『井筒Remix』

小田舵木

『井筒Remix』

             コント風劇『井筒いづつRemix』


【キャラクタ】


①高校生(ヤンキー風)紀伊きいくん

②高校生(落語研究会所属)落田おちたくん

紀有常きのありつねの娘(男が演じるのが好ましい、唯一の原作要素です)


扮装ふんそう


①、②は学生服(学ラン)

③は冠に長絹ちょうけん(長めの狩衣かりぎぬイコール男装)



【舞台】


 夕方の奈良県の山中。

 


【状況】


 ①と②は修学旅行の自由行動中だが、何処どこかよく分からない山中に迷いこむ。



                [1]


①紀「なぁ落田おちた?」

②落「どしたん?紀伊きいくん?」

①紀「明らか、ココ、奈良公園ちゃうやんな?」

②落「せやな。鹿先生センセーらんし」

①紀「おいおい…どないすんねん?自由時間は無限やないんやから」

②落「言うて―スマホあるし、どないかなるやん?」

①紀「せやな」 トスマホを取り出す

②落「助けて、スマホセンセ…って圏外かいな」 トスマホを取り出し、見る

①紀「んげ、こっちもあかんぞ」

②落「落ち着け紀伊くん、wifi飛んで―」

①紀「山中さんちゅうにフリーwifiあるか、アホ!!」

②落「こういう時は落ち着いて周り見渡そ、焦ったら負けや」

①紀「しゃあねーなあ…」 ト周りを見渡す

②落「ん?あそこになんか有るなあ」 ト舞台の左袖ひだりそでを見る。そこには石

①紀「石ィ?」 ト彼も石の方を見る

②落「さぁて…僕らを導いて頂戴ちょーだいなっと」 ト石に近寄る

①紀「道案内してくれそうか、石?」 ト石に近寄る

②落「んん…と?」 ト石の前にしゃがむ

①紀「あーっと?」 ト落田の後ろにしゃがむ

②落「千早振ちはやふる、神代かみよも聞かぬ、龍田川たつたがわ、からくれなゐにみずくくるとは」

①紀「何だ歌碑かひかよぉ…」

②落「しゃあない、そういう事もあるやろ」

①紀「しゃあないな。しかし―この短歌、どういう意味?」

②落「ん?気になんの?遭難そうなんしかけてんのに」

①紀「遭難しかけだが―焦って体力食うよりは朝まで時間潰したほうがええかな、と」 ト空を見る

②落「ずいぶん暗なったしな…よし、博識な僕が短歌について教えたろ」


                 [2]


