いつも私を助けてくれる
烏川 ハル
いつも私を助けてくれる
「歩きスマホは危ないですよ、お嬢さん」
急に声をかけられて、
顔を上げて足を止めると、ちょうど目の前を、一台の自転車がスーッと横切っていく。
大学からの帰りに、夕方の路地裏を歩いている
気づかぬうちに、小さな十字路に差し掛かるところだったらしい。しかも横手から自転車が飛び出してくるタイミングだったのだ。
「ほら、言った通りでしょう? 私が声かけなかったら、あれに跳ねられてましたよ」
いつの間にか法子の隣に並んでいたのは、サラリーマン風の男だ。灰色のビジネススーツを着て、黒縁メガネを掛けていた。
「気をつけてくださいね」
優しそうな笑みを浮かべて、男は彼女を抜き去っていく。
法子は立ち止まったまま、その背中を見送り……。
「なんだか気持ち悪いわ。あれ、ストーカーかしら?」
男に追いつかないよう、少し時間をおいてから、また歩き始めるのだった。
法子が彼をストーカー扱いしたのも無理はない。見覚えのある男だったからだ。
3日前にも彼女は、急いで走って横断歩道を渡ろうとしたら呼び止められた、というのを経験している。今回みたいに、そのままだったら車に轢かれていたかもしれない、という状況だった。
声をかけてくれた男はすぐに雑踏に消えてしまったので、きちんと見てはいなかった。しかし、やはり灰色のスーツを着ていた気がする。
しかも、その一件だけではなかった。小さい頃から、似たような出来事を何度も経験していたのだ。
彼女が危険な目に遭いそうになる度に、いつも止めてくる者が現れるのだが……。そららは全て灰色スーツのメガネ男、つまり同一人物のような印象だった。
「ねえ、どう思う? やっぱり私、つきまとわれてるのかな……?」
「だとしたら心配だね」
喫茶店でアイスティーに口をつけながら、
二人で遊んでいる時に、親友の法子から灰色の服の男について聞かされるのは、これが初めてではない。最初の頃は理恵も真剣に聞いていたけれど、最近では話半分という態度になっていた。
「でもさ、法子。結果的には、その男に助けられてるんでしょう? だったらストーカーどころか、あなた専属のヒーローみたいなもんじゃないの?」
「やめてよ、そんな言い方……」
法子は思いっきり顔をしかめている。サラリーマン風のメガネ男は、彼女の好みのタイプではないのだろう。
理恵は一般的な意味で「ヒーロー」という言葉を使ったのに、法子の方では、少女漫画的な意味で――主人公の恋の相手役として――受け取ったらしい。
そんなことを理恵が考えていると、
「ほら、見て!」
慌てた様子で、法子が窓の外を指さした。
「理恵にも見えるよね? あそこにいるわ、灰色スーツの男が!」
「うーん、どれのことかな……?」
理恵は曖昧に返事する。
サラリーマンなんて、たくさん歩いている。灰色の背広だって、ありがちな服装だろう。おそらく別人なのに、勝手に法子は「同一人物だ」と思い込んでいるに違いない。
理恵は最初そう考えていたが……。
同様のケースで法子の指し示す方向を見ても、灰色のスーツを着た男が全く見当たらない場合も多いのだ。
だから今では、こう考えるようになっていた。
見間違え以前に、いもしない者を法子は「見た」と思い込んでいるのではないだろうか。
灰色スーツのメガネ男は、実際には存在しない人物、つまり法子のイマジナリーフレンドではないだろうか。
このように……。
当の法子からはストーカー、彼女の親友の理恵からはイマジナリーフレンドと思われてしまう。それでも
(「いつも私を助けてくれる」完)
いつも私を助けてくれる 烏川 ハル @haru_karasugawa
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