何度だって出会いたい

常盤木雀

出会いと別れと本当の別れ


 彼との出会いは、一年くらい前。うっかり迷い込んだ場所で敵に囲まれているところを助けてもらった。――オンラインゲーム内の話だ。


 当時の私より推奨レベルが十くらい上のフィールドで、死にはしないけれど敵を倒すことは全くできない状態だった。逃げたくても囲まれて逃げられない。ゆっくりと死ぬのを待っていたところを助けてくれたのが彼だった。

『大丈夫? 倒して良い?』

 その時は、どうしてそんなことを聞かれたのかも分からなかった。

『たすけてください』

 そう返すと、一瞬で敵を倒してくれた。そして安全なところに戻れるまで、護衛してくれたのだった。


 彼は、私が初心者だと分かると、いろいろなことを教えてくれた。初期装備のままではいけないことや、街で売っている武器よりも敵が落とす武器の方が強いこと、ギルドに入ると恩恵があること、変な人もいるから気を付けた方が良いことなど、ゲームの基本はほとんど彼から学んだ。

 その後も街で見かける度に挨拶をしていたら、フレンド登録をしてくれた。嬉しかった。何だか強そうな知らない人ばかりの中で、彼だけが知っている人だった。

『こんにちは。初心者さんかな? 良かったらギルドに入りませんか?』

というチャットが知らない人から届くことはあったが、怖かったのでお断りした。

 私がいつまでもギルドに入らないからか、彼がギルドに誘ってくれたときは、

『入りたい!』

と即答した。実質彼ひとりのギルドだと聞いて、もっと嬉しくなった。彼とずっと一緒にいられるのだ。

 ギルドは、彼と彼の『友人』が二人で作ったらしい。今のところ、その人がオンライン状態になっているところは一度も見ていない。つまり、私と彼のふたりだけのギルドだ。


 彼は強くて優しい。

 私とはレベルが離れている時も、私を手伝ってくれる。ボスを倒せば、頑張ったねと褒めてくれる。景色の良い場所で、おしゃべりもたくさんする。

 しかし、何故なのか、彼は私のレベルが上がると、冷たくなってしまうのだ。高難易度のダンジョン攻略やボス戦に行くことが多くなり、のんびりおしゃべりをしたり、遊んだりすることが減ってしまう。

 最初は、思い詰めて、ゲームをやめようと思った。それを告げた時も彼は

『そうか』

と冷たくて、泣きたくなった。泣きながら、自分のプレイデータを削除した。

 けれども、私は耐えられなかった。彼が気になって、数日後、新規データでゲームを始めてしまった。街で彼の姿を見かけた時は、思わず話しかけそうになった。

 再び彼が話しかけてくれたのは、私がぼったくりサブクエストのNPCのそばに立っていた時だった。装備の強化に使うレアアイテムを納品する、初心者が真面目に取り組み後悔することになるサブクエストだ。私はただ空しさを覚えながら立っていただけだったが、初心者が引っかかっていると思われたようだ。

『初心者さんですか? そのクエストは後回しにした方が良いですよ』

 そこからは前と同じ。少しずつ仲良くなって、ギルドに入れてもらう。幸せな時間を過ごして、徐々に彼は冷たくなる。私はゲームをやめる。


 冷たくなるなら、また最初からやり直せばいい。

 私は出会いと別れを何度も繰り返している。彼も分かっているのだろうか。次第に私に声を掛けてくれるタイミングが早くなり、スムーズにギルドに誘ってくれるようになった。きっと私がいない数日の間に、私がいない寂しさを思い出しているのだろう。


 だから今日もまた、新しいデータを開始する。

 前回の削除から一週間も時間を置いたから、きっと彼は待っているはず。これからまた、楽しい時間を過ごすのだ。

 待っていてね。すぐチュートリアルを終わらせるから。



 ○ ○ ○ ○ ○



 ミチがログインしなくなって、一週間が経つ。

 正確には、ミチではなくミチのサブアカウントだ。


 ミチとは、何年も前にこのゲームで知り合い、意気投合した。二人でギルドを作り、ギルドレベルを上げるのも頑張った。二人だけで何でもやった。普通なら数人必要な戦闘も、二人で攻略しようと工夫するのが楽しかった。

