12.舞い散る野郎共
「あー... つまんねえ〜 これもう飽きたわ。別のないのかよ」
「お前なぁ... 飽きるの早すぎだろ。これ仕入れたの一昨日だぞ?」
「そりゃそうだろ、こんなしけた所でこんなしみったれたゲームなんてやってられっか! なー、女呼んで遊ぼうぜ」
「お頭に見つかったらドヤされるぞ。一応、見張りの仕事中なんだからよ」
「お頭は硬すぎるんだよ! 騎士共が俺らを嗅ぎつけられるわけねえんだしよ! もっと肩の力抜けよなぁ!」
「お頭の用心深さは今に始まった事じゃないだろ? それに来るのが騎士団だけとは限らない。敵対関係にある同業者も来るかもしれないだろ?」
「俺らにちょっかい出せる程の大きい組織がこんなスラム街にいるわけねえだろ」
「まあそれもそうだが」
「なーやっぱ女呼ぼうぜ! あんないいカラダしてる女攫ってきてお預け食らってるんだぜ? ムラムラして仕方ねえんだよ」
「お前なぁ... こうしてゲームさせてくれるだけで十分だろ。もし女で遊んでる所見つかったらなんて言われるか分かったもんじゃ...」
...キィ.....
「ん? なんだ? なんか音がしなかったか?」
「あ、ああ... ちょっと見てこいよ」
「...こんばんわ、夜分遅くに失礼するわね」
「うお! びっくりしたぁ! 女?」
「ちょっと迷っちゃって、道を聞きたいのだけれど」
「へぇ...いい女じゃん、嬢ちゃん俺が教えてやんよ」
「おい待て、鍵かけてなかったか? この女どうやって中に入ったんだ?」
「知らねぇよ、かけ忘れたんじゃねえの? それよか ほら、こっち来いよ嬢ちゃん。少し休んでけ」
「あら、親切なのね。それじゃお言葉に甘えて」
「ヘヘッ、マジでいい女だな... なぁ嬢ちゃん、こんな夜中にひとりでこんな所に来ちゃわるーいオオカミさんに食べられちゃうぞ?」
「あら怖い、オオカミなんて出るの?」
「ああ出るぜ? 怖くて乱暴でいやらしいオオカミがな、例えば... 俺とかなぁ!! ひでぶっ!!」
「あら、オオカミってあなたの事だったの? ごめんなさい、子犬にしか見えなかったわ」
「な、このメスガキが! 何しやがったああ!! おごふっ!!」
__________
アイシャにやってみたい事があるから少し待っといて、そう言われ家のドアの前で待つこと5分、どうやら終わったようだ。
部屋に入ると、ふたりの屈強な男が絵画の如く無様に壁に埋もれていた。
「うわぁ... これはひどい」
「1回やってみたかったのよ。こういう絵に書いたようなゴロツキ共を爽快に張り倒すのを」
アイシャは上機嫌に答える。確かに護衛の厚い皇女様にはこういう経験は乏しいのだろうがなんというか、これがやってみたい事とは...いかがなものか。
「これからゴロツキ共を思う存分、相手にするんですからこんな入口で遊ばなくてもいいじゃないですか...」
「いいじゃない。地下に入ったら間髪入れずにかかってくるでしょうし」
「あー... 確かにこういう場面は地下に入ったらできなさそうですね... あっ、ありましたよ入口」
木製の床をまさぐっていると、切り込みを見つけた。恐らくここが地下への入口だ。だが扉を持ち上げる取っ手もなければ押しても引いてもビクともしない。
「どうやら仲間にしか開け閉め出来ないよう工作が施されてるようですね… 壁に埋まってる男を叩き起して開けさせますか」
「必要ないわ、どきなさい」
アイシャは入口に向けて杖を振る。詠唱も無ければ杖から何か放たれた訳でもないのだが、杖を振った瞬間、呼応するかのように入口が勢いよく爆ぜた。
「全く... 強引なことで」
「何か言った?」
「いえ何も」
「ならいいわ、さぁ行くわよルーク」
