春宵

椿

ひとり

春の風がさらりと吹いて、宵の香りが鼻腔をくすぐった。


タバコの煙を肺の深くまで吸い込んだ。


ほんのり甘い夜の味がした。


薄い口びるからうっすらと煙が漏れた。


煙はゆらゆらと揺れて、窓の外に消えて行った。


風が吹くたびに、腐りかけのワンルームがギシギシと揺れた。


ベッドの上に転がっている洋書を二階の窓から放り投げた。


ドサッという音がして


ぐしゃりと地面につぶれた。


ぼんやりそれを見つめた。


タバコの火を灰皿に押し付けた。


細い煙を出しして火が消えた。


私はダブルベッドに一人横たわった。


かすかにあの人の香りがした。


麝香のような魅惑的な匂いだった。


モヤモヤとした黒い影が私の心を包んだ。


「嫌い。」


涙が溢れてゆるゆると頬を伝った。


惨めに乱れた黒髪が白いシーツの上に絡まった。

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春宵 椿 @hinata_tt

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