さようならが怖くなった人の話

椎楽晶

『さようなら』が怖くなった人の話

幼い頃に事故で両親が亡くなった。

引き取ってくれた祖父母も、病気や老いで亡くなった。


仲良かった友達のいる学校を転校し、もう会えない。

転校した先の子も、進学で会えなくなった子がいた。


親切にしてくれた先生が転勤していった。

優しかった校長先生が退職した。


あんなに好きだったのに、別れた子がいた。

バイト先でよくしてくれた人が辞めていった。


出会った経緯も、仲良くなれたきっかけも

別れた理由も、会えない事情も様々だけど


『会えない』ことが悲しくて苦しい。


心を許した人、預けた人、寄せた人。

親しくなった人と別れるのが悲しくて苦しい。


そんな苦しい思いを、いつかするんだと思ったら

新しい人に出会うのも怖くなって…。


誰とも会わなくて済むように、1人でも生きていけるように

ひたすら仕事をした。ひたすら研究をした。


そうして出来上がったのが、万能人形家政アンドロイド!!

たった1人の、さようなら恐怖症の男が作り上げた叡智の結晶。


これは、そんな男とアンドロイドたちのお話。




クロを作ったきっかけは、誰にも会いたくないと言うワガママから始まった。


買い物は通販。配達は置き配。連絡は電子文。支払いは引き落とし。

これだけで大分、人と関わる機会が減らせたけれど

それでも時々、どうしても接触しなくちゃいけない時はあった。


例えば、近所の人との挨拶。

それが嫌で山奥に土地と家を買った。今は亡き、両親と祖父母の遺産だ。


例えば、医者にかかる時。

否が応でも自分で症状を説明しなきゃいけない。

もしも顔馴染みになってしまって、お久しぶりですなんて言われたら発狂しかねない。

だから、そんな必要がないように、病気も怪我もしないように気をつけた。

それでも素人にできる限界があったから、

なら、専門知識の塊でバッチリ働けるロボットを作ろう!と思った。


最初にできたのは無骨でアームも配線もほぼ剥き出しなロボット。

意思疎通のために滑らかに発言できるように、音声合成はかなり気合を入れたら…普通に気持ち悪がられた。僕も、なんだが気持ち悪かった。


センサーとアームが1本出てるだけの無骨な見た目から

やたら流暢で男前な…ハリウッドスターみたいな声で喋られたら、気持ち悪い。


外見への試行錯誤は結構、難航した。

生身の『人間』が僕しかいない状況で、自分ににた姿で作る趣味はなかったから

映像や本の中の『人間』をモデルに外骨格を作り人工皮膚で覆っていく。

格好よくもブサイクでもない、可もなく不可もない見た目を目指したのだけど…ちょっと格好良いよりになっている気がする…凡人顔の僻みかな?


そうして初めて作ったアンドロイド『クロ』

黒髪で作ったから『クロ』

男でも女でもなく、大人でも子供でもない『クロ』


女性に身の回りの世話をしてもらうのは緊張するし

同性にかしずかれるのもちょっと違う気がする。

大人の威圧感は嫌だし、子供のサイズじゃ出来ることが限られる。


作り手のワガママの集合体で出来上がった『クロ』は

医療と食事の専門知識を詰めるだけ詰め、小まめにアップロードすることで

常に新しい知識を持って僕の生活を支えてくれるようにインプットした。


これで快適に生活できるし、食事や生活習慣を整えてもらって医者にかかる必要のない健康な体でいられるはずだ。


こうして、僕はさまざまなアンドロイドを作り上げた。


買った土地を活用して、農業や酪農をして通販の頻度を下げるために

農作業用と畑作用のアンドロイドも作った。

耐水や耐衝撃だけじゃなく、汚染にも強くなきゃいけないからかなり苦労したけれど、その甲斐あって今日も新鮮なミルクを朝から飲めるし、瑞々しいサラダのある朝食が食べられる。


数々のアンドロイドを作り立つさいの技術は、その都度、特許申請。

その際の手続きなんかの窓口も当然、アンドロイド。

法律や各種公的手続きの情報をインプットしたインテリ系アンドロイドだ。

お金の管理もしていて、コイツが我が家の財務省だ。



そうして、数々のアンドロイドを作り出した彼は

何か欲しい役目ができるたびに、新しく作り出したり

情報をインプットしたり、応用させたりして快適な生活を実現した。


少なくとも、アンドロイドたちは創造主である彼に『さようなら』とは言わなかったので、彼は恐怖を感じることもなく快適に生活し…


そして、今際の際。


彼は、あれだけ怖かった『さようなら』を言わなければいけない瞬間になった。

10年、20年、30年…何十年も避けてきた『さようなら』を、言わなければいけなくて怖い…怖い…だから、彼はこう言った。


『おやすみ』


と、作り出した数々のアンドロイドに向けて呟いて眠りについた。




生命維持装置からする電子音が、彼らの生みの親が息たえたと告げてくる。


体が不自由になり、ほとんど寝たきりになり、いつも夢見たように過ごすようになった生みの親に隠れて


とても賢く、万能の化身として生み出された彼らは協力し合い

一つの技術を確立していた。


人のように動き、喋り、思考する完璧なアンドロイドが作り出した

彼らにとっての新しい『生みの親』


『クロ』が作り出されてからずっとみてきた彼の姿。

他のアンドロイドが生み出されてからも、ずっとみてきた姿。


それら全ての記録を組み合わせた彼の人格を入れた記憶チップ。


新しく作られた『生みの親』のクローンの脳にチップを入れて

先ほど、オリジナルが息を引き取ったベッドに横たえる。


目覚めた新しい『生みの親』はゆっくりと目を覚まし『初めましてこんにちわ』の代わりに、


「おはよう」


と言って、彼が目覚めた時と同じ行動をし始める。

彼のやり残した研究の続きをして開発をして生活をする。


アンドロイドたちは、そんな彼の世話をしながら

体のパーツを新しく交換してもらいながら、『生みの親』の行動データを更新し続ける。


こうして、彼?とアンドロイドは

『初めまして』と『さようなら』の代わりに『おはよう』と『おやすみ』を繰り返す。


何があっても。誰が来ても。

何もなくても。誰も来なくなっても。




私の住む街には、一つ言い伝えがある。

怖い話として語られる時もあれば、泣ける切ない話として語られることもある

とってもとっても、不思議なお話。


街から見える山の向こう。

鬱蒼うっそうと茂る木々に隠れるように、大きなお屋敷が建っている。

そこには1人の博士とたくさんのアンドロイドが住んでいて、博士が日夜さまざまな研究をしている…らしい。

博士の研究は世界の役にも立ったけれど、戦争の引き金にもなった。

それでも博士は研究を続け、やがて年老いて眠りについても

『新しい博士』がアンドロイドによって起こされ研究が続けられる。


そんな、嘘か本当か…怖いのか切ないのかよく分からない

博士とアンドロイドの、出会いと別れが永遠と続く不思議なお話。

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さようならが怖くなった人の話 椎楽晶 @aki-shi-ra

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