あなたに声が届いたら

磯風

HERO

もうどれくらい、こうしているかしら。

誰も通らないこの道端で、ひとりぼっちで。

お母さんも、お兄ちゃんとお姉ちゃんもいなくなってしまって随分経つわ。

だけど、ここで待っていなさいって言われたの。


時々、足音がするけど私が見える所までは来ない。

高い壁の影になっているから、私からも見えないわ。

寂しくて、疲れてきて、座り込んじゃったけど、なかなかった。

ないたら我慢出来なくなって、みんなを捜しに行ってしまいそうだったから。

待っていないと。

みんなが戻った時に私がいなかったら、きっと心配するもの。



暗くなってきたけど、みんな帰ってこない。

どうしよう……やっぱり探しに行った方がいいのかな。

遂に我慢出来なくなって、ないてしまった。

声が、抑えられない。


そうだ、お兄ちゃんが言っていたわ。

ないていると『ヒーロー』っていうヒトが来て、助けてくれるんだって。

『ヒーロー』ってどういうものかよく判らないけど、お兄ちゃんは凄いヒトに決まっているって言ってた。


段々、声も出なくなってきた。

『ヒーロー』には私の声、届かなかったんだわ。


「おい、大丈夫か?」


急に大声が聞こえて吃驚したけど、見上げたら……知らないヒトがいたの。

「こんな所でうずくまって……可哀想に」

手を伸ばしてくる。

やだ、怖い。


身体を竦ませて、目を瞑ってしまった。

ふわっ、と抱き上げられる感じがして、慌てて目を開けた。

何処へ行くの?

私を何処へ連れて行くの?

待っていないといけないのに!


でも、私の抵抗は全くこのヒトに通用しなかった。

「先ずは病院に行こう、な」

……なんか、言ってる……

でも、駄目だわ、疲れちゃって、目を開けていられなくなっちゃった……



「お、目が覚めたか。大丈夫か?痛い所ないか?」

もの凄く明るい……もう冷たい風も感じないし、身体がぽかぽかしている。

なき過ぎて声も出ない私を、こんな所に連れて来てどうしようって言うのかしら?


『ないていたらヒーローが来る』


……もしかして、このヒトのことなのかしら?

助けてくれただけなのかしら?

いいえ、駄目よ。

油断しちゃいけないって、お姉ちゃんは言っていたじゃない。

親切そうに見えても、そうじゃないヒトをいっぱい知ってるって。


でも、温かいし、気持ちいいわ、ここ。

そう思って、うつらうつらした時にばたんっ!と、大きな音がして飛び起きてしまった。


「おい、おまえ、静かにしろよ!」

「ゴメン、お兄ちゃん……さっきの子、起きた?」


何?

なになになに?

急に顔を覗き込まれ、撫でられてどうしていいか判らない。


「なんか、食わせてやらないと……」

「ああっ!だめよ、残り物なんか!あたしが買ってきたから!」

「おお……ありがとな。飲み物もいるよな」


……目の前に、食事が出てきたけど……いいの?

このヒト、なんで私に……自分たちは食べないで、私にくれるの?

「ほら、お兄ちゃん、あんまり覗き込んだら怖がって食べないって!」


いい匂い。

ちょっと、舐めてみると凄く美味しい。

私は、夢中で食べ始めてしまった。

美味しい!

いつもなら邪魔をするお兄ちゃん達もいないから、沢山食べられたわ。


このヒト、やっぱり『ヒーロー』なんだわ。

だから、ないたら見つけてくれて、助けてくれたのよ。

お兄ちゃんの言った通り、私の声で来てくれたのよ!



沢山食べて、ちょっと安心した私はそのまま眠ってしまったみたい。

目が覚めた時、『ヒーロー』は……いなくなっていた。

嫌だわ。

また、ひとりだわ。

……ないたら、来てくれるかしら?

また、私を見つけてくれるかしら?



にゃあぁん



「あっ、起きたみたいだよ!お兄ちゃん!ごはんまだ?」

「おおっ、今出すから!」


バタバタと足音がして、昨日の『ヒーロー』がやってきた。

ふふっ。

やっぱり、鳴くと来てくれるんだわ。

お母さん達、心配しているかしら。

だけど、ここはとっても居心地がよくって動きたくない……


「お兄ちゃん、この子飼うんでしょ?名前は?」

「まだ決めてないけど……」

「じゃあ『鈴』にしようよ!鳴き声が凄く可愛いもん」

「そうだなぁ。あの時鳴き声が聞こえなかったら見つけられなかったもんな。よしっ『鈴』にしよっか」


大きい方は……昨日私を見つけてくれたから『ヒーロー』……よね?

だけど、こっちの小さい方は何かしら?


「あたしの手からご飯食べるかな?はい、鈴〜ごはんよー」


……食事をくれる……って事は……

そうだ、お母さんが言ってたっけ。

『食事を運んでくる下僕がいる場所がある』って。

つまり……『下僕』っていうのもヒトの事なのね。

ヒトって、沢山種類がいるのね。

きっと小さい方は『下僕』なんだわ。


「やった、食べた!」


私はすっかり良い気分になって、もう一声鳴いた。

ほら、『ヒーロー』が私の背中を撫でてるわ。


うふふっ。

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あなたに声が届いたら 磯風 @nekonana51

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