私だけのヒーロー~直観センチネル外伝~

大黒天半太

私だけのヒーロー~直観センチネル外伝~

 私は田代薫、私には今、好きな人がいる。


 高校の入学式の帰りに、うっかりバス停に忘れたコートを学校の事務室に届けてくれたのは、ユウだった。置き忘れたバス停のベンチに戻った時、ユウは声をかけてくれた。

「コートをここに忘れてたのは、君? 今、事務室に預けて来たから取りに行ったらいいよ」

 高校から戻ると、バス停にはまだユウがいた。

「あの、ありがとうございます。でも、なぜ私が忘れたってわかったんですか?」

 彼は苦笑する。

「何か探してた風だったから。それに家でファブリーズの緑茶のヤツ使ってるでしょ? コートと君の持ち物から同じ香りがしてたから、そうかなって。あ、わざと嗅いだわけじゃないからね」

「え?」

「僕は1-Bの花井、花井だけに『鼻はいい』んだ」

「1-Aの田代です」

「新入生同士だね、よろしく」

 その日は、それ以上の会話は無く、同じバスに乗って帰った。路線が同じだったので、同じ町内なのかもしれないと思った。小学生で転校して、高校はこちらに戻る予定だったので、祖父宅から受験した高校だったから、もしかしたら同じ中学校区なのかもしれない。


 翌日、小学校の時の友達がクラスメイトにいると言うことに気づいた。リンちゃんこと松田鈴夏は、相変わらず元気で人間関係は全開にアクティブだった。

「お父さんの転勤はまだ続くみたいだから、高校はお祖父ちゃんちから通えるところにすることになって、こっちに戻って来たの」

「そうなんだ。カオルも中学が一緒の子がいないなら、寂しいでしょ? おいでよ、私の中学の友達、みんな面白いから」

 リンにぐいぐいと引っ張っていかれて、同じ1-Aのきれいな女の子が苦笑しながらついて来ていた。

「みんなぁ、私の小学校の時の友達、カオルだよ。カオル、こっちがミオでむこうのカッコつけてるのがカズマ、イケメンがシン、ふっつーのがユウだよ」

「あ、『鼻がいい』花井さん?」

 そのキーワードに、ユウ以外の四人は大爆笑する。

「コート忘れてた田代さんね、よろしく」

 ユウもちょっと遅れて苦笑いしていた。

 花井優介、ユウとの二回目の出会いだった。


 リンが中学時代からずっと好きなのが、サッカー部のシンこと大山慎二くん。同じクラスの委員長のミオこと葛城美緒さんはバスケ部のカズマこと網代木一真くんが好きらしくて、ユウを入れて同じ小学校からの四人組に、中学からリンが加わったらしい。クラスは女子三人が1-Aで、男子三人が1-B。男子三人はいつも誰かの席の近くに集まってるので、そっちに寄って行くことが多い。


 もうその翌日からはユウを除く全員が私をカオルと呼び始め、ユウだけはタシロと名字で呼ぶようになった。


 夏休み近くなって、ユウが「タシロ」から「カオル」と呼ぶように変わってから、私も「花井さん」から「ユウ」と呼ぶようになった。


 ユウは、いつもみんなのことをよく見ている。そして、私のことも。リンに引っ張られて加わった頃の、戸惑った私にもよく気を配ってくれたし、人間関係に入り込みやすいよう、馴れ合い過ぎる展開の時はなんでそうなるのかよく説明をしてくれた。


