ある女性の手記

とは

第1話 これはただの独白

 どうぞこんな文を書いている私の事を笑って下さいませ。 


 存在に気付いたのは、高校二年の寒い日のことでした。

 当たり前のようにそばにいたのに。

 それまで私はまったく気づいていなかったのです。

 

 そういった意味で『出会って』いたのは、もっと前と言ってもいいのかもしれません。


 今となっては名を呼ぶのも辛いのです。

 でもそうなると、読んでくださる皆さまには伝わりにくいですね。

 分かりやすくするために。

 ……そうですね。

 相手、と呼ぶことにしましょうか。


 理解してはいるのです。

 相手は私にただ『こなをかけている』だけなのだ。

 自分など、辺りにいるたくさんの女の一人にすぎないのだと。

 自覚したらもう駄目ですね。

 その時点で私の負けなのです。


 そんな幼く世間知らずの当時の私は、相手のことばかりを考えるようになっていきます。

 その存在を思うだけで心臓の鼓動は早まり、時には目を赤くして朝を迎える日もありました。

 毎朝、腫れたまぶたで現れる私の姿に、家族は当時たいへん驚いておりましたね。

 

 出会いというはじまりがあれば、いずれ来るもの。

 時が流れるのを止められないように。

 私の元にも『別れ』がやってきます。


 私の場合は、それは唐突にではなく次第に来るものでありました。

 ですから終わりのときが近づいているのを分かっておりましたし、肌で感じてもいました。

 冬の寒さから春の暖かさへ。

 あれだけ私を包みこむようにしてそばにいたはずの相手は、季節の移り変わりを嫌うかのように、少しずつ私から離れていきます。

 

 本当に静かに。

 桜の花が散り、新たに生まれた瑞々しい葉が風にそよぎだす頃に、私の元から完全に姿を消すのです。

 

 いなくなったにもかかわらず、その相手は私の心の大部分を占めて離そうとしません。



 ……花粉んんんん!

 お前っ!

 お前の事だよ!

 二月下旬からめっちゃアピールしてきやがってー!

 かゆいんだよ! 痛いんだよ!

 結構いい年齢になっている私は、お前さんのせいで出るくしゃみを変な体勢でしたために、腰を痛めてしまった事もあるんだよ!



 ……と叫んだところで、あなたはまた来るのですよね。


 よろしい、ならば立ち向かいましょう。

 日々進化するテクノロジーによって生まれし三種の神器。


 『マスク、目薬、点鼻薬てんびやく


 これを用いて今シーズンもあなたに向かい合いましょう。

 私と同じ思いを持つ、たくさんの仲間と共に。

 そう、私は一人ではない!

 その決意を表すためにここに私は手記をつづらせて頂きました。

 さぁ、仲間たちよ!

 ともに立ち上がれっ、……くしょい!


 ぐああああ!

 こっ、腰がぁぁぁ!


 ――彼女の手記は、ここで終っている。

 

 

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ある女性の手記 とは @toha108

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