いとしのラジ子

にゃべ♪

捨てられていたラジオの正体は

 その日、俺は下校途中にカラスが騒いでいる声を聞いてその場所に向かった。十羽以上いるだろうか? 真っ黒な塊が何かを攻撃しているように見える。

 カラス達の攻撃対象が猫ではないかと持った俺は、すぐにこの群れに突っ込んでいった。


「うおおおっ!」


 近付いただけでカラス達は一斉に飛び立つ。そして俺はカラスが何を襲っていたのか、その正体を確認した。


「……ラジオ?」


 そう、そこにあったのはパステルピンクでレトロフューチャーなデザインのラジオ。カラスが襲うたぐいの物じゃない。路上にはこのラジオしかなく、俺は首をひねるばかりだった。

 取り敢えずは謎も解け、猫もいなかったので俺はその場を去り帰宅する。


 部屋に入った俺は、机の上にラジオを置いた。


「取り敢えず、何か聞いてみっか」


 そう、俺はさっきのラジオを持って帰ってきていた。どうしてもスルーする事が出来なかったんだ。動かす事でカラスが襲っていた理由が分かるかも知れない。それにラジオ専用機を触るのは実は初めてで、そう言う好奇心が俺を突き動かしたんだと思う。

 プラグをコンセントに挿して、電源スイッチを入れる。後はアンテナを伸ばして、ダイヤルを回せばいいんだよな?


「ん?」


 ラジオは動かなかった。そもそもスピーカーから音が聞こえない。これではアンテナを動かそうがダイヤルを回そうが意味がない。どうにかならないかいじってみたものの、どうにもならなかった。機械的な知識もなかったので、俺は割とあっさりあきらめてプラグを抜く。


「まぁデザイン的に悪くないし、飾っとくか」


 と言う訳で、拾ったラジオは俺の部屋の一部になった。


 その後はいつもの生活をなぞるだけ。夜になって照明を消して布団に入る。また朝になったら起きて支度して学校に行って――。

 やがて眠気が襲ってきたので、そのまま意識は闇の中に沈んでいった。


「……ちょっと」

「……」

「ちょっと!」

「うあ?」


 真っ暗な部屋で誰かの声がする。まるで人気の女性声優のような可愛らしい声だ。その現象が怖くなった俺は飛び起きる。


「だ、誰っ! ……ですかぁ」


 部屋には人の気配はない。部屋を明るくすると、やっぱりそこには誰もいなかった。


「やっとチャンネルが合った。さっきは助けてくれてありがと」

「え?」


 その声は拾ってきたスピーカーから流れていた。俺はすぐにコンセントを確認する。当然プラグは挿さっていない。この怪奇現象に俺の腰は抜けた。


「おば、おばおばおばおば」

「失礼ね、おばけじゃないわよ。私は、えーと、あなた達の言う機械生命体」


 ラジオはそう言うとカシャカシャと人型に変形してみせた。あ、映画で見たやつだ。多分そうやって歩いていて、カラスに目をつけられたのだろう。何故か俺はこの事実を素直に受け入れていた。

 そして、映画で見た展開からイメージを膨らませる。


「と言う事は、宇宙船で地球に来たけどその船が壊れたとか?」

「あなた結構鋭いじゃない。まぁそんな感じよ」


 彼女はそう言って俺を褒める。SFでよくあるテンプレを言ってみただけなんだけどな。そして、そう言う物語を想起した俺はすぐにラジオに提案する。


「助けが来るまでここにいなよ。またカラスに襲われるよりいいだろ」

「本当? 助かる! えーと……」

「ああ、俺の名前はタカシ。君は?」

「私の名前は地球人には発音出来ないわ。あなたが決めて」


 いきなり名付けイベントが発生して俺は焦る。こう言うのはとても苦手なのだ。ゲームで主人公の名前に『ああああ』とかで済ませるのとは訳が違う。

 とは言え、宇宙から来たラジオに変身する機械生命体に相応しい名前なんてすぐに思いつける訳がない。悩みに悩んで、最後には頭がパンクした。


「じゃあ、ラジオだからラジ子で。何つって……」

「いいわ。じゃあ今から私はラジ子。よろしくね、タカシ」

「え、いいの?」

「いい名前よね。気に入った。有難う」


 彼女は本気で気に入ったのかニッコリと笑う。その小さな手で握手を求めてきたので俺も手を差し出した。


「うわ、何か暖かい」

「生きてるんだもん当然でしょ」

「だってさっきまでは」

「寝てる時は冷たくなるものでしょ」


 どうやら機械生命体は眠ると完全に物質になるようだ。ただ、起きていると人間みたいに暖かくなるものらしい。色々謎も解けて安心すると、また眠気が襲ってきた。夜中の2時だもん、そりゃ眠いよ。


「ごめん、明日も早いんで寝る」

「おやすみ~」


 こうして、俺とラジ子の奇妙な生活が始まる。普段はずっとラジオの姿のまま。その状態でも会話は可能なので、ラジオ番組を聴くような感じで彼女の雑談に付き合っていた。


「ご飯とかいらないの?」

「星のエネルギーを直に呼吸してるからいらない」

「便利だねえ」

「タカシも機械の体になる?」


 この言葉にドキッとする。機械の体ってSFじゃ最終的に否定されるアレじゃん。この誘いが悪魔の誘惑のように聞こえた俺は、やんわりと拒否。


「や、遠慮しとく。って言うかそんなの出来るの?」

「出来ないよ。言ってみただけ!」


 どうやらそれは冗談だったようだ。俺は安心してため息を吐き出した。ラジ子との会話だけど、彼女曰く、俺にしか聞こえていないらしい。精神の波長を合わせて、脳内に直接語りかけているのだとか。スピーカーから聞こえるように感じるのは錯覚との事。

