あなたの小説の本当の価値は?

藍豆

あなたの小説の本当の価値は?

 面白さや興味は人によって違います。しかも絶えず変化していく。皆さんもそうですよね? 何かに夢中になったり、飽きたりした経験は誰にでもあるはずです。

 このように不確実なものゆえ、流行は予測がつきません。まぐれ当たりはあっても、確実に予測できる人などいないのです。口には出さないでしょうが、本当は出版関係者だって先の流行なんか読めていないのでしょう。その証左とばかりに、世の中は出版不況。売り出された小説の大半は売れず、読者の迷惑も考えず次々と打ち切りに。


 さて、こんな状況下で彼らはどんな戦略をとっているのでしょうか? 大きく分けて二通り考えられます。

 一つは「自ら流行を作り出す」こと。例えば、ネット広告をジャックするくらいの勢いで攻勢をかけ、動画配信サイトの著名なレビュワーに大枚を掴ませ宣伝させる。ある程度の水準を満たす作品なら、これだけで相当数が売れるでしょう。

 しかし、このやり方には莫大な広告宣伝費がかかります。某少年誌の人気漫画のように大ヒットすればリターンも大きいですが、なかなかそこまでは見込めない。

 そこで彼らは「売れると思しき根拠を備えた作品」に目を付けました。これが二つ目の戦略であり、おそらくは主流です。

 売れると思しき根拠とは何か? 色々ありますが、例えば芸能人や専門家などのネームバリューがそれにあたります。小説の内容とは無関係ながらも、肩書きに釣られる客はそれなりにいるようで。お笑い芸人を持ち上げる企画とか、最近よく見かけますよね。SNSで多数のフォロワーを抱えるユーザーを起用するのも、同じ手法といえるでしょう。

 これに類するものとして、皆さんご存知の小説投稿サイトの評価があります。つまり「すでに評価されているものなら売れる」と、そういう理屈。しかし、いざ書籍化してみると思ったほどではない。なぜか?

 まず思い付くのは、投稿サイトならではの事前公開という欠点。ようするに無料で読めるもの、あるいはすでに読み終えたものにわざわざ金を出す人は多くないという話です。

 それに加え投稿者の多くが実感するのが、評価の信憑性の低さ。ネットカフェや学校、職場など接続環境を変えればいくらでも自己評価できてしまうし、自主企画には毎日のように巧みな言い回しの相互評価の呼び掛けが並びます。試しにその手の企画を一部始終を観察してみたところ、三桁もの評価(星)を荒稼ぎした猛者もいました。「評価をくれた方には必ずお返しします」系の企画を、誘い文句を変えて何度も繰り返し立ち上げるわけです。ある意味、スゴい執念ですね。

 まあ、仮に真っ当な評価をするユーザーがいても、冒頭で述べたように面白さや興味は人それぞれなわけでして。一部の人の嗜好が必ず売れるとは限らない。そもそも小説投稿サイトというのは、出版側の思惑により一部のマニア向け作品が幅を利かせているわけで、当然そういう趣味嗜好の読者が集まりやすい場所です。具体的にいえば、萌えやエログロ好きのマニア層。潜在的な数も含めた客層全体からみれば、ごくわずかな人数です。

 そんなマニアックな環境下での評価を頼りに全ての掲載作品をふるいにかけるというのは、あまり賢いやり方とはいえません。おそらく相当な数のダイヤの原石を埋もれさせていることでしょう。それでも頼らざるを得ないのは、動かせる予算が少ない若手編集者の悲しい現実、あるいは審美眼を磨く努力を怠った業界人の末路といったところでしょうか。

