新人祓い屋、虎と戦う!

無月弟(無月蒼)

新人祓い屋、虎と戦う!

 皆さんは、祓い屋と言う職業をご存知でしょうか?

 祓い屋。それは迷える霊や悪い妖怪を祓うお仕事。何て言うと、中二病みたいに聞こえちゃいますけど、実はれっきとした職業で、祓い屋事務所なんてのもあるのですよ。


 そして私、前園茜はこの春から、祓い屋として活動する事になりました。

 小さい頃から霊感があった私は、その道の人にスカウトされて。二十歳になったのを機に、祓い屋事務所に入ることになったのです。


 社会人デビューかあ。ちゃんとやっていけるかなあ。

 ドキドキしながら、やって来た祓い屋事務所。今日からここが私の職場になるわけだけど、そこで待っていたのは。


「君が前園茜ちゃんだね。アタシは火村ひむらさとり。今日からよろしく!」


 元気よく挨拶をしてきたのは、私より少し年上の女性。

 スーツをピシッと着こなした背が高い美人さんで、できる大人の女性って感じ。


「よ、よろしくお願いします!」

「ふふっ、そんな固くならなくても大丈夫だよ。ほら、もっとリラックスして」

「キャッ⁉」


 パンパンと背中や腰を叩いてくる火村さん。

 一歩間違えればセクハラになりかねない行為けど嫌な感じはなく、むしろ緊張がほぐれた。

 なんだか、気さくで話しやすそう。聞けば火村さんは新人の私の教育係だそうだけど、良い人そうで良かった。


「ところで、早速で悪いんだけど、急な依頼が入ってね。何かに取り憑かれたと思われる男が暴れているって連絡があったから、すぐに現場に向かわなければならないんだよ」

「今からですか?」

「そう。それで、君はどうしたい? いきなり現場に行くのに抵抗があるなら、今回は留守番していていいけど」


「はい」と答えたら、入ったばかりなのに、即実戦になるのかあ。

 けど私だって訓練は受けて来たんだし、怖くなんて無い。


「私もいきます」

「お、良い返事だ。それじゃあ行こうか、前園ちゃん」


 そうしてやって来たのは、一軒の古着屋。

 事務所に依頼してきたのはこの店の店長だった。


「お待ちしておりました。実は店に来られたお客様が服を試着した途端、急に様子がおかしくなったのです」


 店長さんに案内されて、奥にある部屋へと向かう。するとそこには二十代くらいと思しき男性が、椅子に縛られていた。


「なんだ、彼はこういうプレイが好きなのかい?」

「違います。暴れるといけないので、やむを得ず縛っているだけです」


 すると縛られていた男性は、部屋に入って来た私達を鋭い目で睨んでくる。


「ガルルゥゥゥゥゥゥ」


 まるで獣のような唸り声。恐らく、取り憑いているのは……。


「前園ちゃん、彼がどうしてこうなったか、分かるかい?」

「はい。原因は彼と言うか、彼が着ているあの服ですね」


 そう、注目すべきは、彼の着ている服。

 それは黄色と黒のストライプの、虎柄のシャツ。正直、ちょっとダサいかなーなんて思うデザインだったけど、問題なのはそれじゃない。あの服から、霊気を感じるのだ。


「霊が取り憑いているのは、あの虎柄のシャツ。それを着てしまったために、彼自身も取り憑かれたのと同じ状態になってしまっているんですよね」

「正解。よく見ているね」


 霊に取り憑かれていると言ってもその人自身が憑かれているのか、それともその人の周りにある何かに取り憑いているのか。これを見極められない事には、ちゃんと祓うことはできないのだ。


 そうと分かったら店長さんに席を外してもらって、いよいよお祓い開始。

 すると火村さんは、スッと私に目を向けてくる。


「さてどうする? アタシが祓っても良いけど、前園ちゃんはどうしたい?」


 え、ひょっとして、私が祓うか聞かれてる?

 てっきり最初は、祓う様子を見ているよう言われるかと思っていたのに、これは意外だった。

 けど、いままでしっかり訓練を受けてきたし、霊を祓ったことならある。

 いつかは自分一人でやらなきゃいけない日も来るんだし、ここで尻込みするのも格好悪いよね。


「それじゃあ、やってみます」

「よし、お手並み拝見といこうか」


 火村さんの了承を得て、前に出る。


 大丈夫、私ならやれる。

 虎柄シャツの男性に向けて、手をかざした。


「蕾に雨、華咲き誇れーー現!」


 呪文を唱え、術を発動させる。

 これはシャツに取り憑いている霊の姿を、露にするための術。隠れていた霊の姿が、浮かび上がってくる。

 椅子に縛られた男性の前に現れた、うっすら透き通った姿のそれは……。


「虎!?」


 姿を表したのは、鋭い爪と牙を持つ虎の霊だった。

 そうか。あの男性、やけに荒れた様子だったけど、あれは動物霊に憑かれた人によく見られる症状だったっけ。


「やっぱり動物霊だったか。しかし虎とは少し意外だったねえ」

「はい、狐や狸、猫の霊が取り憑いてる話ならよく聞きますけど、何故虎が?」

「うーん、ひょっとしたら、あのシャツの柄のせいかも? 生前の自分とにたような模様をしてるから、それで取り憑いちゃったのかな」


 そんなことってあるの!?

