村焼きは趣味です

あぷちろ

彼女の口元には三日月が張り付いていた


 少年は、唖然とその光景を眺めていた。

 緋色の炎が数多くの家屋より濛々と立ち昇る。

 人の形をした炭が道端の至る場所で、喉元のロザリオに縋りつくような姿勢で転がっている。

 黒煙が幼馴染と過ごした広場を埋め尽くし、叔母がいた馴染みの商店は瓦礫の山となっている。

「母さん……父さん……」

 、日課の狩りで村を離れていた少年は、炎に呑まれることなく、村全域を見渡せる高台の上で惨状を目撃する。

 彼には何もない。何も、無くなってしまったのだ。

「クソッ、間に合わなかった!」

 悲嘆に嘆く彼の後ろから、凛とした女性の声が響く。

「あ、あなたは?」

「大丈夫か!? 少年!」

 彼女は沁み一つとない、純白の鎧に身を包んでいた。腰には細剣、背後には移動手段としての白馬。

 少年は、鎧に刻まれた紋章に見覚えがあった。それはここいら一帯を治める領主家の紋章だった。

「りょうしゅ、さま?」

「よかった、よかった! 生き残ってくれてよかった!」

 兜を投げ棄て、金の長髪を振り乱して少年へと駆けよる。

 切れ長の瞳は涙にぬれ、茫然を立ち尽くす少年をその身に抱きしめる。

「なにがあったの」

「悪魔が、村に火を点けたと聞いて早馬で駆け付けたのだけれど……ごめんなさい。ごめんなさい……間に合わなくてごめんない……」

 “悪魔”。彼らは須らく悪であり、このような悪逆非道をいともたやすく行う種族だ。

 彼らにとって、村を焼くことはであり、極上の娯楽だとされているのだ。

「これから、どうなるの」

 茫然自失の中で、少年は女性へと問うた。

「――きみはウチの屋敷で暮らすことになると思う。それがきみの親御さんへのせめてものはなむけとなるだろう」

 女性の表情は分からない。

「そう、」

 少年の瞳には赤く、赤く染まった空だけが映っていた。

 



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