②落「ええか、紀伊きいくん、まずは龍田川やが―」

①紀「川の名前じゃないのか?」

②落「いや、人名。昭和のマイナーな関取せきとりさんなんやけど」

①紀「そんな相撲取り居たっけ?」

②落「知る人ぞ知るってアレよ」

①紀「ふぅん?ま、そんな人が居たわけな」

②落「彼は相撲取りとして長い事活躍してないから知らんのはしゃあない」

①紀「ほんで?」

②落「彼はなあ…田舎から出てきてあっちゅうまに大関になんねん。びっくりするくらい強かってんよ」

①紀「ん~?そんな人なら有名だろうよ?」

②落「まま、続き聞いてぇや…奴さん、相撲は強かってんけど―女にモテなんだ」

①紀「そんなもん?相撲取りって大抵たいてい綺麗な嫁さん連れてんじゃん?」

②落「結構ブサイクやってん、ほんでな?」

①紀「どうなる?もしかして―アレか?風俗にハマるんか?」

②落「せやねん。しかも間の悪い事に―そういうのが好きなタニマチもってんな」

①紀「タニマチ?六丁目?」

②落「アホ、パトロンやって」

①紀「ん?工事現場のとん●りコーンみたいなアレか?」

②落「それパイロン。紀伊くんボケてんの?」

①紀「途中からな。んで?どうなんの?龍田川?」

②落「ある日の事や。例のタニマチが龍田川をいたわる為にソープの二輪車にりんしゃを用意したんねん」

①紀「ソープの二輪車?なんでバイクの話になんねん」

②落「いや、俗に言う3Pというアレや」

①紀「はぁ~世の中には色々有るんやな」

②落「金持ちはズルいよなぁ…んでな?龍田川は喜びいさんでプレイにのぞむんやが―」

①紀「やが?」

②落「まさかの逆チェンジよ、あかん方の奇跡やな」

①紀「それってええんか?」

②落「法の解釈かいしゃく的には、お風呂場で自由恋愛してるていやから良えんちゃう?よう知らんけど」

①紀「店としてどないやねん」

②落「そういう時の為の二輪車よ」

①紀「タニマチはそういう事態も想定してたんか、賢いわ」

②落「ところがぎっちょん。またもや逆チェンジ―ほんで」

①紀「ほんで?」

②落「最初に逆チェンジかました嬢の源氏名げんじなが『千早ちはや』。これで『千早振ちはやふる』、となる」

①紀「『神代かみよかぬ』は?」

②落「ん?『千早』姉さんにおともしてたのが妹ぶんの『神代かみよ』ちゃん」

①紀「神代も聞かない…おお、上手い事なってるわ」

②落「さて。ここから話が展開していくんよ…っても、龍田川が落ちぶれるって話やが」

①紀「そらプロ相手に二連続ぎゃくチェンジらったら荒れるわな、人として」

②落「今まで風俗遊び以外はストイックやった龍田川ぜき、女遊びはもう止めた―と酒と賭博とばくにハマり込む」

①紀「風俗でバランスとってたんやな、やっこさん」

②落「結果デカい借金こさえるわ、相撲も勝てへんようなるわで―最後に田舎に逃げて行くんや」

①紀「みじめやなあ…」

②落「ま、実家がさ、豆腐屋やってんよ、彼。そこで真面目にやり直す訳さ」

①紀「捨てる神あれば、ひろう神あり…人生腐っちゃいけませんなあ」

②落「紀伊くん、案外ええ子よな」

①紀「心まで荒れんのはあかんからな」

②落「さ、残りの句をやっつけよう」

①紀「『からくれなゐに、水くくるとは』…」

②落「龍田川は豆腐の仕込みをせっせとし、店先を掃除する―するとそこに女のホームレスがやってくんねん」

②落「ほんで。女ホームレスはこういう、『おからで良いのでめぐんでください…』」

①紀「まあ、おからは副産物やもんね。豆腐作りの」

②落「龍田川はホームレスに同情して―店の奥に行っておからをとってくるんやが…」

①紀「めるねえ」

②落「おからをほいっと渡そうとした時に―顔が見えてな」

①紀「ん?やけに細かい描写するやん」

②落「そらそうよ…やって、その女ホームレス、振った『千早ちはや』なんやもん」

①紀「そんな話あるぅ?そこまで落ちぶれんのもすごい話やで?」

②落「やからこそ、短歌になるんや…龍田川はその『千早』を見て、怒りがこみ上げてきてなあ…やっちまうんやな」

①紀「やっちまう―まさか…」

②落「龍田川んトコの豆腐屋は井戸いど水を使った豆腐で有名でなぁ…店先にも井戸があってん、ほんでそこに『千早』を落としちまう―」

②落「おからがもらえない、が『からくれなゐ』で、『水くくる』ってのは井戸の水をくぐる―ってな具合。ようでけた短歌や」

①紀「ちょい待ち。『とは』ってのは何だ?」

②落「当時の週刊誌によると―『千早』は『とは』って本名なんだと」

①紀「はあ…勉強なったわ、サンキュー落田おちた

②落「なんのなんの…ええ時間潰しになったな」


②落(モノローグ)「ま、全部、嘘やけど」 


                    [3]