 私は驚いたけど、火村さんは自分で言ってて納得している様子。

 ま、まあとにかく、姿が見えたのなら、後は成仏させるだけです。


 今度は現れた虎に向かって指を向け、再び詠唱を始める。

 使うのはさっきと違って、攻撃術だ。


「蕾に雨、華咲き誇れーー滅!」


 指から光の矢が放たれる。

 もちろん本物の矢ではなく、霊力で作られた矢。実体を持たない代わりに、霊にダメージを与えることができる、特別な矢だ。


 放たれたそれは真っ直ぐに飛び、虎を襲った。


「ガオォォォォォォッン!?」


 矢を受けた虎が、咆哮をあげる。

 よし、効いてる。後はこのまま、一気に浄化するだけ。


 だけどその時、虎に取り憑かれていた男性が、自らを縛っていた紐を引きちぎった。


「うわああああぁぁぁぁっ!」


 男性は声をあげて、私に向かってくる。

 しまった。あの人、まだ虎に操られたままなんだ。

 だけど気づいた時には男性は眼前へと迫っていて、強い力で両肩を押さえつけられた。


「きゃっ!?」

「前園ちゃん!」


 男性は正気を失った目で私を床に押し倒し、馬乗りにされる。

 痛っ! 反撃されるなんて、思ってなかった。早く、早く何とかしないと。


 だけど焦ると頭が回らずに、次にどうすればいいかが浮かんでこない。

 どうすればいい? どうすれば……。


「ガアアアアァァァァッ!」


 男性は雄叫びを上げ、その口で私の喉笛に噛みつこうとする。

 やられる! そう思ったその時


「除霊キーック!」

「グアッ!?」


 声と共に、男性が大きく吹っ飛んだ。


 火村さんだ。火村さんが彼を蹴っ飛ばし、私を助けてくれたんだ。

 けど、除霊キックって? ただの飛び蹴りに見えたけど。


「ほら前園ちゃん。ボーッとしてないで、早く浄化する!」

「は、はい! 蕾に雨、華咲き誇れーー浄!」

「グオオオオォォォォッ!?」


 男性が。いや、彼に憑いていた虎の霊が、叫びを上げる。

 けど大丈夫。私が今使っているのは、迷える霊を成仏させる浄化の術。


 あの虎の霊を、向こう側へと送るんだ。


「大丈夫、向こうはきっといい所だから。ゆっくりおやすみなさい」

「ガルルゥ」


 虎はさっきまで暴れていたのが嘘のように大人しい鳴き声をしながら、最後は穏やかな様子で消えていった。


 ……浄化、完了。


「お疲れ、初めてにしてはやるじゃない」

「火村さん……。ごめんなさい。途中油断して、反撃を食らっちゃいました」

「そうだね。けど、あれはアタシのミスでもある。もうちょい上手くフォローに入っていれば良かったのに、対応が遅れた。ゴメンね、痛い思いさせて」


 失敗したのは私なのに、火村さんは申し訳なさそうに謝ってくる。


「実は言うと、後輩を持つのは初めてなんだ。頼り無い先輩で悪いけど、アタシも頑張るから。これから二人で成長していこう」


 火村さんはニッと笑うと、床に座り込んでいた私に手をさしのべててき、その笑顔に思わずドキッとする。


 頼り無いだなんてとんでもない。優しくて、信頼できる先輩じゃないですか。


「私の方こそ油断してピンチになっちゃうようなヒヨッ子ですけど、どうかよろしくお願いします」


 私はお礼を述べながら、火村さんの手を取るのだった。


 ◇◆◇◆


「それでね。その野郎ってば祓い屋のことを、中二病っぽいだのぬかしたわけよ!」


 ジョッキに入ったビールを一気飲みした火村さんが、腹立たしそうに声を張り上げる。


 ここは祓い屋事務所の近くにある居酒屋。

 虎と戦った日の夜、火村さんが私の歓迎会をしてくれるって言ってくれて、飲みに誘われたんだど。


 その火村さんがすっかり酔っぱらってしまい、今は元カレの愚痴に付き合わされている。


「幽霊が見えるってだけでイタイ奴って思われるだなんて、前園ちゃんも酷いと思わない?」

「は、はあ。そうですね」

「分かる? 分かってくれる? 前園ちゃんはいい子だねえ。あの最低野郎とは大違い。まったく、男なんてみんなバカばっかりだー!」


 ぷりぷりと怒りながら、さらにビールを飲む火村さん。


 い、言えない。私が霊感体質だって事を受け入れて、付き合っている彼氏がいるだなんて、口が割けても言えない!


「男なんてもうしらない! アタシ前園ちゃんと結婚するー!」

「きゃー! だ、抱きつかないでくださーい!」


 バチーン!


 はっ、いけない。思わず先輩を平手打ちしちゃった。

 けど火村さんは怒る様子もなく、「わっはっは」と大口を開けて笑っている。


 火村さん、お酒を飲むとこんなになっちゃうんですね。

 なんと言うか……面倒くさっ!


 そんな私の心中などつゆしらず、火村さんはまだまだ飲み続ける。


 ああ、そう言えば酷くお酒に酔うことを『虎になる』って言うけど。

 どうやらこの虎は昼間戦った虎よりも、ずっと手強そうだ。



 了


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