お兄ちゃんは駄作を生み出さない
羽間慧
お兄ちゃんは駄作を生み出さない
検索機能は便利だ。正式名称をはっきり覚えていなくても、求めている答えにたどり着くことができる。
私は、しばらく考えた後で単語を打ち込んだ。
【
ここ最近、
ペンネームは把握済み。ついでに、お兄ちゃんの書いた長編小説も三つ読んだ。連載中の「生け贄だった少女は鬼に溺愛される」は恋愛ジャンル。身内が読むには刺激の強い内容だと身構えたけれど、ほっこり見守ることができる作品で安心した。パクリと騒ぎ立てる要素も、炎上しそうな表現も見受けられなかった。お金を払うから書籍化してほしいと思うのは、私がブラコンだからじゃない。
ネット検索してみたものの、該当する情報はなかった。情報屋なら、効率よく証拠を掴むことができるのに。小学生の語彙力では、ネットの波に太刀打ちできない。もう探偵ごっこは飽きてきちゃった。
「次で最後にしよう。書き手にとって、エゴサーチをして傷付く言葉は……」
【凛緒 小説 駄作】
恐る恐るエンターキーを叩くと、心ない言葉が並んでいた。同じ小説家志望とは思えないほど、人格攻撃の嵐だった。
「……ひどい」
現実を見ろ。無能に気付け。そんな言葉、先生なら絶対に言わないよ!
たとえ最終選考に残らなくても、今までの努力を認めてくれる。この間も、頑張っている真緒さんの姿は素敵だって言ってくれた。
SNSは遠くに住んでいる人とお話しできる便利な手段だけど、誰かの生き方を否定するのは嫌だなぁ。
妹なりにお兄ちゃんの作品を厳しい目で見ると、自分の文体に酔っている感が鼻についた。ストーリーとキャラクターはどこかで見た気がするものの、自分の世界を作ろうとしている情熱は感じられた。私にとっては、応援したい書き手さんに思えた。
だって「生け贄だった少女は鬼に溺愛される」のヒロイン雪菜ちゃんは、私がモデルになっているから。ぶりっ子と罵られていた私をお兄ちゃんが救ってくれたように、生贄だった雪菜ちゃんにも光を与えた。ハッピーエンドではなく、自分の思いを誰かに言っていいんだと気付かせる希望の光だ。
『雪菜、儂に甘えてよいのだぞ』
無口な鬼さんが、雪菜ちゃんの目線に合わせてかがむ。集落の人々に見下されてきた雪菜ちゃんにとって、救いの瞬間になった。
『真緒、喧嘩が強くないお兄ちゃんだけどさ。困ったときは頼っていいからな』
年下の男の子に吹っ飛ばされて、唇が切れてしまったお兄ちゃん。あのときの笑顔が、無口な鬼さんと重なった。
私は画面を睨みつける。うちのお兄ちゃんは駄作を生み出さない。少なくとも世界で一人くらいは、この作品と出会えてよかったと思っている。
私だけのヒーローなんて言ってやんない。だってスランプから抜け出すまで、かなりの時間がかかっちゃいそうだもん。お豆腐メンタルが修復されたら、考えてあげてもいいけどね。
「さっさと続きを書いてよ。お兄ちゃんの帰還を、読者が首を長くして待っているんだからねっ!」
ツインテールを揺らしながら、私は画面にエールを送った。
お兄ちゃんは駄作を生み出さない 羽間慧 @hazamakei
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