魔力人形オーカは眠っていない

花月夜れん

私だけのヒーロー

 ルーチェはいじめにあっていた。

 話しかけても無視され、避けられ、今では目を合わせてくれる人がいない。

 先生の目がある時はいいのだけれど、いなくなったとたんに始まる。友達だったはずの人達の攻撃。


「ねえ、私言ったよね? 学園にくるなって」


「あ、え、でも」


 ――このルルカ魔法学園を卒業すれば、いい場所に就職できる。あと少しなのに。


 過去に繁栄した魔法だが、今では衰退していて、魔法使いは減っている。魔法を使える人は少なくなっているのだ。

 魔法使いの採用は多いけれど、良いところは取り合い。お互いに協力して上に行く人もいれば、上位の人を潰して上の枠を手に入れるのだって日常茶飯事。

 ルーチェはたぐいまれな魔力をもって産まれた。ただ、扱い方がわからないということでここで魔法を使えるようにと試験等免除や優遇されここに入学したのだ。

 それが気にくわないカナンは、最初は親しげにルーチェに近寄って仲良くなった時に、手のひらを返した。

 やめさせてやる。彼女の心の声がルーチェの頭の中に響いた。


 ――こんな力、欲しくなかった。


 魔法はまだ使えないくせに、人の心を読むことが出来るようになってしまった。


 ◇


「こんにちは。またきてしまいました」


『こんにちは』


 口も目も閉じたまま、男が返事をする。

 ルーチェは教室から逃げるようにここによくきている。過去の魔道具が収蔵されている学園の資料保管庫。一番奥にいるのが彼。魔道具【魔力人形】のオーカ。

 動かない。動かし方もすでにわからない。ただの人形だとルーチェは思っていた。だけれど、彼女だけは彼の話し声を聞くことができるようになった。欲しくなかったと思った心の声を聞く力で。


『また彼女達にいじめられているんですか?』


「…………あはは」


 オーカは知っていた。ルーチェが声が聞こえる前にたくさん彼に愚痴ってしまったから。


『仕返ししたいですか?』


「ううん、あとちょっと我慢すれば卒業だもの。頑張るよ」


 オーカは表情を変えない。ただの人形だから。


『そうですか』


「うん」


 聞いてくれる人がいる。そう思えばルーチェの心は少しだが軽くなる。


「やめろって言ってるだろ!!」


 ルーチェは響く大きな声にびくりと肩をふるわせた。いじめをしてくる人達の筆頭、カナンの声だ。


「嫌です。嫌です!!」


 ルーチェのように期待値だけで入学した女の子、レコッタの声が反論している。


「わたしは、魔法治療院を作って不治の病ナレーザの祝福を治すんです」


「このっ!!」


 音が止まった。消音の魔法を使ったのかもしれない。


「オーカ、行ってくるね」


 ルーチェは立ち上がり声のする隣の部屋に入っていった。

 目の前で暴力が行われていた。ルーチェは相手が一人だと思っていた。そこには十人ほどのカナンの仲間がいた。


「カナンこそやめてよ!!」


 ルーチェは声を振り絞る。


「はぁ、あんたこそ止めろっていってるだろ! ちょうどいい、わからせてあげる」


 カナンが言うとルーチェの身体が地面に急に吸い寄せられた。カナンの魔法、重力だ。


「治療の魔法で外側だけはきれいにしてあげるから」


 くすくすと嘲笑が広がる。

 レコッタはまるでボールのように身体が空中で跳ね回っている。


「こんなことをして、どうなるかわかってるの?」


「わかってるから、理解してもらえるまで遊んであげるの。そのための根回しがやっと終わったから一人ずつ止めてもらうつもりだったのに。二人になっちゃった」


 カナンは笑いながら魔法を発動させた。

 身体が浮き上がった瞬間、ルーチェはカナンに突進した。驚いたカナンは目の前にだけ魔法を集中させる。

 レコッタはちょうど地面すれすれの場所にいたので地面にトサッと軽い音と一緒におりた。


「何するのよ!」


「彼女はやめさせない! 私だってやめない!」


 ――不治の病ナレーザの祝福は、父と兄の命を奪った。私だって、この病に戦いを挑むんだ。こんなやつらに負けてなんていられないんだ!!


