開く異世界超絵巻

@ASSARIASAKI

第1話 総大将復活

 その夜の事であった。

 死んだ戦場に残るのは、溢れるほどの亡骸と壊れた武器。

 漂う腐った匂いと、黒いローブの人物数名が掲げる松明の火が不気味な雰囲気を余計に煽る。

 『梟の目』と呼ばれる邪教が悪魔召喚のために用意した戦死者の血肉で作られた召喚陣の中心には、生贄として捧げられているであろう人間ひとりが入りそうな大きい麻袋が置かれている。

 司祭の狂気的な呪文に反応し、召喚陣は赤色の光を放ち始めた。


 異世界で教会と言っても、一筋縄ではいかないことは既に多くの人が存じていよう。

 これまで英雄を召喚し、幾度となく世界を救うための門となってきたのは、神を崇めるスタンダードな教会である。

 だがしかし、邪教と言うのだから正統派とは大きくズレた悪しきものであることは読んで字のごとくである。神が存在しようとしまいと、自分たちの益になればそれが神。神でなければ神にする。

 神ではない神、正しくない神、故に邪神。

 故に邪教。

 邪神とは、願いから作られ、願いのために動くモノ。

 よこしまの神。

「+/-*/*-//*-+/+-*/*/*//////+*-/+-///++-+-/+*/」

 声は次第に大きくなっている。

 気が付いた時には呪文は何人もが唱えて、歌で例えるならサビに入った途端。


「あああああああああああああ!!!!!!」


 地の底から叫び声が聞こえてくる。

 骨が震え、身体からは不思議と冷汗が流れる。


「「お、おぉ」」

 信者達は歓喜の声を上げる。

「我が神……今ここに!」


 血の召喚陣から呼び出されたのは、一人の男だった。

 つかみどころが無い顔立ちと、この世界では見たこともないような服装。

 まるで最初からそこに存在していたとでもいうような雰囲気は、恐ろしいと言うよりは不気味であると表現した方が適切である。


「あ?なんだここ」

「…」

「おい、ここはどこなんだって」

「あぁ我が神よ……願いを、どうか願いを叶えたまえ」

「……ほぉ?」


 司祭は祈った。

「どうか、世界を手中に」

 邪神は願いを叶えるモノ。そう信じて疑わなかった。

 詠唱を完全に唱えきっていないにも関わらず、それが出てきていることには疑問すら持たず。


「断る」

「…今、なんと?」

 願いは泡の如く消え去った。

 呼び出したソレにあっさりと断られた。

 理解の追い付いていない司祭を気にも留めず、呼び出された邪神ではない何者かは周囲を見渡した。

「だから、断る。……あ?おお!ここは戦の跡地か!懐かしい懐かしい!」

「な、何をおっしゃっておられるのですか、我が神」


 自然現象は、長年人に理解されることが無かった。

 そこでとある世界のとある国では、人々は自然現象に理由を付けることにした。

 それは妄想から始まり、民衆に広がり、書へまとめられ、現象にまで膨らんだ。

 しかし、それは決して『神』になることはなかった。

 自然は人を助けたが、それ以上に殺したからだ。


 呼び出された男は、首を鳴らし大きく伸びながら

「よし、場所は悪くないし始めるか」

 と言った。

「……我が神よ。始める、とは?」


 地面が揺れる。

 周囲からカタカタと音が鳴り始める。

 地震……ではない。よく見れば死体や武器が震えていた。

「まさかこれが我が神の御業?これが、奇跡?……そうか、そうかそうかそうか!やはり我が神!」


 この瞬間、司祭は確信した。

(やはり我が神だった。奇跡は起き、私が思うが儘の世界が訪れる。)