①紀「ところで落田」

②落「どしたん?紀伊きいくん」

①紀「いや、周り暗いからよう見えんかったみたいやが―」 

《舞台袖から『井戸』登場、歌碑の後ろにそっと現れる》

②落「なんや?らんモン見えたん?」

①紀「なんか見えんねん…歌碑の近くなんやが」 ト歌碑の方を向く

②落「ん?そういや、かげんとこになんか有るなあ」 ト歌碑を見る

①紀「怖ない?」 ト少し震える

②落「まあ、山中やからな…」

①紀「野生動物ちゃうよな?」

②落「せやったら息づかいの一つも聞こえるやろ…ビビリやなあ、紀伊くん」

①紀「動物としての本能や、しゃあない」

②落「ヤンキー辞めてしまい…しゃあないのう、僕が見て来たるわ」

①紀「頼むわ…気ぃつけや」

②落「へいへい、お任せあれっと」 ト歌碑の方に近寄る

②落「ん~?なんやコレ?」 ト歌碑の裏を覗き込む

①紀「どうした?」

②落「いやな?井戸あんねんよ」

①紀「こんな山奥に?」

②落「昔は人住んでたんかも分からん」

①紀「さもありなん…しっかし、井戸のハナシした後やから不気味やな…」 ト落田の方に近寄る

②落「いや、『とは』さん死んでへんから」


②落(モノローグ)「大体、古典落語の焼き直しやし」


①紀「おっ…枯れ井戸ではない」 ト井戸の中を覗き込んでいる

②落「危ないで?」

①紀「いや―水面みなも星空ほしぞら映って綺麗やで?」

②落「ロマンチストやなぁ。どら、僕にも見せてぇや」 ト井戸を覗き込む

②落「はぁ~山ん中やから星が綺麗―って…紀伊君?」 ト井戸を覗き込みながら、紀伊に問う

①紀「あん?」 ト井戸を覗き込みながら応答

②落「きみの後ろー」

①紀「ん?」 ト井戸から顔を上げ、振り返る、そこに③の紀有常の娘登場。ふっと現れる感じで

①紀「うわっ!」

②落「あちゃ~紀伊くんにも見えてるやん」

①紀「俺で試すなアホ!!」

②落「しゃあないやん…幻かな~て思たもん」

①紀「お前の落ち着きはなんやねん!!」

②落「何事も焦ったら負けやし?このお姉さんも夜中の山の中でコスプレしてる、ちと変わったお姉さんやろ?な?姉さん?」

③娘「私の思い人、『昔男むかしおとこ』を愚弄ぐろうしたのは―貴様きさまか?」

①紀「『昔男?』」

③娘「『千早振ちはやふる、神代かみよも聞かぬ、龍田川たつたがわ、からくれなゐに水くくるとは』で名を残した―」

①紀「龍田川ぜきってモテへんかったんちゃうんか?稀代きだいの『醜男ぶおとこ』やろ?」

③娘「『醜男ぶおとこ』ではない!!『昔男むかしおとこ』だ!!」

②落「あー…ややこしなるから紀伊くん黙っといて」

①紀「なんだよ、蚊帳かやそとかよ」

③娘「おい、そこの貴様―」 ト落田に突っかかる

②落「はいはい…なんでっしゃろか」

③娘「私の想い人はなあ!!」

②落「そういう設定でコスプレやってはるんですか?」

③娘「コスプレ?」

②落「やって、そんな格好ですし?」

③娘「これは―『昔男』の形見かたみだ!!」

②落「大概たいがいややこしい設定でってはりますねぇ…男装の女性のコスプレなんて」

③娘「違う!!私は夫の思い出に―」

①紀「まずはこんな山中で夜にコスプレしてる事に突っ込め、落田」

②落「それもせやけど、まずは相手の立場に立ってみよかなって」

③娘「話を聞け!!」

②落「ほなら…なんでココで男装してはるんすかね?」

③娘「想い人をしのんで」

②落「うーんと?くなった旦那だんなさんの思い出にひたる為に男装してる、と?」

①紀「おい、落田、この姉さん大概病んでるぞ」 ト落田に耳打ち

②落「せやな…警察呼んで保護してもらお…って圏外や」 ト紀伊に小声で言う

①紀「参ったな…」 トつぶやく

③娘「何を二人で話しておる?」

②落「いや?お姉さん美人やのにもったいない、ってハナシですわ、ハハハ」

①紀「なあ?こんな美人なら浮気なんてしないだろ、普通、ハハハ」

③娘「私の夫、『昔男』は―女を寄せ付ける何かがあった…」

②落「うわ、こっち無視して語り出した!!」

①紀「あーあ…お前のせいだ、落田」


                 [4]


