恋に落ちた剣士/Smitten Swordmaster

あじその

恋に落ちた剣士/Smitten Swordmaster

 夏の日の午後、私は、憧れのセンパイを殺した女の子と友達になった。


 ——

 

 それなりに楽しい日々。勉強とかは苦手やけど、欠点とって補習とかはなかったし、なにより私には楽しい楽しい陸上部があった。いっちょうまえに憧れのセンパイなんかもいて、俗に言う『アオハル』の真っ只中にいる気がした。


 そんなある日、センパイは部活に顔を出さなくなった。なんでやろね。

 気になって、彼に、それとなく訳を聞いてみたんやけど、適当にはぐらかされた。


 というわけで、私は放課後、センパイをストーキングすることにした!

 もっとこうデリカシー的なやつとかはないんかって感じやけど、私は、好奇心と〝センパイがシンパイ〟なかわいい後輩、みたいな自己陶酔の後ろ盾にプロテクションされてたんやと思う。


 生まれて初めて部活をサボった。妙な背徳感と、開放感みたいなものがあり、ごっつええ気持ちになった! 蝉時雨がうるさくて、クソ暑い日だった。こんな日に部活なんかいったら死んでしまうし、まあええやろ。


 チャリのセンパイを、後ろから追いかける、これまたチャリの私。

 欲を言えば、二人仲良く、サイクリングにでも出かけたい。

 陸上大会で入賞したとき、オカンに拝み倒して買ってもらったAirPodsから、チャットモンチーの『風吹けば恋』なんて流れてきたせいで、私は少し、ロマンチックを夢見る乙女になった。少し照れて、短い爪で頬を掻いた。誰も見ていないのに。


 散髪したばかりのミニボブが風に吹かれて、少し寒かった。小さい頃、オトンが、車でよく聴いていたボブ・ディランの「風に吹かれて」って曲のことを思い出して、オヤジギャグ作りマシーンみたいな自分の脳が、少し、嫌んなった。

 中学まで伸ばしていた髪は、部活の邪魔になるから切ってしまった。昔は、少女漫画のヒロインなんかに憧れてロングヘアにしていたんやけど。後悔がないかと言われたら、嘘になるんやけど……まあでも、今の私もかわいい。


 駅前にある、二時間無料の駐輪場で、チャリを停めるセンパイに続いて、私も、そうした。センパイがトコトコと歩いていく。私もそうする。

 彼が、目的地に到着したようだ。ドアを開けて入ってったお店は……カードショップ? だった。


「あの、邪魔なんですけど……」

 店の前に立ち尽くす私の背後から、不機嫌そうな女の子の声がした。

「あ、スミマセン!」

 場所を譲った私の視界に、黒髪ツインテ少女の姿が飛び込んだ!


 白い十字架がプリントされた細身の黒ワンピに、黒ニーソ、黒ブーツをあわせた格好をしている。黒への信心が高い! ガリガリで、脚なんか折れるほどに細かった。俗に言う『バンギャ』みたいだなと思った。これは偏見だけど、新宿でホストと腕組んで歩いてそうな……でも、なんというか……素直にかわいい。

 彼女みたいな女の子に憧れる気持ちが誘発したけど、それは、リュックの中にある芋臭い体操服が、もみ消した。


 私は、最寄りの公衆トイレでかんたんな変装をした。あらかじめ用意していた、茶色いキャスケットと、薄手のパーカーで制服を隠すくらいの。

 ……カードショップってどんな格好で行けば怪しくないんかな……? もっとシルバーとか巻いたほうがいい……?


 ——


「おお! アリス氏のマジック・コンボ! すばらしい!」

 奥の対戦スペースから聞こえたのは……

 センパイが変な喋り方で『姫』を称える声だった……そんなことある?


