デスティニースート

無頼 チャイ

カードの意味

「君、ちょっとこちらに来なさい」


 賑わう大通りの雑音の中、凛としたその声だけが矢のように真っ直ぐ聞こえてきた。

 声のした方を見ると、大通りの賑わいに反して薄暗い路地裏があり、しんみりした雰囲気を漂わせていた。

「さあ、こちらに」と招く声。ニールはやや警戒気味に蒼い瞳を強張らせながら進んだ。

 空きビンに紙くずが散らばった道を進むと、目の前に顔を薄い布で隠した女がいた。


「……あなたは?」


「君の未来を知る者だよ」


「未来を?」


「さあそこに座って、君の未来について語ろう」


 女が奥に進むと、四脚のテーブルと二席の椅子が用意されていた。

 占い師だろうか。言動や雰囲気からそう考えるようにした。


「君の未来だが――」


「その前に、探してる女の子がどこにいるか占ってもらえませんか?」


「それはもうじき分かる。それよりも、ほら」


 テーブルにカードの束が置かれる。女はそれを見せ終えると束を持ち右から左へと滑らせた。カードが一枚ずつ一定の間隔を空けて重なるようにして広がる。


「占い師さんですよね? これはトランプカード……」


「トランプカードでも占いは出来るよ。さて、君はこれらについて知ってるか?」


 女がカードを全て起こすと、そこから4枚を引き抜いて並べた。


「スペード、クラブ、ハート、ダイヤ」


「絵柄ってだけしか分かりません」


 トランプのカードが54枚あることぐらいしか知らない。女が望んだ答えが何なのか分からずふと目線を送るが、ベールの下の表情は分からない。

 ニールが申し訳無さそうに肩を狭めるが、女はニールを無視してカードを指差す。


「スペードは剣。クラブは繁栄。ハートは愛。ダイヤは富を象徴する」


 言い終えると、女はカードを再び束にしてシャッフルしだした。占いというよりは、詐欺師にこれから唆されるような場面。無視して探してる人を見つけに行ったほうが遥かに良いはずなのに、どうしてか女の一挙一動を見逃したくない気分だった。

 見なくちゃいけない。そう思わせる不思議な雰囲気を纏っていた。


「さあ、カードを4枚引いてくれ」


 いつの間にか、テーブルにはさっきと同じように裏面のカードが一定の間隔を空け広がっていた。

 慌てて4枚のカードを手元に引っ張ると、残りのカードを女が回収し束にして手元に置いた。

 「では見ていこう」そう言うと、4枚のカードを並べ、ニールから見て左のカードをめくった。


「ダイヤの2。希望。君はここに来る前にある事柄……いや、世界の希望として国王に呼ばれたんじゃないか」


「答えられません」


 ニールはそれ以上発せず、女もそれを分かってか次のカードをめくった。


「クラブのジャック。大切な友人。君は途中大切な友人と知り合った。君の探し人はその人だね」


「確かに、ここに来る前に知り合いました」


 ニールは喜びと不安を混ぜたような表情を浮かべて俯いた。その表情から友人との仲の良さが覗える。

 女は次のカードをめくった。


「スペードの8。自己犠牲。君は……そう、戦った。戦って戦って戦い続ける」


「そう、なるでしょうね」


 蒼い瞳が僅かに憂う。まるでこの先の出来事が分かっているような、悲痛な表情。

 女は次のカードをめくった。


「スペードの9。最悪の……じょう、きょう」


「占い師さん?」


 女はカードをめくったまま静止している。ニールは心配して「あの……」と声を掛けようとしたが、ふと、カードをめくる指が震えていることに気付いて止めた。

 占い師の言うことはここまで全て当たっている。ある日、村に国の使いと名乗る男が現れ、村の人達に石を持たせ周った。その石を掴んだとき光りだした。国の使いを名乗る男はそれを見ると、すぐに国へ一緒に来るよう言ったんだ。

 馬車に乗って旅する中、道端で倒れてる女の子を見つけた。馬車から飛び出し手当てすると、女の子はすぐに元気になった。でも、帰る場所が無いって泣き出して、困った末に一緒に来るか提案したら行くと言って馬車に乗った。

 そう、希望も大切な友人も心当たりがある。これからの出来事であろう自己犠牲も、何となく察しがついている。

 だから、最悪の状況も、きっと――。


「占い師さん。占ってくれてありがとうございます。では僕はこれで――」


「待って!」


 席を立ち大通りに向かおうとすると、悲痛な叫びが後ろからして振り向いた。華奢な白い腕を伸ばした占い師が見える。


「君は、これから先の運命を受け入れるのか」


「それが世界のためなら、受け入れます」


「友人を置き去りにしてもか!」


 友人。その言葉が心に響く。ずっと友達だと約束したばかりの、小さな友人が脳裏を過る。


「あなたは本当に不思議ですね。初めて会ったばかりなのに、こんなにも心に響く。でもですね、占い師さん――」


 ニイっと笑った。


「僕が受け入れるのは幸せな運命だけです! もし残酷な運命が待ってるなら、僕が覆してみせます!」


「占いありがとうございました」そう残してニールか大通りに向かって消えた。占い師はその背中を見届けると、深くため息を吐いて山札の一番上をめくった。


「ハートのエース。限りない愛。こうして出会ったのにまた別れるのか。いや、今頃露天に夢中な私を見つけて叱ってる頃だから、出会ってるって言うべきなのかな」


 女がベールをめくると、絹糸のような美しい銀髪と薔薇の赤を連想させる赤い瞳が現れる。女はカードを大切そうに胸に寄せ、ギュッと握った。


「せめて、このカードを見て察してくれよ。私はいつだって君を助けたいんだ。これから触れ続けるこのカードの意味を、考えてくれ。さようなら、ニール……」


 大通りから漏れる光りを愛おしそうに見つめて、はにかむように微笑んだ。

 その後、テーブルも椅子も、女も風のように消えた。

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