 参考までに数字を見てみると、ラノベ業界では発行部数10万部ならそこそこ人気。日本の15歳以上60歳未満の人口は2020年の統計から少なく見積もってもおよそ6千600万人ですから、10万部で計算すると全部売れたとしても約0.15パーセント。仮に読書をする人が6千600万人のうちの一割しかいないとしても、10万部という数はたった1.5パーセントにしかなりません。買っているのは、ほんの一握りの人間ということがよくわかります。これをあたかも全体的傾向であるかのように「ラノベが売れる時代」などと語る人もいますが、わずか1%前後の数を全体的と捉えるのはどうなんでしょうね? ビジネスとしては残りの99%からもっと多数派になり得る客層を開拓すべきだと思いますし、そこに注力してこそ出版不況下での企業の将来性が見いだせるというものです。


 さて、このように出版に際して用いられる判断材料はおそらくネームバリューやサイト上の評価といった、一見すると客観性や確実性が見込まれそうなファクターになります。ただ残念なことに、それらは質や面白さを保証する指標とは言い難いのです。なぜなら有名人だから面白い小説が書けるわけではないし、サイト上の評価は信憑性が低いから。さらには一部の関係者が、「やさしい文章」と「若者風の口語体」を履き違えたことにも質を下げた原因があると思われます。

 出版関係者の多くは腹のうちでこの事に気付いているはず。それでも頼るしかないという残念な実状。彼らなりにどうしようもないジレンマを抱えているのかもしれませんね。まあ、掴み所のない投機ビジネスですから、仕方ありませんけど。

 そのように不確実な業界なので、少し潮目が変わればあなたの小説が脚光を浴びる日が来るかもしれません。むしろ、今の歯止めのきかない刺激競争と語彙力低下のなかで注目されないのは、あなたの文章や作風が真っ当なものだからでは? 流行は循環すると言いますし、現に著名なレビュワーの影響で古い小説や文芸作品が売れるという現象もチラホラ見られます。コロナ禍による自宅時間の増加により、ラノベではなく児童書の売り上げが伸びたというデータもあるわけで、少しずつ何かが変わってきているのかもしれません。

 個人的には、40~50代向けの小説が注目される時代が来ると期待しています。数年前に大手出版社が調査したところによると、当時の主力購買層は30~40代。どんな人たちかといえば、漫画やアニメなどが爆発的に世に浸透した時代に成長し、それらにお金をかけることが当たり前だった世代です。彼らが年をとるにつれ主力購買層の年齢も上がることが予想されます。同時に社会人として責任ある立場を過ごした彼らの嗜好は、自然と大人向けの落ち着きと深みのある作風へとシフトしていく。真っ当な大人向け小説が売れる時代が来るかもしれないというわけです。まあ、そうであってほしいという個人的な願望ですけど……。

 とにもかくにも、仮にそうなった場合のラノベの行く末を想像すると、漫画の原作に集約されていくのではないかと思いました。セリフや擬音語だらけという点からして、もともと小説というよりは脚本に近い形態のものですし、出版分野における占有率も伸び率も漫画の方が圧倒的。現在の「小説→コミカライズ」という流れは「コミック→原作小説」という形に変わるのではないかと予想します。つまり、コミックで人気の出た作品だけがようやく小説として出版の権利を得る。しかもその執筆は、小説の主力購買層に通じる腕を持つ別の小説家の手に委ねられるというわけです。そういうビジネスモデルの方が出版社としてもリスクが少ないですからね。


 長々と脱線しましたが、結論としては現在売り出されている小説の多くは前述の通り。別に出版されたから優れているわけではなく、その中で真に評価されるような質の作品はほんの一握りだけ。大半は、たまたま編集者の個人的な趣味に合ったものや、偏った評価によって選出された凡作揃い。あるいは小説とは関係のない分野で名を売った著名人が書いたものや、出版業界OBやOGがコネを利用しただけなど、そんな程度です。同じ販売ルートにのせれば、同等以上の結果を出せる埋もれた作品は山ほどあるでしょう。

 ゆえに今のあなたの作品への評価は妥当とはいえないし、一部の偏った嗜好や当てにならない指標を理由に売れないとかつまらないなどと断定されるべきものでもない。きっとそれが真実なのです。

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