__________
「なんだてめぇら! ぐほっ!!」
「なんだこのガキ共は!? ぐえっ!!」
「このガキ共強いぞ! 応援呼んでこぐはぁ!!」
質素かつ狭小な地下の通路を進んでいく。
包み込むような冷気と野郎どものマヌケに吹き飛ぶ姿の組み合わせが実に混沌とした空気を醸し出している。
「アイシャ様ー... 俺にも任せてくれてもいいんですよー」
「こんな狭い通路だと接近戦で戦うあなたを巻き込まないで魔術を使うのも一苦労なのよ。必要になったら言うから大人しくしてなさい」
「しかし... 何もしないのもちょっと居心地が悪いというかなんというか...」
「うるさい、待て」
「...ワン」
襲い掛かってくる敵がまるで
「もうちょっとマシなのいないのかしら? 拍子抜けもいい所なんだけど」
「そろそろ出てきそうな頃なんですけどね...」
「出てきそうって何が?」
話しつつも通路を進むと広い空間へと出た。そこには大勢のゴロツキ共とひとり、明らかに他とは違う雰囲気を纏った大男が待っていた。
「バロンさん! あいつらです! やっちゃってください!」
「...おめぇら、あんなガキふたりに手を焼いてんのかよ。情けねぇヤツらだな」
「あなたも今からその情けない奴らの仲間入りをするのだけれど?」
「お? いいねお嬢ちゃん、こういう生意気なメスガキってなぶりがいがあるんだよなぁ」
対面してすぐに煽り合うふたり。その目はどこか楽しそうだった。
「ようやくマシなのが出てきたわね。ルーク、こいつがさっき言いかけてた奴?」
「ええ、バロン・スフィール、王国から指名手配されている裏組織御用達の用心棒です」
「強いの?」
「そこそこ、まぁ二人がかりなら5分もかかりませんよ」
「あ? おい、この俺をそこそこだァ? 舐めてんじゃねえよぶち殺すぞ!!」
「ふーん、大したことないわね」
「おい!
俺たちの不遜な態度にバロンは憤慨した様子だ。まあ初対面で対峙した相手がそこそこだの、大したことないだの言ったら誰でも怒りが湧くだろうが。
イカつい形相を更に際立たせ、こちらを睨み殺すかの如く見ている。あと数刻で戦闘が始まるだろう。
「ルーク、あなたは先に行きなさい」
「はい?」
思いもよらぬ言葉が飛んできた。
「なぜですか? ふたりで戦った方が効率的だと思いますけど」
「こいつ、強い方なんでしょ? 組織の切り札になり得るかもしれないくらいに。そんな奴がなんで序盤の入口付近にいるのよ、普通最も重要な最奥を守らせてるはずでしょ?」
「言われてみれば確かに、もっと奥にいても良さそうですが…」
「理由は簡単、他に切り札がいるのよ」
「...ライガ達が危ないかもですね」
「分かった? なら早く行って、大丈夫よ。私もすぐに追いつくから」
「分かりました。この場は頼みます」
俺は両足に力を込め、全力で続く通路へ疾走した。
「はっ! 行かせるかよ!!」
バロンは駆ける俺へ魔術を放つべく手を突き出す。が、バロンと俺の合間に業火が走りそれを阻止した。
「行かせてあげて、彼には大役を任せたの」
「...はっ! いい炎出すじゃねえか! 少しは楽しめそうだな」
ライガ達の元へ行くために通路を走る。走りつつも気がかりで顔だけ振り向き横目で広間を見やった。
バロンを含め大勢の男達に囲まれているアイシャ、遠近で小さくなっていく彼女の姿はいつしかの心もとない姿とは正反対で、強面の面々が並ぶ中でも埋もれずに存在感を放つ彼女の獅子が如く豪胆な姿があった。
胸の底にあった気がかりは消え去り、俺はただ前だけを見て駆けていた。
世界を滅ぼす人と魔の子の物語 @sakasami
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