 そこは居心地のいい場所になった。そして、その居心地の良さの構成要素にユウは欠かせなくなっていた。


 帰宅部の二人は示し合わせたわけでもなく、同じバスで帰ることが日常になった。




 そして、その悪夢のような出来事は起こった。


 ちょっとだけ早くバス停に着いた私は、ユウを待っていた。

 その白いワゴン車は、バス停の前に止まり、何でこんなところに停めるのとぼんやり思っていると、中から出て来た男三人に口と両腕を押えられ、車内に引きずり込まれた。

「馬場、クルマを出せ!」

 ワゴン車は、そのまま急発進する。ワゴン車の床に三人がかりで押さえつけられ、身をよじることもできない。それ以上に怖い。

「いやっ! 助けて!」叫ぼうとする私の頬を思い切り平手打ちされた。

「家に生きて帰りたきゃ、大人しくしてろ!」怒鳴りつけられ、身体が固まる。下卑た笑い声がして、スマホで撮影されている。

 痛い、頬は痺れ、血の味がする。怖い、怖い、怖い。ユウ、ユウ、ユウ、助けて、助けて、助けて。

 ほんの何分かで、ユウが来たはずなのに。いつもと同じバスの中だったはずなのに。何をされるのか、想像はできるが考えたくない。こんなことになったら、もうみんなのいるあの場所には戻れなくなる。

 固まり、丸まろうとする身体の反応を、男たちに無理矢理床に押し付けられ、腕も足も痛い。

 ワゴン車は道路から、窓からは道路脇の木々しか見えない脇道にそれ、山の中に止まる。

「ほら、叫んでみろよ、誰も助けになんか来やしないぜ」

 怖さ以上に重く暗いものがお腹に降りて来る。絶望、ささやかな幸せが根こそぎ奪われる。ユウ。助けて。


 ガン!と車体に衝撃が響く。リアウィンドウに何かが当たってひびが入る。

「何だ?」

「後ろのカメラが映らなくなった」

 運転席の男が応える。

「ミラーが、あるだろうが!間抜け!」

 衝撃が連続する。

「ミラーが、無くなった」

 運転席の男が呆然と言う。

「だったら、降りて見て来い!」

 怒鳴られ、ドアの開く音にかぶさるように鈍い衝撃音がして、運転席の男が叫んでドアを閉める。

「やられた!手が!手が!」

「誰だ!俺達の邪魔しようってのか?」

「落ち着け、中井!」

 私を押さえつけていた男達は車から出て行く。

 私は何の根拠もなく思った。ユウが助けに来てくれた。きっともう大丈夫。そのまま意識が遠くなって行く。


 腫れた頬に優しく手のひらが触れる。ユウが来てくれた。もう、何も心配しなくていい。


「ユウ! 無事か?!」

「全員、ゲロまみれか。アレをやったんだな。四人いっぺんにとか、無茶過ぎるぞ」

「『カオル緊急事態』とタクシーの番号だけで、ここまで来れた俺達を誉めろよ!」

「凄いよ、二人とも。タイミングもばっちりだ。後はお願い」

 ユウとカズマとシンの会話だけ聞こえた気がした。


 目が覚めたのは救急車から病院へ下ろされた時で、シンが同乗してくれてたらしい。

「カオル、ユウも無事だから心配するな」


 病室にはリンとミオが来てくれていた。

「ユウの方には男どもが行ってるわ、安心して」

「犯人達は、ユウ一人に四人ともぶっ飛ばされてたってさ。もう、大丈夫だよ、カオル!」

 リンがぎゅっと抱き締めてくれる。ミオは優しく背中を擦ってくれた。そこで初めて涙が出た。


 ミオが看護師さんの許可をもらって、車椅子を借りて来てくれてた。身体はあちこち痛いだけで何とも無いはずなのに、まだ動揺してるのか、足元がおぼつかない。

 リンが押してくれて、ユウの病室へ行く。


 ユウは居た。点滴され、両手に包帯を巻いて、右足にも湿布がテープで固定されている。

「お、来た来た。これが名誉の負傷でーす」

 カズマがふざけて言い、ミオに肘打ちされる。

「ユウ、ありがとう」

 そう言うのが精一杯で、ユウの包帯でぐるぐる巻かれた手を握ったら、私の涙は止まらなくなった。

「カオルが無事でよかった。もしかして、僕に惚れた?」

「そこは、惚れ直した、でしょ?」

 ユウの軽口にリンが悪乗りする。

「バカ!もう知らない!」


 私は、カオル。私には、今、好きな人がいる。私だけのヒーローが。



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