洗濯機が壊れた

新座遊

第1話(最終話)故障率ってどんなもんすかね

長雨が続き、洗濯を控えていたら、着替えの残りがあとわずかとなっていた。

仕方がない。部屋干しでいいから、洗濯するか。


洗濯機はアパートの部屋の外に設置している。安アパートと言わば言え。最近珍しいリーズナブルな物件だったのである。

降りしきる雨を眺めながら、大量の洗濯物をごっそり入れて、洗濯機の電源をオン。

いつもの通りの設定で洗濯を始める。が、なぜか水が流れる音がしない。正確に言うと、水槽に水が溜まらないが、水音は微妙に聞こえる。ちょっとしたら、底から水が流れてきた。床上浸水のごとし。

慌てて水道の栓を閉めて被害を食い止める。要するに給水弁から水槽に至る道筋で、何らかの故障が起きて、予期せぬルートで水が逃げてきたのだろう。

とりあえずアパートの1階なので、階下に迷惑をかけることはないのがせめてもの慰めとなるか。


それにしても困った。洗濯機を買い替えるしかないが、最低でも一週間はかかるだろう。それまでどう凌ぐか。近くにコインランドリーがないか、検索してみたが、二駅離れたところに一軒のみ。キツイな。

風呂場で手洗いという手もあるか。


その時、滅多に見かけない隣人が帰宅してきた。ずいぶんと大きな荷物を持っている。

大家さんから聞いた話では、芸能関係の仕事で、生活時間帯が人とは異なるとのことだが、それ以上は個人情報とのことでうやむやにされた。


あれ?隣人は女性だと思っていたけど、見た感じずいぶんと男っぽい。確かに女性と言えなくもない背丈で、優し気な顔立ちだが、女性とは一線を画した象徴的なあご髭。そしてショートボブよりも短めの髪型。なんというのかは知らん。

「こんばんは、洗濯ですか。ご苦労様です」

声は女性っぽい。いや、やっぱり女性か。ボーイッシュというべきかな。しかし髭がある限り、違和感しかないね。男なのか女なのかどっちでもないのか。

「あ、どうも、お隣さんですよね。初めましてかな」

「僕はいつも夜遅くに洗濯機を回していてご迷惑をおかけしてます」

「やっぱ男か」と思わず小さく呟いたら、聞こえてしまったようだ。

「あ、僕っていうのは最近の癖なんです。役どころが男なので。実際は女ですよ」

「すると、その髭は」

彼女は、首を傾げたあと、慌てて髭を外した。「あちゃー、つけたままで帰ってきちゃった」

髭を取ると、若く可愛らしい女の子になった。髭くらいで女性と気づかないものか、と言われても、あまり人の顔をマジマジと見ない性格なので、気づかないのである。

気づかないと言えば、なぜ着けっぱなしを気づかずに街中を歩けるのか、のほうが気にすべきところだろう。普通、鏡くらい見るよね?そうでもないのかな。

「すみません、これから僕、いえ私も洗濯するので、一緒に洗濯機回しましょう」

「ははは、私はですね、洗濯しないんです」

「え?でも洗濯機に洗濯物を入れてますよね?」

「うん。ついさっきまでは洗濯する気満々だったんだけど洗濯機が故障したみたいで、途方に暮れてたわけです」

「じゃあ僕の洗濯機を使いますか」

「え?それはさすがにご迷惑じゃ...」

「いえいえ、一緒に洗えば一挙両得」

「女性ものと一緒には倫理的な問題があるようなないような」

「大丈夫です。洗い物は男性ものの衣類ですから」

「ああ、同居してる人がいるわけですか」

「いませんよ。単身用アパートですし」

「?」

「?」

「ああ、そうかお仕事で使っている衣装ってことですね」

男役だと言っていたことを思い出した。

それにしても他人の衣類と一緒に洗うという提案自体が不思議ではある。役者というのは常識の範囲が違うのかも知れない。

「そう言っていただけるとありがたいですが、本当にいいんですか」

「洗濯機の電気代と水道代を折半でお願いできれば幸いです」

貧乏な役者ということか。まあこのアパートに若い女性が住んでいるっていう点だけでも、金持ちじゃないことはうかがえるわけで。

ともあれ、この提案は乗るべきだろう。もっけの幸いというか、棚から牡丹餅というか、ともあれ着替えがない緊急事態を回避できる。それだけでもありがたいことだし。

彼女の洗濯機に洗濯物を入れ替えていると、彼女は抱えている大きな荷物から、なにやら衣装を取り出した。

戦隊もののヒーロー服であった。

彼女は、私だけのヒーローだ。いや、そんなことはないけど、その時は結構本気で思ったね。




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