第10話 推し 最終話(?)

「最後の思い出をありがとう。」

僕は隣町の慢性期病院に就職が決まった。今まで業務が忙しく、何だかんだ患者と深く関わることが出来ずに終わることが多かったと感じ、経過が長い慢性期を選んだ。患者は高齢者が多く、要介護度も高いため、違う意味で大変な業務があることは変わりなかった。勉強内容も全然違うし。

しかし、患者とコミュニケーションを図る機会も多く、この転職は間違っていなかったと感じる。

向井とは、あの病院を辞めた後唯一連絡を取っている。仕事終わりに合流し、それぞれの病院の近況や愚痴を言い合ったりしてお互いにストレス発散をしている。といっても半年に一度くらいだが。僕が辞めてから、先輩、後輩の隔たりがなくなり同期のように話している。タメ口で話したりと、こんなに仕事で出会った人と仲良くなれるとは思っていなかった。向井の人柄が羨ましくなる。以前もこんな感情を抱いた気がする。

僕があの病院を辞めてから2年後、向井も病院を変えて働くと連絡が来たため、久しぶりに呑むことになった。

「いやあ〜久しぶり。辞めるって言っても前向きなものだから。ちょっと色々あって小児科病棟に行ってみたいと思って。」

「長く同じ分野にいると、違う所に行きたくなるよね、わかる。」

「だよね〜。あ、そういえばあのアイドルの子、また入院してきたよ。」

天宮天のことだ。最近テレビでよく見かけるようになった。しかし、決心通りライブには一度も足を運んでいない。どんどん有名になっていく彼女をみて、不思議と「会いたい」

と思う気持ちはなかった。あの一度の関わりで十分と思える程の感情だったのかもしれない。向井には、彼女の悩みを聞いていたことは話したが、推しだったことは伝えていない。

「天宮さん…?彼女結構有名になったし、あまり大きな声で言うなよ。」

また入院ということは、有名になってストレスを抱える要因が増えてきたということだろう。

「ごめんごめん。それでさ、先輩の田口さんから聞いたんだけど、『西木さんいないんですか?』って言ってたらしいよ、彼女。辞めたって伝えたら、凄い悲しそうな顔してたって。」

僕を覚えていてくれたのか。もう会うことはないだろうが、いい記憶のまま残ってくれているのなら嬉しい。

「それで思い出したらしいんだけど、2年前、担当看護師が男性でいいかって確認した時に、『西木さんなら』って言ってたらしいよ。その時は、何回も入院してるなら顔なじみなのかなくらいに思ってたけど、そういえばこの病棟に来るのは初めてだよなって。」

…そんな話は初耳だ。なぜ僕のことを知っていたんだ?

「よくよく聞いたら、天宮さんは西木さんが推しだったんだって。通院中に、よく検査出しの西木さんを見かけてたみたいで、患者と話す姿勢とか言葉遣いとかが好きだったって言ってたよ。推しってなんかアイドルみたいだよね。口説いたらいけたんじゃない?」

僕が、日常の中の癒しとして彼女を「推し」と捉えたように、彼女も、病院の中の癒しとして僕を「推し」と捉えていた。

もし僕がこのことを2年前に知っていたら、その事実に気を取られて、彼女の悩みを真剣に聞けなかったかもしれない。

「これでよかったんだ。」

そう思うことでしか、僕の後悔は小さくならなかった。

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こんな僕は推しに相応しくない @mogumoguoic

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