 揺れる不安定な足場でなんとか直立しようとする司祭。

 大きな身振りで、自身が召喚した神の偉大さを信者たちに伝えようとする。


「皆の者!これからはあのような聖教に邪魔されることはなくなったのだ!」


 バッ!と振り返る。

 大きな歓声と喝采、己を褒め称え敬い涙するもの。

 苦しみのない世界と、約束された安寧の将来に振るえるもの。

 そんな夢物語に釣られた間抜けな信者たちの姿。

 は、そこにはなかった。


 目に映る光景は、信者達が落ちていた武器で静かに自殺をしている光景が広がっていた。


「な、何が起こって……」

「何も起こっていないさ」

 そっと左肩に手が置かれる。

 力は入れられていないが、とても重い。


 死の息遣いが耳元から聞こえる。

「なぁ。これからどうしたい?」

 司祭の身体は、既に恐怖が支配していた。

「…全て、我が神の仰せの通りに」

 既に計画は破綻している。

 せめて、逃げる隙を作らなければ。


「わかった。……ただ、一つだけ言っておくことがある」

「な、何でしょう我が神」

「俺は、神ではない」


 肩から手が離れる。

(助かった。あとは逃げるだけだ。)

 想定していた神とは違ったが、ここで死ななければチャンスがある。

 なんでもいい、新しい神をまた呼び出せばいい。

 前を見ると、おかしなことに、先ほどまで後ろにいると思っていた男は、いつの間にか前を歩いていた。……幸いなことにこちらに振り向く様子はない。

(今だ、逃げるなら今しかない)

 そう思った途端である。

 何かに身体を拘束され、魔法を使っていないにもかかわらず体が宙に浮いた。


 司祭は大きな腕に捕まれていた。

 これは決して比喩ではなく、司祭を掴んだその手はとても大きく、何より骨だけで手が作られていた。

「ひぃぃいい!」

 遠くから見ればそれは大きな白骨死体であり、それがガチガチと音を立てながら動いている光景は恐ろしく、何本か歯が抜けているせいか不気味に笑っているようにも見える。

 ただ、司祭は身をよじり至近距離からその突然現れた怪物を見てしまった。

 突然現れた怪物の真の姿を、司祭は目撃する。

 大きな一本だと思っていた骨は、血で濡れていたり折れていたりはするが、何本もの人間サイズの骨の集合体であるという事。

 節穴のはずの目の中には人の頭が詰まっており、黒く見えているのは髪の毛と血に濡れた顔面であるという事。

 これまで見てきたゾンビやスケルトンなどのアンデットモンスター達が放つ本能を全く感じないという事。

 ただ、全身に憎悪を浴びせられている。


「助けて……助けてください!」

「……そいつはな、埋葬されることが無かった骨やら魂やらなんやらが集まって出来たもんよ」

「な、何を言って」

「そりゃあキレるだろうよ……ただでさえ成仏できてねぇってんのに、自分たちの亡骸好き勝手使われてんだから」

 ま、おとなしく死んどけや。


「や、やめてくれ。やめろやめろ!いやだあああああああああああ!」

 グシャリ




 静かになった暗闇で、男と化け物は対面していた。

「…この身体に宿る魂達の代表として、最大限の感謝をあなたに」

「まぁ、ここが死体の多い場所だったから出来ただけだ。感謝されるようなことじゃねぇ」

「いえ、我ら魂は死してなお貴方様に救われました。この頂いた身心共に、貴方に忠誠を誓います」

 大きな骸骨は、一人の男に首を垂れる。

 その男は感謝を浴びながら、「うーん」と数秒悩み

「わかった。その忠誠はありがたく受け取ろう。これからよろしく」

 そう言うと、男は大きな骸骨を顎をさすりながら眺めた。

「『がしゃどくろ』なりかけ……って感じだな。時間がたてば、中の魂達は順に成仏していくだろうから心配はいらないぞ。せいぜいその体楽しめや」

「がしゃどくろ?と聞くのは野暮でしょうね。……改めまして、『がしゃどくろ』新しい生を受け入れたいと思います」

「おう、そうしろ。まぁ、意志の強そうな主人格のお前は最後の最後になりそうだけどな」

 がしゃどくろ、と呼ばれたそれは己の存在を受け入れた。


「ところで、貴方様のお名前は?」

「あ?そういや言ってなかったか」


『ぬらりひょん』だよ。


怪物の親玉、日本妖怪総大将。

異世界にて復活。

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