開拓村の対鼠用決戦兵器「猫」輸入に向けて ~欠けた開拓地のそこそこ平和な日常~

海原くらら

昼過ぎ、食料庫前にて。

 どうしました、そんな全力で走ってきて。

 はいはい、こんにちは。

 ひとまず落ち着いてください。息を整えて。


 自分に用事ですか?

 見てのとおり自分、兵務中でしてね。

 今日はここで夕方まで立ち番なのです。


 急ぎっぽいのはわかりますが、命令がないとここから動くわけにはいかないんですよ。

 時間になったら夜番と交代するので、その後ではダメですか?

 え。なんですこの紙。


 うわ、正式な命令書じゃないですか。

 サインも本物っぽいですね。盾騎士様の字ですこれ。

 立ち番のほうは、臨時の交代要員が後から来ると。

 わかりました、ちょっとだけ待っててください。同僚にも見せるんで。


 はい、確認しました。交代要員も来たようです。

 これで自分は動けますよ。


 命令書には、あなたから話を聞いて書類を確認しろとありました。

 ひとまず、そこの兵士の詰め所で詳しく聞かせてもらってもいいですか?

 あそこなら飲み水もあります。すこし飲んで落ち着くといいでしょう。


 で、これがその書類ですか。

 あぁ、あなたはこの水を飲んでてください。

 その間、自分は先に書類を見ますよ。


 嘆願書たんがんしょ、ですか。

 いや、うん。それはいいんですが、この内容。

 猫の輸入て。

 

 で、そっちの紙束は賛同者の署名?

 わぁ、ほんとだ。名前がびっしり書いてある。この短期間でこれだけの署名を集めたんですか。

 しかも盾騎士様の名前までありますね。


 えーと。

 ちょっと理解が追いついてないですが。

 この件ってもしかして、二日前に話してた犬猫のやつから始まってます?


 あぁ、やっぱりそうなんですね。

 ともかく、話、聞かせてくれますか?


 畑や倉庫を荒らすネズミ退治に、人や罠だけじゃ追い付かないと。

 でもこの村には猫がいない。

 だから別のところから猫を連れてくる必要があると。


 まぁ作られたばかりの開拓村ですからね。

 いる動物と言ったら騎士団の馬ぐらいですか。

 あぁ、獣騎士様の使い魔や竜騎士様の竜は別として。


 村の外は魔獣ばっかりで、普通の野良のら猫は見たことないですねー。

 猫を連れてくるなら、開拓本部から護衛付きの荷馬車に載せてくるしかない、と。


 そういえば確か、次の大規模な開拓民受け入れの時に動物も一緒に来ると聞いてます。

 ヒツジとかヤギ、ニワトリと、あとなんだったっけな。

 猫も来るのかどうかまでは覚えてませんね。


 あら、猫はいないで確定?

 盾騎士様に確認済みと。

 犬はいるのにって、しょうがないでしょう。ヒツジが来るなら牧羊犬も必要でしょうし。


 しかし、猫の輸入て。表現これでいいのかなぁ。

 対ネズミ用兵器としてなら間違ってない?

 それだと補給物資の兵器一覧に「槍十本、剣十本、猫十匹」とか書かれますよ。

 正式にこの書類が通ったとして、受け取る開拓本部の人が混乱しませんかねそれ。


 まぁいいや。

 しかしこれ、書類としてはもう完成してると思うんですけど。盾騎士様の署名まであるんですし。

 あとは騎士様たちがこれをもとに会議して、可決されればそれで解決では?


 え? 足りない?

 もっと正騎士の署名が欲しい?

 正騎士の過半数、五人分あれば確実だから、事前に署名をもらってこいと。


 それを自分にやれって?

 盾騎士様が言ってたんですか。

 マジかー。雑談から仕事が増えちゃったよ。


 え。さらに別にやることがある?

 騎士団が持ってる書類や本を調べる?

 そういうのって閲覧許可がないと、あぁもう許可が出てるんですかそうですか。


 しかしそれで何をするんです?

 猫のいる村といない村で、ネズミの被害がどれくらい変わるかを調べて。

 え、資料までわざわざ作るんですか!?


 猫の手を借りた結果、農作物の最終的な量や保存期間が良くなると証明できれば、説得力が増すと。

 ちょっとガチすぎやしませんかね。

 あ、そっちはやってくれるんですか。むしろ資料を作れるんですか猫のためなら。すごいな。


 しかし、そこまで猫が……。

 あぁ、欲しいんですね。もう言わなくていいです。目を見ればわかりますよ。

 別に反対するつもりもないですしね。やりますよ署名集め。


 しかし仕事が増えてきたなぁ。

 いつもの兵務に、開拓民受け入れ準備に、収穫祭の準備で、さらにこれかぁ。


 え?

 剣騎士様の故郷で、今の状況にぴったりのことわざがあるんですか。

 猫の手も借りたい?


 へー。

 整理すると?

 ネズミ捕りという手段のため、猫の手を借りたいんですよね?

 そのために必要な作業のせいで、猫の手を借りたいほど忙しくなったと。


 ははは。

 はははは。


 なんかいろいろとおかしくないですかねぇ!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

開拓村の対鼠用決戦兵器「猫」輸入に向けて ~欠けた開拓地のそこそこ平和な日常~ 海原くらら @unabara2020

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