魔女の話

笛吹ヒサコ

魔女の話

「じゃあ、行ってきますね」


 そう笑って出ていった弟子は、二度と戻ってこなかった。

 あれが、最後の別れになるなんて。


 本当に、嫌になってしまう。

 でも不可能がまだまだあると、二〇〇年ぶりくらいに思い知らされ打ちのめされた。


 永世特級魔女の私にとって、別離なんてものは千年も生きていればありふれた事象にもなる。心が動かされることも、めったにない。めったにないけど、まったくないわけじゃない。

 魔女も、しょせん人間だ。

 心ない人々は、魔女には心がないと言う。とんでもない!


『魔女も普通の人と同じように受け入れられる日が、きっと来るって、アタシ信じてます』


 そんな夢みたいなことを平気で口にして、信じているだけじゃ飽き足らず、実現に向けて行動するなんて、本当に馬鹿な弟子だった。

 馬鹿な弟子だったけど、だから突然の別離は、本当にこたえた。


 だから、しばらく――そう、一〇〇年は独りでひきこもっていようと決意して、外界との関わりを断った……はずだった。


 最強の魔女、永世の魔女とか、無駄に増え続ける異名を持っているけど、完璧で絶対に失敗しないわけではない。

 麓の村だけじゃなく、国中に、この山に入れば恐ろしい呪いがあるとか、魔物が住んでいるとか、噂を広めた上に、幻覚作用つきの三重の結界を張って引きこもっていたというのに。


「なんで、迷いこんでくるのかねぇ」


 ため息もつきたくなる。

 こうも簡単に引きこもりの決意が揺らいでしまうとは。


 庭先でボロ雑巾のような行き倒れなんて、結界の外に放り出せばいい。

 そういえば、あの馬鹿弟子とも、こうして庭先で行き倒れているのを拾ったのが、始まりだった。

 どうせ、ろくなことにならない。

 わかっているのに、放っておけない。


『師匠は、ほんとお人好しですよねぇ』


 馬鹿弟子の笑い声が聞こえてきそうで、本当にムカつくし、なんか悔しい。

 魔女狩りが勢いづいているにもかかわらず、魔女を受け入れてもらおうなんて愚かな夢を抱いていた馬鹿弟子にだけは、言われたくない。結局、魔女狩りで火炙りにされたなんて、本当にどうしようもない馬鹿だ。もしかしたら、今際の際に魔女の私と出会ったことを悔やみ恨んだかもしれない。

 もっと魔女らしくずる賢い生き方を、学ぶべきだった。それができないくらい、純粋なやつだと知っていたら、弟子にしなかったのに。


「今さら、考えてもしかたないんだけどねぇ」


 でも、どんなに突然の別離に打ちのめされても、弟子にしたことを後悔しても、出会ったことは後悔していない。出会ったことをなかったことにしたいと思ったことはないんだよ。


「私も、馬鹿だよねぇ」


 ボロ雑巾をベッドに運びながら、自嘲する。

 魔女でも、一人は寂しい。

 だから、こうして見捨てられず他人を招き入れてしまうんだ。たとえ、相手が不幸になろうとも、悲しい別れが待っているとしても、私に出会ったことを恨んで後悔するとしても。


「私はお人好しなんかじゃない。わがままで寂しがり屋なのさ」

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