③娘「一時期は―不仲になりもした」

②落「倦怠けんたい期ってやつですかねぇ…」

①紀「よーある話ですねぇ」

②落「訳知り顔で何言うてんの、紀伊くん」

①紀「一般論や」

②落「童貞どうていが何言うてんねん!モテたいから不良風になったくせに」

③娘「我が夫は優男やさおとこだった…ゆえに女をきつけた」

②落「マイペースに話進めてはるわ、お姉さん」

①紀「なんか怖いな、やっこさん」 ト落田に耳打ち

②落「病んではるから…もう好きなだけ話させたげよ…そして帰り道教えてもらお」 ト紀伊につぶやく

①紀「せやなあ…」


③娘「かの男は―私がいながら、別の女に入れあげた時期もあった」

①紀「優男で好色こうしょくって最悪な組み合わせやな」

②落「そういうヤツに限って性欲強かったりするしな」

③娘「かの女のもとに通う夫に―私は歌をおくったのだ」

①紀「そんな事する前に殴った方がえのでは?」

②落「おおよそ現代人の恋愛センスちゃうよな?」

③娘「『かぜけばおき白波しらなみたつたやま夜半やはんにや君がひとり越ゆらむ』…」

②落「ん?お姉さんなんて?」

③娘「『風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君がひとり越ゆらむ』」

①紀「落田どうした?」 ト落田に耳打ち

②落「いやね?」 ト紀伊にささやく

①紀「おう?」

②落「さっきの短歌は『古今和歌集こきんわかしゅう』のヤツや」

①紀「こきんわかしゅう?」

②落「ボチボチ受験なんやから勉強しいや」

①紀「俺はド理系だっつの」

②落「んまあええわ。さっきの和歌、基本はみ人知らずってヤツなんやが」

①紀「やが?」

②落「コイツを付会ふかいして物語を作ったヤツが居たような…」

①紀「なんや、博識の割に歯切れ悪いな」

②落「いや、なんでもは知らんから」

①紀「さっきは『千早振ちはやふる』の短歌をスラスラ解説したやんけ」

②落「アレ、大嘘やで?」

①紀「マジで?」

②落「君は少しは古典にに興味持つべきや」

①紀「だな…お前にかつがれん為にな」

③娘「何をうだうだ話しておる!!」

②落「うっわ、中途半端にオーディエンス意識しとる!!この姉さん!!」

①紀「お前のせいだぞー落田おちた…いや、僕ら…そこの歌碑の話をしてまして」

③娘「『千早振ちはやふる、神代かみよかぬ、龍田川たつたがわ、からくれなゐに水くくるとは』―み人は…」

②落「在原業平ありわらのなりひら…やな。正確なん」

③娘「我が夫だ!!」

②落「そういう設定なんかぁ。マニアックやなー」

①紀「いや…この人マジで言うてない?」

②落「なりきり、いうヤツやろ?本格派コスプレイヤーなんや、彼女は。残念ながらんではるけど」

①紀「お前、『えて』考えんようにしてない?」

②落「何が?」

①紀「いや―ホラー的なアレよ」

②落「だって僕、幽霊とかあかんねんもん」

①紀「あかんてなんや!!」

②落「非実在の存在やと思ってる。大体、在原業平って平安貴族やで?その時代にコスプレも糞もあるかいな!!」

①紀「奴さんはパイオニアかも知れんぞ?」

②落「コスプレのぉ?」

①紀「せや!!」

②落「んなアホな…よし、この人に名前聞こうや、どうせ適当な名義持ってはるぞ、きっと」

①紀「ま、いっか…お姉さ~ん?」 ト③娘に呼びかける

③娘「なんじゃ?」

①紀「お名前なんて言わはるの?」

③娘「我が名は―」

②落「しろねこ(コスネーム)とかやろ?どうせ」

③娘「紀有常きのありつねの娘、という」

②落「まーた、ひねったCN(コスネーム)で」

①紀「いやガチ臭くない?」

②落「マジで?」



                 [5]