 拾ってきてもすぐに喋らなかったのは、そのためだったようだ。


「じゃあ周りからは俺が独り言を喋ってるだけに見えるんだ」

「そ。まあ部屋にいる時しか話さないから別にいいんじゃない?」


 彼女の話はとても興味深く、俺はほぼ聞き役に回っている。ラジ子は調査のために単独で地球にやってきて、そこで目にしたラジオが気に入って今の体にしたらしい。彼女曰く、地球人はとても興味深いとの事。


「じゃあ、俺も興味深い?」

「当然。私を受け入れてくれるってだけで特別よ。とても物好きだと思うわ」

「それ、褒めてるんだよね?」

「当たり前じゃない」


 ラジ子は可愛らしくクスクスと笑う。声が女性声優っぽいのは、そう言うのが受け入れやすいと言う結論が出たからのようだ。どうやって調べたのか、日本のサブカル事情にもとても詳しい。

 いつしか俺は困った時にネット検索するのでなく、彼女に聞くようになっていた。


「オッケーラジ子」

「何が聞きたい?」

「この問題の答え教えて」

「解き方は教えるから自分で考えなさい」


 そんな感じで俺達は仲良くやっていた。ある夜、俺の夢に150センチくらいの等身大の美少女ロボが現れる。


「やっほータカシ」

「え? ラジ子?」

「夢の中なら大きさも自由ね。あなたの好みに合わせたんだけど、どう?」

「いや、バッチリだけど……」


 俺は自分の願望が目の前で展開しているのか、ラジ子の精神介入なのか判断がつかなかった。夢だけど夢じゃないような変なリアル感があったのだ。


「この夢は私から干渉してるよ。当然じゃない」

「そう言う機能もあるんだ」

「機能言うな、能力じゃ」

「あ、ごめ」


 ラジ子は豪快に笑う。実際の彼女より表情が豊かだ。夢の中のラジ子と俺は夢の世界で楽しく遊ぶ。一緒に空を飛んだり、一緒に御飯を食べたり、ゲームをしたり。夢だから何でも出来た。ずっと海に潜る事も出来たし、宇宙にも行けた。


「今度はラジ子の故郷に行こうか」

「ダメ、タカシのイメージの中にないものは再現出来ない」

「夢も万能じゃないのか……」

「でも興味を持ってくれて嬉しい」


 起きても寝てもラジ子と一緒にいる。いつしかそれが当たり前になって、幸せな時間は過ぎていった。いつかは別れの日が来てしまうのだろうけど、俺の頭はすっぱりその可能性を消していた。


 そんなある日、学校から帰って部屋のドアを開けると、そこにラジ子はいなかった。部屋が妙に片付いているので、犯人はすぐに見当がつく。


「お母さん、部屋にあったラジオどこにやったの?」

「あ、あの動かないやつ? 捨てたけど? マズかったの?」


 母はそう言うタイプの人間だ。俺は母に軽く雷を落としてすぐにゴミ収集場所に向かった。燃えないゴミの日は明日だから、探せばすぐに見つかるだろう。


「ラジ子、ラジ子……」


 予想通り、ラジ子はすぐに見つかった。けれど何かおかしい。うまく説明出来ない違和感を感じながら、俺は彼女を連れて部屋に戻った。


「ヒドい目に遭わせちゃってゴメンな」

「……」


 返事が返ってこない。俺は試しにプラグをコンセントを挿してみた。電源スイッチを入れるとスピーカーからノイズが聞こえてくる。俺が拾ったのは普通のラジオだったのだ。


「あれ? なんで?」


 別ラジオを拾ったのかと確認するものの、それはどう見てもラジ子だった。本体の細かな傷とかも見覚えがある。間違えるはずがない。

 と言う事は、何らかの理由でラジ子はこのラジオの体を捨てたのだ。


「そんな……どうして……」


 この突然の別れに俺は絶望する。いつかはそう言う日が来るだろうと覚悟してたけど、こんなに呆気ない幕切れだなんて。部屋に鍵をしなかったばっかりに……。

 母の性格は知っていたのに、自分のバカさ加減が情けない。だからだろうか、両目から流れる涙を止められなかった。


 俺は窓を開けて夜空を眺める。星々は俺の気持ちと関係なく、無邪気に天空で光り輝いていた。


「もう、会えないのかな……」

「アハハハ」

「?!」


 突然の笑い声に振り返る。その声は当然ラジオから聞こえてきたものではない。その音声の発信源は、ラジオの隣に置いてあるノートPCからだった。俺の視線に気付いたからか、PCはカシャカシャと音を立てて人型に変形する。


「捨てられそうになったから、こっちに移ったのよ」

「じゃあこれからはパソ子だ」

「オッケーパソ子ね。分かった。これからもよろしく!」


 ラジオと同じように、乗り移られると本来の性能は発揮されない。でも機械音痴の母はPCを触らないだろうから、もう捨てられる事はないだろう。

 俺は改めてパソ子と握手を交わし、そしてまた楽しい日々は続くのだった。

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いとしのラジ子 にゃべ♪ @nyabech2016

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