 四人組でテーブルを囲む集団。その中の一人がセンパイで……もう一人がアリスと呼ばれた、さっきのツインテ美少女で……残りの二人が知らんおじさんで……


 ……センパイは、多分、俗に言う『オタサーの姫のナイト君』てやつだったのだ。

 私は無遠慮に彼のプライベートを探ってしまったことが恥ずかしくなり、この事実は胸の中に秘匿しておこうと思った。


 まぁ、でも、せっかくやし、カードのショーケースでも見ていこうかな……お、この『竜英傑(ドラゴジーニアス)、ニヴ=ミゼット』ってドラゴンええな……

 なんていうか、自分でジーニアスって言っちゃうところとかがイケてる……百円だし一枚買って帰ろうかな……


 よし——


「すみませーん」

 他のお客さんに習って、店員さんを呼んだ。なんかちょっとドキドキした。

「あ、すみません。この赤いドラゴンのカードを一枚ください。え、状態確認? あ、大丈夫です! イケてると思います!」

 緊張してよくわからない受け答えをしてしまった。

 

 ——


「あ、これ、よかったらどうぞ!」

 私が初心者なのを見破ったのか、レジを打ってくれた女性の店員さんが『ウェルカムデッキ 』というモノをくれた。カードゲームに興味がある人へ無料配布しているらしい。


「ありがとうございます!」

 ……なんか、髪の毛が燃えていて、目が光っているお姉ちゃん? が描かれたデッキをもらった。これが、硬派なイラストってやつなのか……?


「このあと、時間あります?」

 店員さんが訪ねて来たので「少しだけなら~」と返事をする、

 すると——


「アリスちゃーん! 新人さんが来てるんだけど、ティーチングしてもらえる?」

 ……なんと! さきほどの真っ黒な美少女が召喚された。えらいこっちゃ……私は、センパイに見つからないように、少しうつむいて目をそらした。


「いいですよ~」

 アリスと呼ばれた美少女は愛想の良い返事をし、トコトコと駆け寄ってきた。

 

 こうして、私は魔法使いになった。


 ——

 

「そうそう! クリーチャーを出して、相手の顔面をどつくんですよ! あなたは衝動を駆る赤の魔法使いです! 遠慮せず、思うままに、私を倒しにきてください! アリスは黒のネクロマンサーで……ワルです! 村人などがアリスに迷惑していると思われます。ところかまわずゾンビなどを召喚し、腐った臭いを撒き散らすので……」


 ——


「『シヴ山のドラゴン』で攻撃したいです」

 ど、ドキドキしてきた。


「『シヴ山のドラゴン』! ……悔いはない。我の負けだ!」

 黒の呪術師になりきったアリスちゃんが、死んだフリをして、ゲームが終わった。


 センパイがこの、マジック・ザ・ギャザリングというカードゲームや、アリスちゃんに夢中になったわけが少しわかった気がした。


「対戦、ありがとうございました」


 ——


「アリスちゃん。もしよかったら、私と友だちになってくれませんか?」

 店の前にある自販機で、ささやかなお礼にと、彼女の分のサイダーも買いながら話しかける。


「え? 嫌ですけど?」

 え。


「いや、だって、お店に女の子が増えたらアリスがチヤホヤされなくなるかもしれないじゃないですか! そんなの、耐えられない。あとアリスはサイダーじゃなくてココアが好きです」


「……? じゃあなんで私の相手を……?」


「それはアリスが、マジック・ザ・ギャザリングを愛しているからです! ……でも、それとこれとは話が別なんですよ。私はこの、底の抜けたガラス瓶みたいな承認欲求を満たす必要があるので……あなたは、他の店などで、どうぞ楽しくやってもらえたらと……」

 蝉の声にかき消されそうな、切実な声色だった。



 ——



 時は流れて——


 どういう訳か、私は今、アリスちゃんを自転車に乗せて、何かから逃げている。どうして……? 考える前に、ガッ!!! とペダルを踏み込んで前進する。


 ——


 どうやって特定したのだろうか、私のSNSのアカウントに、彼女からのダイレクトメッセージが届いた。クソ暑い部活帰りの、夏の日の午後のことだ。


「どうしよう、人を殺しちゃった」

 と一言。


 私は、彼女の場所だけを聞き、衝動のままチャリを走らせた。

 それから、カードショップの路地裏で泣いていた彼女を見つけて、チャリの後ろに乗せ、どこかに逃げようと、ペダルをガッと踏み込んだ。……彼女が履いていた黒いプリーツスカートは短すぎるから、私のイモくさいジャージを履かせて。


「逃げよう」

 赤の魔法使いは難しいことを考えない。やりたいようにやるんだ。


 ——


「……なんで私を連れてきたんですか? あなたに酷いことを言ったし、大好きなセンパイを殺しちゃったのに……」

 風にかき消されそうな、か細い声だ。本当に人なんか後ろに乗っているんだろうかってくらい軽い。背中越しにやんわりと伝わる体温だけが、彼女が霊でないことを教えてくれた。