②落「紀有常きのありつねの娘、なぁ…本名は何なんすか?いい加減教えてくださいよ」

③娘「これが私の呼び名だ!!」

①紀「いよいよ現代人らしからぬ…」

②落「そういう設定やろ?プライバシーは守りたいねん、きっと」

①紀「いや、お前、どんだけ幽霊ダメなん?認めてもうた方が話早ない?」

②落「つってもなあ。なんぼなんでも夜の山中で幽霊にうんは出来すぎやろ?」

①紀「まあ、小話こばなしめいてるのは認めたる」

②落「やろ?僕、今日の話で1席ぶてるもん」

①紀「芸のやしにする気か…貪欲どんよくやな」

②落「ウケたもん勝ちや」

③娘「私の話を―聞けぃ!!」 ト声を張り上げる

②落「往年おうねんの落語ドラマみたいな事言い出したで?どうする?紀伊きい君?」

①紀「もー好きにさせぇや…幽霊にしてもコスプレイヤーにしても、このお姉さんはややこしい人や」

②落「せやなあ…お姉さーん?何なん?何を話したいん?」

③娘「その井戸と私達の思い出…」

①紀「何?お姉さん、この辺の人なん?」

③娘「そうだ―私と夫は子どもの時分じぶん、この井戸の近くに住んでいたのだ」

②落「幼馴染、ねぇ」

①紀「設定盛りすぎやろ」

②落「それにさ。幼少ようしょう期に近くにいた異性には性的魅力を感じにくいって話もあるわな」

①紀「まあな。お互いが成長するさまを知ってると―められるものがないわな」

②落「そそ、パンチラなんかもそうやけど―明らさまな物事には男子の股間は反応せんわな」

①紀「だな。見せパンとか、もう見せんな!ってなるよな」

②落「あんなん変形したナルシズムや。男のタンクトップと一緒…」

①紀「だな」

③娘「…私の話聞いてます?」

②落「聞いてるから感想言うてるんすよ。なあ、紀伊君?」

①紀「おう。幼馴染は恋愛的に不利ですわ、姉さん」

③娘「前世のちぎりというモノも有るだろう!!私達は運命で―」

②落「言うて浮気されてんやろ?」

①紀「他の女んトコに通ってたし」

③娘「最後には私のもとに戻ってきた!!」

②落「言うてないだけで色々してたんちゃいますのん?」

①紀「そうそう…そういう男はパイプカットしてもうた方が良え…托卵たくらんとかノーサンキュー」

③娘「人の旦那にアレコレ言いおって―」

①紀「しゃーないでしょ…なんか良え話ないんすか?」

②落「今んとこ最悪やからね、旦那さんの印象」


③娘「私達が幼い頃の話だが―」

③娘「よく、この井戸の近くで遊んでいた。そでれ合うくらいの近さに寄って、この井戸に映る姿を見ていたものだ」

③娘「あの頃は心が通うかのようだった…だが、年がるにつれて、たがいに『異性』として意識するようになり、疎遠そえんになった」

③娘「成人してからの事だ―久しぶりに会った彼は私に歌を贈ってくれた…『筒井筒つついづつ井筒いづつにかけしまろがたけ、ひけらしな、いも見ざる間に』私はこう返した―『くらべし、振分髪ふりわけがみ肩過かたすぎぬ、君ならずしてぐべき』と」

③娘「かくして、われらは妹背いもせの仲となった―」

③娘「ゆえ、私は『筒井筒つついづつの女』とも言う」


                  [6]


②落「それ―もろ『伊勢物語いせものがたり』の『筒井筒つついづつ』やん」

①紀「『伊勢物語』?」

②落「古典文学の金字塔きんじとうや、『源氏物語げんじものがたり』に並ぶ」

①紀「へーあん時代の話って訳な?」

②落「そそ。『伊勢物語』の主人公は『昔男むかしおとこ』―『在原業平ありわらのなりひららしき男』、そしてやっこさんはお伊勢の斎宮さいぐう巫女みこつうじるというタブーを犯す…」

①紀「『らしき男』?」

②落「同一視されるけどイコールとは言い切れへん」

①紀「どっちにしろプレイボーイって訳な?」

②落「巫女と通じるんやからな…そんなん夫やったら気ィ休まらんわな」

①紀「姉さんも大変やのー」

②落「いや―そういう『設定』やろ?現実はホストあたりに入れ込んでんのと違う?」

①紀「落田おちた―必死に否定したがるなあ」

②落「やって、認めてみぃな。ココ―境目さかいめとかそんなんなるで?」

①紀「境目?」

②落「古来こらい―山は人の世界ちゃうかったんや…」

①紀「『あの世』、的な話か?」

②落「と。『この世』の境目っちゅう訳、分かった?僕が否定したがる気持ち」

①紀「なんとなく…で、さっきから姉さん黙ってるけど…」

②落「気ィ済んだん違う?」

①紀「おーい?姉さん?」 ト③娘に呼びかける

③娘「…」 ト無言で井戸の近くにたたずんでいる

②落「ヤケんなるのは堪忍かんにんやで…僕らと帰ろうや。生きてりゃえ事あるて」

①紀「心のこもってない説得すな!」

②落「つってもなあ…人の恋路こいじクチ挟むんは無粋ぶすいの極みやし?なんにせよ当人のあいだの話や、僕はそんなん知らん」

①紀「突き放したんなよお」

③娘「…」 トなお、黙っている

②落「良えか―姉さん?」

③娘「…」 ト①、②の方を見ず

②落「っていったモンは帰ってこん。その人の形見だかなんだか身につけても―むなしいだけや」

①紀「お前、オブラートに包むって事知らんな?」

②落「言うて盲目もうもくになってるモンに優しゅう言うてもムダや」

②落「人生って無駄に長いねん。やからその内、その『昔男』だか『ホスト』だが知らんけど、そいつよりえ男に出会う、っちゅう事もある。そいつの思い出と心中しんじゅうするのはアホのきわみや」

