共にはいない、あの人を想う

せてぃ

誰よりも近くに

「わたしは、強くなりました。それはリディアさん、あなたが、あなたがひとりで、たったひとりで、百魔剣に立ち向かうような、そんな孤独に、わたしが堪えられなかったから。あなたを、ひとりにしたくなかったから!」


 いくら命がけの戦いの直後で気が立っていたとしても、あんなことをよく口にしたな、といまになって恥ずかしくシホ・リリシアは思う。

 天空神教会の執務室。窓辺に立ち、王都の街並みを眼下に眺めながら、シホはふと、物思いに耽っていた。

 あの時、シホは言葉を向けた相手の、黒い外套の裾を掴んで泣いた。昂りすぎた感情が理由もなく涙を流させた。すぐ傍にいる相手の、黒い影の輪郭が滲み、曖昧になる。それが怖かった。この場にいるはずなのに、いなくなってしまうようで、ただ怖く、涙はまた溢れた。


「わたしは、わたしたちは! 強くなったんです、リディアさん! 戦いだけじゃない、いろんな方向から、わたし、強く、大きくなったんです。せめて、ひとつくらい、あなたの力になれても、いいじゃないですか!」


 本当に強くなったのなら、あんな言葉は必要なかったはずなのだ。

 きっと、ただ、認めて欲しかったのだ。よくやったと、褒めてもらいたかったのだ。あの人に。


「感謝している」


 あの人はそう言ってくれた。二年という時間をかけて、個人としても組織としても強くなったわたしを、わたしたちを、その言葉ひとことで認めてくれた気がした。

 けど、あの人の想いは、全く別の場所にあった。


「感謝をしている。お前にも、クラウスたちにも。それでも、おれは、お前には戦って欲しくない。もう、守れないのは、嫌なんだ」


 あの時感じた衝撃を、シホは忘れることはできないだろう。


「おれには自信がない。またシスターの時のように、大切な誰かを守れないのではないかと、ずっと考えている。怯えている。だから、お前には戦って欲しくないんだ」


 その言葉を聞いたとき、シホは初めて、自分の行いがリディアを追い込んでいたことを理解した。そして如何に自分が、自分の想いだけで突き進んでいたかを理解した。自分のことを大切だ、とリディアが言ってくれたことよりも、リディアがそう思うことで、苦悩してきた時間を理解した。


「それに、百魔剣を握る、ということは……先にも話した通りだ。おれは、お前を斬らなければならなくなる。守りたい。そう思っているのに」


 シホは何も言えなかった。自分の感情にも、リディアに対する感情にも、言葉が足りなかった。


「お前が手を汚さなければならないのなら、代わりにおれが汚す。おれは、お前のように上手く言葉で伝えられない。だが、この剣なら、お前の力になれる。お前が自分で戦う必要がなくなるように、守ることができる。だから……」


 ふわり、と肩から背中を包み込んだリディアの両腕の感触と温もりを、シホはいまでも思い出すことができる。


「守らせてくれ。おれに。お前を。お前たちを」

「……そう言って、またあなたはひとりで行ってしまいましたね」


 追憶の中の彼に、シホは言葉を投げ掛けた。

 あの言葉を残した戦いの後、彼はまたひとり、何処かへと姿を消した。いまはどこにいるのか。ただ、いま、この瞬間も、百魔剣を追いかけているに違いない。それが彼の、呪いのような使命だから。

 ただ、あの言葉を告げられてから、シホは彼のことをずっと近くに感じている。わたしに何かがあれば、どこにいても必ず駆け付けてくれる。彼に何かがあれば、わたしが誰よりも早く駆け付ける。そうだと言い切れる近さに、彼の存在を感じている。


「失礼致します。シホ様」


 執務室の扉が開き、最高司祭付きの従者が数名、姿を表す。シホは窓を背に振り返る。


「お時間にございます。お支度を」

「『鉄の処女アイアンメイデン』の準備は整いましたか?」

「はい。いつでも飛び立てるそうです」


 最後に彼と会った戦場から半年。

 再び、わたしが前線に立つことを、彼は許してくれるだろうか。それとも許さず、代わりを務める為に現れてくれるだろうか。


「では、参りましょう。エオリアが待っています」


 そう言うと、シホは歩み出した。

 新たな戦いへの一歩目を。

 この場にはいない、彼と共に。

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