【プレミアムプラン】クロムマン(支援する)

結騎 了

#365日ショートショート 080

 ヒーロー社会は完全に飽和した。

 多種多彩な能力を持つヒーローが、科学から、文明から、地下から、宇宙から、あらゆる存在として認知されるようになった。迫りくる危機からニューヨークを守ったイエンジャーズは、もはや過去のもの。今や世界人口の一割がヒーローとも言われている。

「皆さん、いつもご支援ありがとう。いただいたハイパーチャットは、スーツの素材向上に充てさせてもらうよ」

 メタリックで硬質なスーツに身を包んだヒーロー、クロムマン。ケイト・ウッドストンは、月額で彼の支援を行っていた。ファンボウル。それは、元はイラスト掲載サイトを運営していた企業が始めたファンコミュニティサービスで、特定ヒーローを月額課金で支援することができる。ケイトが加入しているのは、最もグレードの高いプレミアムプラン。他にも、ファンボウルと提携する動画配信サイトで生放送があれば、必ずハイパーチャットを投げる。これまで注ぎ込んだ金額は計り知れない。

 人々がヒーローを支援する理由。それは、特典にある。「あなただけのヒーローに。あなただけを守ります」。それが、ファンボウルが掲げたコピーであった。支援されたヒーローは、支援者のリストを常に記録し、専用ゴーグルで閲覧できるようにすること。支援者からSOSがあった際は、条件に従って可能な限り対象を守ること。事実上、個人がヒーローを警備に雇えるシステムである。細かな条件付けが長々と続く利用規約をものともせず、支援者は増加傾向にあった。

 クロムマンのプレミアムプランは、月間出動回数が無制限。しかしケイトは、これまで一度も彼を呼んだことはなかった。

「いいの。彼は私の推しヒーローだから。私なんかが彼の活動を邪魔しちゃ悪いわよ。ひっそりと応援したいの。どれだけお金がかかっても構わない。私が好きでやっていることなんだから」

 両親に咎められた際、ケイトはこう答えた。彼女にとって、クロムマンは生きる目的となっていた。その優雅な立ち居振る舞い、親切な言動、たまに見せる冷めた物言い。その全てが、ケイトを魅了していた。

 その日、空が裂けた。突然降ってきたのは、異次元から侵攻を開始したエイリアンだった。四肢の生えた巨大なスライムは、街を飲み込みながら歩き続けた。その混乱の最中、瓦礫に足を取られたケイト。もう、だめ。このままじゃあのスライムに追い付かれちゃう。ごった返す人ごみの中でしゃがみ込み、ケイトはスマホを取り出した。「今日だけ、許して。助けてクロムマン」

 ごぅおおおおおおおん。十数秒の後、ジェット機が通り過ぎるような轟音が響いた。地面を割って着陸したのはクロムマンである。「ああ、クロムマン。なんて早い到着なの」。ケイトが手を伸ばす。しかしクロムマンは、数メートル先に横たわる初老の男性を抱きかかえていた。

「呼んでくれてありがとう。プレミアムプランはもちろん、貴方がハイパーチャットの累計送金額第一位だ。いつも感謝しているよ」

 スライムに取り込まれ、体が溶ける音を聞きながら、ケイトはクロムマンを空に見送った。

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