②落「という訳で―僕らと山りよ…え加減、朝になりかけとる」

①紀「っと…言うてそろそろ夜明けやな」 ト腕時計をみやる

③娘「私は―」

②落「ごちゃごちゃ言わんと―」 ト③に近寄る

③娘「…」 ト尚、②の顔を見ようとしない

②落「ついて来て…頼むから。僕ら道分からへんねん」 ト③の手を取ろうとする、が取れない

①紀「おい―落田ー」

②落「ああ。認めへんとあかんらしい―」 トバランスを崩して井戸に落ちる

①紀「バカ野郎!!」 ト落田の手を取ろうとする

②落「紀伊くん、この話の教訓きょうくんは―人の恋路に口を出すな、や。後は適当テキトー言うて友達をかつぐな」

①紀「落田ぁぁぁっぁぁぁ」 ト絶叫


                   《舞台、暗転》


                     [7]


                 《舞台、再ライトアップ》


【状況】


 夜明け。オレンジ色の朝日あさひうすまった瑠璃るり色の空を照らしている。

 山中ではあるが、先程までの山とは違う。

 なだらかな斜面。井戸と歌碑は消失。

 若草山わかくさやまである。

 ①紀伊きい斜面しゃめんに寝転がっている。②落田おちたの姿が見えない。


①紀「…うわ、まぶしっ」 ト目を開く

①紀「なーんか背中気持ち悪い…」 ト立ち上がる

①紀「なんかついてるんやろか…」 ト学ランを脱いで背中部分を見る

①紀「うわぁ…鹿のウンコいっぱいや…じゃない!!落田ぁ!!」 ト辺りを歩き出す


 ここで②落田が舞台袖ぶたいそでから登場、学ランはびちょれである


②落「おーい…紀伊きい君、僕は―無事やで」

①紀「落田ァ!!あん時お前、井戸に―」

②落「落ちたね、落田おちたやし」

①紀「しょーもない事言うな!!」

②落「目ぇ覚ましたら、鹿に囲まれとってなぁ」

①紀「そーいや…昨日、お前せんべいうて鹿からかっとったな」

②落「せんべいチラつかせて―芸を仕込しこもうとな」

①紀「結局、せんべいやらんかったよな?」

②落「ほんで―昨日の残りを学ランのポッケにしまっとったんやけど―」

①紀「まさか―気絶してるに鹿に全身まさぐられてたんか?」

②落「そういう事…鹿のヨダレまみれや僕は」

①紀「ほんのりケモノ臭っ!!」

②落「言わんとって、自分が一番臭いねん」

①紀「ところで落田」

②落「なんや紀伊君?」

①紀「アレは―夢だった、のか?」

②落「…という事にしときたいな、二人そろって同じ夢みたけど」

①紀「そーいう場合は現実やろ?」

②落「いや―あれは鹿の化身けしんや、きっと」

①紀「お前、幽霊否定派だろうが!!」

②落「そっちのほうが良えやん…幽霊やったら、死後もアレな夫に執着しゅうちゃくする怨霊おんりょうる事になる」

①紀「そらおもいな」

②落「おもいだけにな。それにこの辺の鹿はハーレム形成すんねん」

①紀「しょーもな…ま、えっか…帰ろうや」

②落「やなあ…はよ着替えたいわ…」


                   【終幕】



• 今作の執筆にあたり、以下の書籍、サイトを参考にしたことを明記します。 


天野文雄 「能楽名作選 上」―「井筒」 2018年 株式会社KADOKAWA


the能.com 演目辞典 井筒

https://www.the-noh.com/jp/plays/data/program_010.html


the能.com 演目STORY PAPER:井筒

https://www.the-noh.com/download/download.cgi?name=010.pdf


立川志の輔 選・監修

PHP研究所 編

「滑稽・人情・艶笑・怪談……古典落語百席」 1997年 株式会社PHP研究所


 幼馴染に性的魅力を感じない→「ウェスターマーク効果」


「ウェスターマーク効果」 Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/ウェスターマーク効果


「ニホンジカ」 Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/ニホンジカ


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『井筒Remix』 小田舵木 @odakajiki

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