異世界料理研究家、リュウジ短編集⑦〜KAC2022に参加します〜
ふぃふてぃ
デビルクラーケンの大タコ焼き
ピューイが港町カーベルンの海辺を滑空する。ピューイは暖色系の羽根の生えた小鳥。半年前に卵から孵化したばかりのグリフォンの亜種だ。
小さなグリフィンは見た目とは裏腹に素早く急降下すると、自分より大きな魚、ルピワグナを啄んだ。
「また不細工な魚を食べんの」
「まぁ、任せとけって、ルティ。また美味く料理してやるよ」
俺は異世界料理研究家リュウジ。異世界のあらゆるモノを調理して……。
「リュウジ。ちょっと――!」
「なんだよ」
浜辺に群がる爬虫類のような、鳥のような……
「なんだ、アレは!?」
「野生のワイバーンよ」
飛竜、翼竜とも呼ばれるワイバーンはコウモリのような羽をはためかせる。鷲のような鳥足に、爬虫類のような皮膚。体躯はグリフォンやコカトリスより小さいが動きは素早い。
機敏なワイバーン三体を相手にして、一人の女性が弓で応戦している。ルティは鼻息を荒くして走り出す。お節介の血が騒ぐという奴だろう。彼女のそういうところは、嫌いじゃない。
「リュウジ!行くわよ」
「お、おう」
俊敏な滑空。ワイバーンの翼から放たれる鋭い風圧がカマイタチを作る。俺は風刃をフライパンで防ぐも服の所々が切れ、浅傷でじんわりと血が滲む。
「終わりなき凝結。刹那に散り行く水霊たちの宴。凍てつく氷は
ルティの詠唱。浜辺の潮風が冷気を帯びる。
「アイスニードル!」
少女の手に持つダガーから放たれた氷の飛礫は、一体のワイバーンを貫く!まだ、残り二匹。敏捷な滑空に翻弄される。
「こうなるんだったら、フィリスも連れてくれるんだったな」
「無理を言わないの。仮とはいえ子供食堂を空ける訳にはいかないでしょ」
「確かに!」
――子供達を飢えさせれ訳にはいかないよな
リゼルハイムの食料自給率は40%と他国の水準より低い。食糧のほとんどを、グリフォン貿易によるディシュバーニー帝国からの輸入に依存している。古くから作られている小麦を除いての自給率はベスティア大陸でも最低水準なのだそうだ。
肉類はオークや浮雲羊のような食用認定された魔獣で補えるが、サカナは貴重で価格は大きく変動する。俺達の福祉ギルド「満腹食堂(仮)」は更なる栄養バランスという壁を乗り切る為にカーベルンの港町に来ていた。
「でも、どうするんだよ。アイツら早すぎるって」
空を飛び回るワイバーンの攻撃を防ぎつつ、ピューイが威嚇して火を吐く。ルティの魔法で決定打を狙いたいが有効なヒットは未だ無い。
「あぁ、もう!」と苛立ちを隠さず、膨れっ面のルティを横目に、先程の女性が駆け寄る。
「
俺達のまわりを渦巻く様にして、一陣の風が駆け抜ける。
「ウィンドアロー!」
彼女は勇ましい発声と共に、矢のない弓を弾く。すると一頭、更に一頭とワイバーンが墜落。目を凝らす。空を自在に飛び交う空気の塊。明らかに密度を感じる無色の鋭利な矢は、躍るように敵を追尾し、素早いワイバーンを捉えていた。
「大丈夫か?」俺はルティと共に女性に歩み寄る。
「ありがとう。助かったよ……って、君の方が傷だらけだけど……」
長くたなびく赤髪のポニーテールが揺らる。歳はルティより少し年上くらいだろうか。顔つきは鋭くも、あどけなさが残る。
「あっ!」とルティが声をあげる。三体のワイバーンはよろよろと立ち上がり、海の方へと飛び去っていった。
「また来そうだね。とりあえず、傷の手当てをしないと。何もないけどさ。ウチに寄って行きなよ。あたしの名はナタリー。ナタリー・ダリア。よろしく!」
「よろしく。ルルティア・コネクト。みんなはルティって呼ぶわ」
「俺はリュウジだ。よろしく」
○
浜辺から歩いて間もなく、名の無い小さな村に行き着く。簡素な小屋が建ち並ぶ。
中央に位置する平家も、広そうだが壁は板を継ぎ接ぎして作られている。建て付けの悪い戸を開けて中へと入った。
「ワイバーン。また来るのかな?」
「間違いなく来るよ。浜辺に打ち上げられていた巨大ダコは見たかい?」
ナタリーの声に部屋の隅にいた子供達がワラワラと出てきた。遅れて村人達の姿も見える。
「此処は?」
「集会所みたいな所かな。実は私も二週間前に海を渡って来て、この村に厄介になってる。今は居候みたいな感じ。もともと、出身は海の向こう、ディシュバーニー帝国なんだ」
「さて、話を戻そうか」と彼女は床に腰掛けた。俺達も腰を据える。
「なんで、タコが?問題になってるのはワイバーンだろ」
「ちょうど自分がカーベルンに着いた時から問題になってるんだけど……」
