別れが嫌いな地球人女と正体を現して永遠の別れを告げる宇宙人女、あと出会い

小早敷 彰良

別れが嫌いな地球人女と正体を現して永遠の別れを告げる宇宙人女、あと出会い

 別れが嫌いだ。ありとあらゆるお別れが嫌いだ。

 自分でも、自分でなくとも、現実でも創作物でも、別離すべてが嫌いだ。

 だって別れたら、楽しかったものすべてが過去になる。過去というのは、戻れない。戻れない、取りに行けない場所に、楽しいものを置いておきたいとは誰も思わない。

「じゃあ、私、宇宙に帰るから。これで、永遠にお別れだよ」

「なんて?」

 卒業式の帰り道だった。私は、親友の言葉に耳を疑った。

 彼女も私も、きれいな袴を着て、桜の舞い散る道に二人きりで向かい合っていた。

 これからクラスでのお別れ会がある。そこで私は、全員分の連絡先を確認して、いつでも連絡をとれるようにするつもりだった。

 いつでも連絡が取れる仲なら、別れではない。例え、どれだけ些細な仲でも、私は別れないつもりだった。

 それなのに、一番別れたくない親友の彼女が、別れを口にした。

 私はめまいがして、よろめいた。

「だ、だって、一緒の大学に合格したじゃん。一緒に通おうって言ったじゃん」

「あれ、全部嘘。入学金払ってない。今日三月九日に、宇宙に帰るから」

 そう言った彼女の顔が、ぱきりと裂けた。

「これが私の本性」

 裂け目から覗くのは、橙色の光だった。ぴかぴかと乱反射する輝きは、彼女の人懐っこい右半分の顔と似合っていなかった。

「これでも親友でいられる? いられないでしょ」

「そんなことない!」

 私は本心から否定した。だって、別れを経験するくらいなら、親友が宇宙人だって問題はない。

「私、花が宇宙人でも、どうでもいい!」

「花さんって宇宙人だったのですか!?」

 親友の手を取る私の言葉に、男の大声が被さった。

 舌打ちが漏れる。親友の花の、裂け目がないほうの目が丸くなった。

「いつから、俺たちを騙していたんだ」

 信じられないという顔で割り込んだのは、同級生の男だった。名前は確か坂田だ。

「いつから。うん、入学の時から。私はずっと宇宙人。三年間の任期で地球を調べに来ただけ」

「じゃあ、こうして別れるのはずっと決まっていたのか」

「そういうこと」

 なんだそれ、なんだそれ。私は、はくと息を吸った。

「じゃあまた、会えるよね?」

「え、だめだよ。宇宙人だし」

「連絡、連絡は」

「だめ。保護条例違反になるし」

 ふわりと花の両足が浮いた。空を見上げれば、一面の黒が覆っていた。夜空のようなそこから、一筋の光がスポットライトのように射している。

 私は慌てて、彼女の細い腰に縋り付いた。

「袴、レンタルじゃないの? 返さなきゃ!」

「買い取り品だから大丈夫。卒業文集と一緒に、博物館に飾る」

「クラス会は!」

「時間だから。ごめんね」

「あの!」

 坂田が腰に縋りもせず、必死な目で花を見る。

「花。俺、お前のことが好きなんだ。気持ちだけでも聞いてくれ」

「坂田、それ、今言わなきゃだめ!?」

「今言わなきゃ、一生言えないだろ」

「別れ前提じゃん! さいて―!」

 もう、塀の高さまで浮き上がっていた。腕の力だけで縋り付いている私とは違い、花は涼しい顔をしている。

「兎山ちゃん、そろそろ離して」

「やだ。お別れしたくない!」

 いやいやと首を振る私を、花は優しくなでる。

 なでられたところから痺れていき、腕に力が入らなくなる。

「お別れしない生命体なんていないのよ。四十光年先から来た宇宙人だって知っているわ」

 口が痺れて声が出ない。その様子を、花はふっと笑った。

「さようなら、私の親友。もしあなたが会いに来れるのなら、また会いましょう」

 私は落下し、坂田の腕の中に納まった。

 親友の花が、袖をはためかせる様子は美しく、月に帰るかぐや姫のようだった。

 坂田が涙を流して、見送ろうと言った。

「あいつ、普段からちょっと変なこともあった。宇宙人だったからだ。俺たちは別れる運命だったんだよ」

 ふわりふわりと豆粒のようになった彼女は、やがて見えなくなった。

 瞬きをすれば、何事もなかったような青空がそこにはあった。別れの後の静かさもあった。

「う、うええ」

 もう、止められなかった。

「ひっく、うええええん」

 両親が別れたときのような、祖父母が相次いでいなくなったときのような、そんな静けさを実感してしまうと、もうだめだった。

 私は、恥も外聞もなく、泣き始めようとした。

「もし、そこの若い男女」

 足の下でする声も、無視するつもりだった。

「さっきの宇宙人にもう一度、会いたくないか」

 そんな言葉が聞こえなければ、私は泣きながらクラス会に向かうつもりだった。

「なんだお前!?」

 坂田の驚愕する声が聞こえる。私は見下ろして、絶句した。

「宇宙人がいるんだから、地底人くらいいるだろう」

 足元の止まれの止の字のあたりから、アスファルトを裂いて、彼は姿を現した。モグラのような顔に体毛で、人と同じくらい大きい。

 親友だった宇宙人よりもよっぽど、出会いたくない姿をしていた。

「そんなことを思っていいのか?」

 思考が読めるらしい彼はそう言いながらも、花と同じように人間に擬態した。

 同い年くらいの青年になった彼は、こう言った。

「地底人は宇宙人と交信する手段を持っている。お前たちが僕たちに協力するなら、使わせてやってもいい」

「断ったら?」

「消える。夢だとでも思って忘れてくれ」

 親友との連絡手段ができれば、別れもなかったことに出来そうだった。

 しかも、それだけではない。この地底人と名乗る男と出会ってしまったのに、断ったら別れなければいけないらしい。

 それは、私にとって、選択の余地のない言葉だった。

「ついていけない話だ。俺は関わりたくない」

 坂田が言う。

「どうする気?」

「黙っておいてはやるさ。けど、お前とはここでお別れだ」

「なら、だめ」

 私は別れが嫌いだ。出会ってしまったなら、別れたくない。だから、坂田も逃がしてやらない。

 坂田を説得しようと、私は彼の前に進み寄った。

「地底人だって、別れを受け入れるぜ」

 心を読んだ地底人が囁きかけるのを、私は無視した。

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