何もしてくれないヒーロー【KAC2022 8回目】

ほのなえ

そのヒーローは特に何もしてくれない

そのヒーローは、僕に対して直接何かをしてくれたわけではない。

なぜなら今僕が生きているこの世界の住人ではないからだ。


それならここではないどこか遠い世界にいるのか、と聞かれても……そういうわけじゃない。

というか、もはやどこかで生きているわけでもないんだ。

(……先にこれを言っておけばややこしくなかったかな)


それでも僕のことをいつも助けてくれる、僕にとってのヒーローだ。



僕は昔っから弱い。力も……まあ弱いけど、何より気持ちが一番弱い。

何かをやろうとしても、すぐ自分に負けてしまって諦める。


そんな弱い僕だから、いつも周りにバカにされてきた。クラスのやつらにも、本来は僕の味方で助けてくれるはずの存在の……家族にも。


自分が弱いせいだから仕方ない、と思いつつも、バカにされ続けていると自信がどんどんなくなってきて……その悪循環でどんどん弱い存在になってしまった。


そんな時、出会ったのが「彼」だった。



彼は、決して「いい人」とか「正しい人」ではないかもしれない。

女にだらしなくて浮気とか二股とかしてしまうし、やる気のない時は頼まれたことを断ったり忘れたり、サボることもある。

頭もそんなに良くなくて、見え見えの罠にすぐ騙されて、仲間を困らせることもしばしばだ。


それでも彼は、「強い人」だ。自分を曲げることなく真っすぐで、自分に負けることなく何度でも立ち向かう。

自分が許せないと思う相手に対しては、相手が強いか弱いか……権力をもっているかどうかなんて全く考えずに、コテンパンに打ち負かそうとする。


もちろん相手にやられることもあるけど、最後まで諦めずに何度も立ち上がるうちに、結局最後には成し遂げてしまう。

そんなところが僕とは真逆で、僕の憧れの存在だ。



そのヒーローは……僕の大好きな冒険小説の主人公だ。

僕のいる世界で生きているわけでもないから、僕に対して何かしてくれるわけでもないのに、この世界にいる誰よりも勇気をくれる。


そのヒーローは……僕の住む世界にはいないけど、ここにいたらきっと、僕をバカにするやつらのことをコテンパンにしてくれるだろうなと思うと救われるし、くじけないで生きていける。


そのヒーローは……きっとこんな時こういう行動をするだろうなと想像すると、僕も真似してみようかな、とちょっぴり強気にさせてくれる。


そのヒーローは……現実には存在しないけど、本の中にだけでも存在してくれたおかげで、今の僕がある。


そのヒーローは……今、僕の心の中に間違いなく存在している。





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