「魔獣は魔獣を喰らうから。魔獣を誘き寄せるのね」
「ルティは飲み込みが早いね。その通りだよ。巨大ダコはデビルクラーケンという魔獣なんだ」
「へへ〜ん」とドヤ顔を見せつけるルティに、ちょっとばかり苛立ちを覚える。
「だったらギルドにでも駆除要請するば良いだけじゃないか」
「リュウジ。それは浅はかだ。此処はカーベルンの街から離れた名も無い村。利益が無い以上ギルドが動く事はないよ。デビルクラーケンが朽ちるのを待つほかない。言わば耐久戦だ」
「朽ちるまでどのくらいかかるんだ?」
「文献では一か月。強力な魔力を保持した魔獣は酸化されにくく腐敗に時間がかかると言われている」
「でもルティ。ボスボアの時は別に大丈夫だったよな」
「だって、あれはシチューにして食べたから……」
俺とルティは顔を見合わせた。
「「食べればいいんだ!」」
「ちょ、ちょっと、デビルクラーケンを食べる。君達、面白い事を言うね。あんな大きい魔獣を、どうやって」
「まぁ、シンプルにタコ焼きだろうな」
「たこやき?」
「大丈夫。どうにかなるわよ!」
――それ、俺の言うセリフだけど……
○
「ヨシ、話は纏まった。じゃあ、手分けして。ルティは買い出し。ナタリーはクラーケンを解体して運べるだけ運んでくれ」
「クラーケンを村に運ぶ?直接に村が襲われる危険があるわ」
「ナタリー、頼む。この村を救いたいんだ。出来るだけ料理は素早く終わらせる。だから……」
不安は分かる。でも、やるしか無いんだ。最悪の場合、戦う可能性もある。でも、手をこまねいている時間もない。
「分かった。急ごう!」
彼女はニパッと明るく声をかけてくれた。
○
クラーケンを食べやすい大きさにカット。キャベツ、青ネギ、酢漬けのバリンジュの根はみじん切りにする。ボールには米粉、卵、牛乳、水とカーベルン産の昆布と鰹節で作った合わせ出し。生地の材料を入れて混ぜる。
フライパンに油をひいて熱し、生地を注ぎ入れる。まわりが焼けてきたところで具を散らし、火が通ってきたところで、ひっくり返す。
ふんわりと焼けた生地を小口大に切り、自家製のソースとマヨネーズ。カーベルン産の削り節と青のりをかけて完成。
「美味しい!」誰が声を上げたか、この一声が火種となって「美味いメシが腹いっぱい食える」と村中に話題は広がった。
次々と集会所へ訪れる村人が食べや歌えやと翌日まで宴会は続き、「美味い、美味い」と言っては同じ顔が何度も訪れた。
「もう切らんで良い。そのままクレ!」
「美味しい。おかわり」
「もう食えない。幸せ」
「ありがとう。助かった。これで自分も心置きなく出立できる。それにしてもルナの奴にも困ったものだ。マーガレットの危機だと言うのに……」
「ルナって」
「済まない。口が滑った忘れてくれ」
「ルナって。ルナ・ガルデニア?」
驚く彼女に、俺たちはコレまでの経緯を説明した。海で遭難中に助けられた事。ピューイについて教わり、無事にカーベルンに戻って来れた事。そして、二日前に別れた事。
「カーベルンからは北にしか移動できないハズよ」
「俺らも、北へ、リゼルハイムに帰るところなんだ。一緒に、ピューイに乗って行くか?」
小鳥程度の大きさのピューイの背中をわしわしと撫でる。ワイバーンより大きく膨張するピューイの体躯。その姿を見ても、ナタリーは驚いた表情も見せず、冷静に首を振った。
「申し出は嬉しいが、これ以上は君達を巻き込む訳にはいかないよ。それに、ルナの奴を追い越すかもしれない」
「水臭いわね。まっアンタがそう言うなら良いわ。もし、力が必要になった時はリゼルハイムの満腹食堂を頼って頂戴。まだ仮のギルドだけど、私達が力になるわ」
「ありがとう。君達も気をつけて」
こうして俺たちは別れ。互いの目的地を目指した。異世界に飛ばされ、数多くの出会いと別れを味わった。多種多様な知見に触れた。そして、今回のナタリーとの出会いもまた、例外では無い。
この世界は思っていた以上に危機に瀕している。大人達は争い。水面下では命のやり取りを繰り返されている。金に翻弄され力有し者は暴れ、力無き者は怯える。子供達は食に飢え、愛情に飢えながら生活をしている。
「食で世界を救う」
――軽々しく口に出していたものだな
これが夢にまで見た異世界の真実。現状なのだ。
異世界料理研究家、リュウジ短編集⑦〜KAC2022に参加します〜 ふぃふてぃ @about50percent
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