百億の夜を越えて

澤田慎梧

百億の夜を越えて

 ――ピピピピッ! ピピピピッ!


 来客を告げる耳障りな呼び出し音が万年床に響き渡っていた。

 ゆっくりと目を開き、焦点の定まらぬ目をこすりながら、きしむ体にムチ打って首を巡らし時計を確認する。

 ……予想よりも随分と早い。あと百万年は眠っていたかったのに。

 まあ、来客ならば仕方あるまい。


 ゆっくりと揺りかごのような寝床から這い出る。

 長いこと眠っていたせいで、いたるところの関節がバキバキになっている。毎度のことだが、これだけで起きるのが嫌になる。


 軽く伸びをしてから最低限の身だしなみを整えて、モニターの前に立つ。

 点滅しているボタンを押すと、軽いノイズと共に画面が起動し「来客」が姿を現した。


「やあ」

「やあ、こんにちは。それとも、おはようの方が正解ですか?」

「後者だな。こちとら、あと一千万年は眠っていたかったんだが」

「それは悪いことをしましたね。でも、ルールはルールですから」

「ハハッ、分かってるよ。軽いジョークだ。気を悪くしないでくれ」


 モニターの中に現れた若いラテン系と思しき男と、小粋なジョークを挟みながらはじめましてアンシャンテの挨拶を交わす。

 俺好みの黒髪スレンダー美女じゃないのは残念で残念でたまらないが、久々の来客には違いない。僅かな時間だが、会話を楽しむとしよう。


「そちらさんはだい?」

「僕は四度目ですね」

「へぇ! そいつは運がいいのやら悪いのやら。全部その……男だったのかい?」

ええシィ。残念ながら。そちらは?」

「俺はアンタで二人目だね。前回は……うへぇ、思い出したくもねぇや」

「なにかあったのですか?」

「聞いて面白い話じゃねえぞ?」

「怖い話なら好物だから大丈夫ですよ」

「そうか? ……実はな、前回の『お客さん』は女性だったんだよ。モニター越しの彼女はブロンドのグラマー美人だったんだが、いざ招き入れてみれば――実物は、とびきり年上だったんだよ! お引き取り願うのに苦労したんだぜ、ホント」

「うへぇ……。それ、違法じゃないですか」


 笑顔だった男の顔が引きつる。恐らく、自分が同じ目に遭った時のことを想像して、身震いしているのだろう。


「それはなんとも、災難でしたね」

「ああ、アンタも気を付けろよ。一応、ソイツのIDを送っておくからNG登録しておきな。――まあ、出会うことなんてないだろうけどさ」

「念には念を、ですね」

「そうそう」


 二人して苦笑いする。

 ――と、画面にノイズが混じり始めた。どうやら、もう時間らしい。


「……早いですね。もうお別れか」

「こればっかりは仕方ねぇさ。――っと、データリンクも完了、と。お互いに目新しい情報は無し、か」

「いえいえ。こちらは貴重なNG情報をいただきましたよ」

「ハハッ! そいつが役に立たないことを願ってるぜ!」

「ありがとうございます。では――またいつかアスタ・ラ・ビスタ!」

「おう、良い旅をボン・ボヤージュ!」


 別れの挨拶が交わされるのを待っていたかのように、モニターがノイズだけを映し、消える。

 出会いはいつも突然で、別れもやっぱり突然だ。

 でも、後に残るものは確かにある。一抹の寂しさと、未来への仄かな希望が。


 一つため息を吐いてから、万年床へと戻り計器のチェックをする。

 ――オールグリーン。設計上、トラブルさえなければ、はずだ。


「次こそは黒髪スレンダー美女と出会えますように」


 切なる祈りを込めながら、俺を永い眠りへと誘うスイッチを押し――静かで優しい闇へと落ちていった。



   ***


 ――遥かな未来。人類はその版図を宇宙全体へと広げていた。

 しかし、愚かなる人類は星系という星系を食いつぶし、遂には全宇宙から人類が生存可能な惑星が消滅してしまった。

 生存圏を失った人類は、急激にその数を減らしていった。


 わずかに生き残った人類は、恒星間移動船を改良した仮の住まいへと退避したが、すぐに資源が底をつくことは明白であった。

 彼らは宇宙線や重力波により半永久駆動する休眠カプセルへと入り、永い眠りにつくことにした。


 人類が荒らしつくした宇宙であったが、未だに新たな惑星は生まれつつある。その中で僅かに発生するであろう地球型惑星の誕生に賭けたのだ。

 マザーコンピューターの計算によれば、人類が生存可能な惑星の誕生まで、最短でも五十億年、最長で百億年。

 その永い時間を眠って待つことを、人類は選んだのだった。


 その眠りについた人類の中に、母艦にトラブルが生じた時のとして、個別に大宇宙へと放流された者達がいた。

 人類政府によって選抜された、数万人の若者達が、それだ。

 彼らのカプセルは新惑星の誕生が予測される銀河を巡回するよう射出され、個別に周回することとなった。


 だが、いくら休眠状態にあるとはいえ、最長で百億年の孤独を過ごすという事実は、人間の精神が耐えられるものではない。

 そこで人類政府は、アトランダムにそれぞれのカプセルがニアミスするよう軌道を修正するプログラムを追加した。


 カプセル同士がニアミスすると、休眠者は一時的に覚醒。わずか十数分の会話と、巡回中にAIが収集した観測データの交換が行われる。

 その際、休眠者同士の「馬が合った」場合は、カプセル同士を合体させ、以降は運命共同体として周回を共にするという、「カップリング」システムも導入した。


 仕組まれたものではなく、偶然の出会いという神の御業によって、人間の精神の平衡を保とうとしたのだ。


 この試みは、計画が始まって数億年が経った今のところ、まずまずの成功を収めているようだった。

 不正に計画に入り込んだ者や、不埒なことを考える者を排除する仕組みも正常に機能している。


 唯一の問題は、ニアミスの頻度がおおよそ百万年から一千万年に一度という低頻度であることだが、百億の時を待つ彼らにとっては、些末なことであろう。


 彼らの出会いと別れを繰り返す旅路は、まだまだ始まったばかりなのだから――。


(了)

 

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百億の夜を越えて 澤田慎梧 @sumigoro

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