 慌てふためいて、しどろもどろになっている彼女の話を、私のアホな頭で要約すると……



 あのカードショップにて、彼女はセンパイに、急に身体を触られて、びっくりして突き飛ばしてしまったそうだ。机の角で頭を打ったセンパイは起き上がって来ず……気が動転した彼女は店から逃げ出して、私に連絡をよこした……ということらしい。


「おーい! 待ってって!」

 後ろから、男性が呼びかけてくる声が聞こえる。「きっと私を捕まえに来たんだ」と震えているアリスを勇気づけるように、私は陸上部で鍛えた健脚でママチャリを走らせた。


 ……さっきの声、どっかで聞いたことあるような気がする。

 でも後ろを確認する余裕なんてなかった。私達はまだ若くて、止まると死ぬと思ったから。



 脚が痛い、頭も痛い、逃げてもしゃあなくない? いや、でも、アリスは震えていて……とにかく、人がいない場所へと! がむしゃらに——



 ——気がついたとき私達は……誰もいない寂れた海辺にいた。


 疲れ果てた私達は、自販機で買ったエナジードリンクを片手に、砂浜に座って一息ついた。


 ……日も暮れてきて、寒い。

 疲れ切った私は、風邪薬で悪酔いしたような酩酊感の中、アリスの消え入りそうな声を聞いていた。


「……ごめんなさい。エナドリに睡眠薬を盛りました」


「……私も死のうと思います。今度生まれてきたら、友達に……いや、あなたの名前も知らないのに、図々しいね」


 ひとり言のようなつぶやきと、水面に向かって、歩みをすすめる彼女の姿を最後に、私の意識は途絶え——



 ——

 ————



「おーい!!! 待ってくれ!」

 やかましい男の声で、意識が覚醒した。


「わ、私はネクロマンサーにでもなったのでしょうか……」

 モヤが晴れつつある視界の先にいたアリスが、まるでゾンビでも見たかのような表情で、私の後方を見ていた。


 ——振り返るとそこには……

 汗だくのセンパイの姿があった。



「……というわけです。ビックリさせてゴメンな」

 つまりセンパイは、アリスの肩についていた蜘蛛を追い払おうとして、びっくりした彼女に突き飛ばされたらしい。机の角に頭をぶつけそうになるも、持ち前の運動センスでうまくかわしたそうだ。センパイはどこか自慢げで、少しイラッとした。

 いや、本当に生きててよかったんだけどさあ……


「じゃあなんで、起き上がってこなかったんですか……?」

 アリスは当然の疑問を返した。


 ……しばらく沈黙の沈黙の後、センパイが口を開いた。


「なんかねえ。俺、何してんやろうなって、急に我に返って、しばらく死んだフリでもしてたかったんやと思う。中途半端なんよ俺。部活にも、遊びにも、何にも本気になれなくて、どこか冷めた感じがして……」


 私の中で憧れのセンパイが死んでいくのを感じた。


 彼は完璧超人なんかじゃなくて……歳相応に悩める、ただの少年だった。

 死にきれなくて、先っちょだけ海につかったアリスや、自分に酔うだけで何も出来ない私も同じだ。何してるんだろうな私達。


「でも、俺さ、死物狂いで逃げていくお前らを追いかけて走った時、なんか、すげー生きてるって感じがしたんだよな」

 

「大会の結果だとか……プライドとか……そういうのも大事やと思うけど……ただ、走るってだけで、楽しかったんよ。それを思い出せた。だから俺……もう一度、本気で走ってみようと思う」


 ただの少年は、何か、覚悟を決めたようだった。



 ——



 私の自転車は、彼が、学校まで乗って帰ってくれた。

 私達は、割り勘してタクシーを呼ぶことにした。小遣いが少ないので……あと十五分ほどで迎えに来てくれるそうだ。



 私は凍える手で、自販機のボタンを押して、彼女にホットココアを手渡しながら——

 

「アリスちゃん。もしよかったら、私と友だちになってくれませんか?」

 と言った。


 

「……よろこんで」

 困ったように笑った彼女はやっぱりかわいかった。


 ザァザァうるさい波の音は、まるで、恋に落ちた私のことを笑っているみたいだった。



 了

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