 魔法学園にくる就職先の一番上には不治の病ナレーザの祝福の治療に特化した魔法治療院がある。

 ルーチェもそこを目指しているのだ。父と兄の仇をうつために。


「いい男を捕まえるためにここに入ったのよ? あんたたちに横からとられてたまるもんですか!!」


 ルーチェの身体が空中に浮く。叩き落とされれば大怪我になるだろう。


「最後に聞いてあげる。やめて?」


「絶対、やめない!! リヴィ兄さんに誓ったの!! 私はナレーザを倒してみせる」


「あっそ」


 勢いよくルーチェは地面に吸い寄せられる。目前に迫った時、彼女を受け止める男がいた。


「誰!?」


 気絶したレコッタ以外の全員がその男を見る。

 見たことがある。だって、隣の資料庫にいつも眠るように立っている人形の姿だったから。


「なんで動いてるの!? だって、これって戦争の道具でしょ!? もう壊れて、動かないって!」


 男は何も言わず、ただカナンの方を向き、そして光を放った。

 眩しさは一瞬だった。


「「「きゃぁぁぁぁっぁぁ!!」」」


 その場にいる者はルーチェとレコッタを残して逃げていった。

 黒くなったカナンだったものがそこにあった。


 ◇


「あの二人に手をだしちゃダメなんだって」


「へー、なんで?」


 こそこそとしている噂話がルーチェの耳に入ってくる。


「魔法と記憶がなくなってしまうんですって」


 ――そうなんだ。


「カナン」


「はい、ルーチェ様。なんでしょうか」


 カナンがおどおどしながら聞いてくる。


「あのね、今から――」


「はい、わかりました!!」


 まだ何も言っていないのに、そう思いながらルーチェはレコッタと話を続ける。


「ナレーザの祝福はもともと薬だったはずなのに、暴走した結果、毒になった。ナレーザの命を絶つことでこの病は消えるんだって」


「誰から聞いたの?」


「オーカ」


「オーカ?」


「私、彼と一緒にナレーザを探しに行くの」


「え、でももうすぐ卒業だよ。せっかくいじめがなくなったのに」


「もっと大事なことがわかったから」


 ルーチェは退学届けを持っていく。


 ◇


「本当にいいのか?」


「いいの、本当にやりたかったことが出来るんだから。病そのものと戦えるなんてさ」


 動き出したオーカは変装させられている。ルーチェの服だったそれは伸びてしまってもう自分では着られないだろうと考えていた。


「ナレーザはどこにいるの?」


「検索する」


 オーカが目を閉じる。何故この魔道具が動き出したのかはルーチェにはわからない。だけど、きっと――。


「出てこない」


「だよねー」


「ただ、過去の場所は――」


 彼女の心を救い、導くヒーローであることはなんとなく理解していた。


 ◆


 オーカは孤独だった。

 心だけが動いている。けれど、誰にも気付かれず。


「――殺してくれ」


 頼まれた事も出来ずに何もせず部屋の片隅に立っていた。

 ある日、ルーチェが現れた。彼女はオーカが物言わぬただの人形であると思いながら話しかけてきていた。


「やめなければいい」


 そう声をかけた。もちろん、彼女に届くとは思わずに。


「話せるの? っていうか生きてるの!?」


 驚いた顔が何にでもびっくりし感心するナレーザにとてもよく似ていた。

 ルーチェは魔力に溢れていた。それを少しずつ少しずつ身体に取り込んだ。もしかしたら、動けるようになるかもしれない。彼の脳裏にそう浮かんだ。


 ――もう少し。


 あと少しで、起動できる。そこまできているのに、大きな声で中断されてしまった。

 ルーチェの顔が蒼白だった。嫌な予感がする。

 そして、その予感が当たる。ルーチェの声が聞こえる。悲鳴が。助けてという声が。

 動かぬ身を呪い、その言葉を聞く。


殺してくれ助けてくれ


 ナレーザの心の声を思い出す。


「私はナレーザを倒してみせる」


 ルーチェの声とともに魔力が走った。一瞬で起動魔力がたまった。それどころか、魔力炉のすべてを賄えるほどの魔力だった。


 ◆


「一緒に行ってくれるのか? 何があるかわからない。それでも――」


「オーカは助けてくれたでしょ? そのお返しを兼ねて。というか、私の目標そのものみたいだし」


 ルーチェと一緒なら、ナレーザを助けることができるかもしれない。

 彼女の魔力は動けぬオーカを助けてくれた。


「行こう――」


 ルーチェもまたオーカの心を救った事を彼女はまだ知らない。

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