいて計画を立てていたんだ。


「ゲームか。楽しそうだな。何のソフトで遊ぶんだ?」


 そこで僕は素直に答えてしまったんだ。新作ソフトを。一万円もするから手が出せないこと。



「今、中古で千五百円だぞテライ。こんなもののために、お前……捕まってんじゃねぇぞ」


 ごめんなテライ。俺、ほんと馬鹿だった。だけど、今こうしてお前が出てくるのを待ってて思うんだ。やっぱりお前だけが僕のヒーローだって。だから、俺もお前の気持ちが分かるように勉強も運動も頑張るよ。それから二人でさ。将来どんな人間になりたいか考えようぜ。

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