 しかし、ある時ミチは突然、

『しばらくログインしないかも』

と言い出した。

『戻ってくるんだよな?』

『ちょっと先になるかもしれないけど、また戻ってくるよ』

『仕方ない。じゃあ俺がこのギルドを守っておいてやるよ』

『ごめん。ありがとう』

 そんなやり取りをして別れたのが、一年ちょっと前。

 わざわざ言い残していったのだから、きっとミチには理由があるのだろう。ミチのリアルの生活のことは知らないが、受験だとか、そういうものかもしれない。憂いなくゲームができるよう、一時的にログインできないのは仕方ない。応援しようと思った。


 ミチがいない毎日を、俺はギルドレベルを維持するために活動した。余った時間は、まだ残っていたやりこみ要素をつぶしていった。低レベルの敵のドロップ品を何千個集めるとか、レアドロップアイテムを集めるとか、そういうクエストだ。

 ある日、序盤の敵のいるフィールドに行くと、初心者がたくさんの敵に囲まれていた。声を掛けて助けてやり、暇だったのでゲームの基本を教えてあげた。

 それから、『ミチカ』という名のその人は、俺を見かける度に近づいてくるようになった。

 『ミチカ』は、俺とは話をするのに、レベルが上がってもギルド勧誘は怖いからと断っていた。そこで俺は思い至ったのだ。きっと『ミチカ』はミチのサブアカウントだと。


 ミチと『ミチカ』は名前までサブらしさがある。ミチはいたずら好きだったから、こうやって初心者のふりをして俺と遊びたいのかもしれない。受験だとしたら、高レベルのミチでは時間がかかるが、『ミチカ』であれば短時間で気軽に遊べて勉強の息抜きになっているのかもしれない。

 『ミチカ』をギルドに誘うと、喜んで加入をした。普通、ギルド勧誘を怖がっている人はほぼ二人きりのギルドに入ることはないだろう。やはり、『ミチカ』はミチのようだった。ミチの息抜きであるなら、俺もそのロールプレイに従った方が良いと考え、正体については言及していない。

 俺たちがゲームを始めた時と比べて、今は低レベル域のあれこれが緩和されていて、あっという間に強くなれる。ミチは初心者のふりがうまくて、いかにも初心者がはまりそうな罠には、全てかかってみせた。時々性格が違うように感じるのは、ミチもゲーム外のリアルでストレスが溜まっているのかもしれない。

 ある程度レベルが上がったところで、一日一回挑戦できるボスなどに一緒に行くようになった。使用武器が違うからか連携はうまくいかないが、俺のレベルが高いから倒すことはできる。ミチは戦闘後にのんびりしたがったが、俺はあえて突き放した。ミチには本来ログインできないだけの理由がある。それを解決するまでは、ゲームに時間を取りすぎてはいけない。できるだけ早く解決して、ミチに戻ってきてほしかった。


 『ミチカ』は、ミチよりずっと低いレベルで、ゲームをやめると言い出した。サブだから、メインのレベルを超えるつもりはないのだろう。

 俺は、ミチが戻ってくるかもしれないと期待したが、俺の前に現れたのは『ミキ』だった。使用武器も変えて、初心者マークを付けていた。もちろん別人のただの初心者の可能性もあったが、『ミチカ』と同じ流れで距離が縮まりギルドに加入したため、まあそういうことだろう。

 『ミキ』は『ミチカ』より慣れた様子でレベルを上げ、『ミチカ』より早く姿を消した。


 その後も『ミカ』や『ミナ』や『ミユ』などが現れては消えた。


 そろそろ、『ミチ』が戻ってきても良い頃ではないか。

 受験や入学前後の多忙なら落ち着いても良さそうだし、そうでないとしても、もうすぐ新フィールドが追加される予定だ。回数制限のボス攻略をやめても、短時間ずつでも、俺はミチと新要素を攻略したい。

 何より、俺はミチの性格が好きだ。初心者を演じている時の性格は、あからさまで面白くはあるが、正直もう十分だと言いたい。ストレスで変わってしまったのなら仕方ないが、演じている分はやめてほしいと思う。

 次にミチのサブをみつけたら、ミチに戻って来いと伝えるつもりだ。



 商人NPCの前に、『ミコ』という名の初心者が走り寄った。あれがミチかどうかは、まだ判別がつかない。

 『ミコ』がミチであればまた機会があるだろうから、俺は荷物の整理をする。不要なものは後で売却するように残し、保管したいものは倉庫に移す。


「ミチ:久しぶり」


 視界の端でチャット欄の文字が動いたと思ったら、ギルドチャットの色。

 ――ミチが帰ってきた!


 俺は思わず歓声を上げながら、チャット入力のボタンを押した。



<終>

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