第21話 スマートフォン②
龍一は今朝の事を思い返しながら、頭を悩ませていた。
椎名とは下駄箱で別れた。そこで帰りの待ち合わせ場所も確認し、お昼も一緒に食べるという約束もした。椎名は嬉しそうに笑っていたが、龍一にはその笑顔の裏に何か影が落ちているように感じた。
思い返せば、駅のエントランスで三浦に会った時からおかしかった気がする。しかし、龍一には何が彼女をそうさせているのかが分からなかった。
「うわぁー、分かんねぇ!」
「――ぅおわっ! びっくりした!」
龍一が振り返ると、驚いた顔をした友人二人の姿があった。どうやら、丁度話しかけるために肩を叩こうとしていたところだったらしく、佐藤の右手が不自然な位置で固まっている。
「あ、悪い」
龍一は素直に謝る。すると、二人はぱっと顔を見合わせて龍一の前の空いている席に腰かける。
「どうしたのさ。そんなに頭を抱えて」
「あぁ、実は――」
龍一は朝の出来事を二人に話す。一緒に登校することになった経緯は昨晩話しているので、二人とも知っている事だったので説明は省いたが、それ以外は大体話した。
龍一の話は終わった直後、長めの前髪をした佐藤が声を上げる。
「――え、それって焼きもちでしょ?」
「……椎名が、俺に?」
「それ以外ないっしょ。三浦さんと仲良さそうに話してたから嫉妬したんじゃん?」
龍一は佐藤の言葉を素直に受け止められなかった。しかし、佐藤が言っている事を前提に今朝の出来事を振り返ってみると、色々と納得できる部分も多い事は確かだった。
「その直前に何の話してたか覚えてる?」
須郷から質問が飛んでくる。三浦が来る前、ベンチで座って話していた内容は……。
「……確か、スマホを持っていたことに驚かれたな。佐藤と須郷くらいしか連絡先を持っていないって話して、そこに三浦が来たって感じだったな」
「んじゃあ、きっと連絡先を交換したかったんだろうなぁ」
「俺もそう思う。で、そこに椎名さんの知らない大人っぽい先輩が来て決意が揺らいだって、そういうところかな。椎名さん、気を遣って花田くんにはバレないように表情を作ってたんだろうな」
二人の言葉を、龍一は自分の頭の中で処理する。椎名がとても気遣い人なのは、龍一もよく知っている。クラスマッチの日の昼食の時もそうだったし、直近で言うと彼女が両親に気を遣っていたことも知っている。
「……そうか。確かに、椎名ならそうしそうだな」
「んじゃあ、昼休みにでも連絡先交換してこいよ!」
「……あぁ、そうだな」
龍一は、普段ならば学校につき次第鞄に仕舞う四角の電子板をポケットに忍ばせつつ、少し気恥ずかしい気持ちをかみしめていた。
◇
「――はぁぁ、あたし、感じ悪かったかな……」
うな垂れる椎名を見て、親友二人は顔を見合わせる。普段はニコニコしながら朝の「棘の龍一」情報を報告してくるのだが、一緒に登校してきた日に限って第一声に後悔の念が込められていた。
みいちゃんこと高野美穂は、そんな親友の姿を心配そうに見つめながら声をかける。
「どうしたの、何か死にそうな顔してるけど」
「……みいちゃん。花田先輩って、やっぱりモテるんだよ」
「え、何、またラブレターでも入ってたの?」
「……今回は綺麗な先輩が話しかけてきたの」
しいちゃんこと三田村詩乃が何故か食い気味に「ラブレター」の件を聞いて来るが椎名は首を横に振ってそれを否定し、その上で今朝の出来事を少し話した。
「へぇー、今度は男じゃなかったんだ。で、それで落ち込んでるの?」
「……うん」
「こころ、自信持ちなって! あの『棘の龍一』をあれだけ揉み解したんだからさ」
「花田先輩は何も変わってないよ……。もともと優しかったもん。それを周りの人が気付き始めたってだけで……」
再びうな垂れる椎名。
「……これは重症だね」
「ですな」
美穂は椎名の肩を優しく叩く。
「――諦める?」
椎名は勢いよく顔を上げる。以前、何度も同じような言葉を掛けられたが、今回のは諭すような声だった。美穂も、勿論詩乃だって椎名には恋を成就させてほしい。それに、まだ少ししか知らないが、龍一が噂ほどひどい人間じゃないことは、二人にも伝わっていた。だから、こんなことで親友には諦めてほしくはなかったのだ。
椎名は首を横に振る。顔には、さっきまでの情けない表情ではなく、なにか覚悟を決めた強い女の顔があった。
「……ううん、あたし諦めない!」
「じゃあ、頑張んなよ!」
詩乃は強く椎名の背中を叩いた。椎名は親友の激励を受けて、小さな手を握り締めた。
◇
昼休み、青とピンクの弁当包みを握り締めた二人は戦場へ赴いた。
埃っぽい踊り場の、誰も立ち入らない不可侵領域に先に到着したのは小柄な女子生徒だった。今朝、頑張って結った髪に少し触れながら、掌よりも少し大きなスマートフォンを握り締める。
すると、もう一人の侵入者が踊り場を訪れる。大柄で鋭い目つきの男子生徒は、そんな女子の姿を見て自然と右のポケットに忍ばせている四角の板に触れる。
「……椎名、早かったんだな」
「は、はい! あたしのクラス、授業がちょっとだけ早く終わったから……」
上目遣いの椎名を見て、龍一はゴクリと喉を鳴らす。よくよく考えれば、連絡先交換を申し出るのは今回が初めてだった。以前、佐藤と須郷と連絡先を交換した時は、二人からの提案で、龍一からお願いしたわけではなかった。勿論、嬉しかったし少し気恥ずかしい感情もあったのだが、今の顔から火が出そうなほどの羞恥心にはかなわない。
龍一はゆっくりと歩みを進めて、いつも弁当を食べている馴染みの場所に腰を下ろす。椎名も龍一が座る位置は知っているので、目の前に龍一が座っても驚きはしない。しかし、今日は違った。
「あのな、椎名! これ、俺の、その……」
龍一が差し出した画面には、QRコードが表示されていた。椎名は、少し驚きながら龍一の顔を見る。すると、いつもは照れたりしないのに、真っ赤になった龍一の顔があった。
「……いいんですか?」
椎名はそう呟く。すると、龍一は真っ赤な顔を縦に振る。
「その、なんだ。これから毎日一緒に登校するわけだし、連絡先を交換してないと不便だろ? それに、お前は俺の、初めて出来た大事な友達だしな……」
「初めて出来た、大事な友達……。大事な……」
椎名はそう呟きながら、既に開かれていた画面でQRコードを読み込む。そして、スマホ画面に映る「花田龍一」という文字を見つめながら自然と表情を綻ばせた。
どこか気恥ずかしく、それでいてどこか幸せな空気が二人を包み込んでいた。
呪いのメッキが剥がれたら 花咲き荘 @hanasakisou
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