幻の恋は第六感

@nekochansong03

第1話

私は読書が好きである。40も後半になり、コーヒー好きになり、街の古本屋がお気に入り成った。そこは専門店並みの美味しいコーヒーを出し、値段も安いのに、素朴なカップになみなみと注がれていた。店主は40代前半とおもわれるスラリとした青年で、(おばさんにしては年下は青年)寡黙で日本的な美男子。髪を後ろで結わえているのも、武士の佇まいが好きなので好感を持てる。そこはコーヒーを注文すると購入した本が値引きして呉れるので、コーヒーを飲み終える一時が、店主の姿や本の並びを愛で、かつ静かな時間が癒しだった。


世の中はアラフォーとか、賞味期限切れを無理に伸ばしている未婚の女性がいるが、私は早婚なので、高卒の娘を設けているので、彼女らのような焦りはない。かつ最近夫の浮気が発覚し、気づかなかっただけで以前もあったかも知れないが、離婚するまでもなかったが、私の方から離婚を切り出した。なんとなくもうどうでも良くなっていた。娘も高校を卒業していたし、ローンの終わったマンションの名義を替えて呉れたし、高卒後、働きにでず、何のキャリアもなかったが、私はコールセンターでパートをしているので当座の暮らしに困らなかった。夫がどうなったかは知らない。

夫が離れたせいか、娘に執着するようになった。

何につけ娘の理想の婿を探していた。40代前半の未婚の女性が、伴侶を探すように、、40代後半の私は、娘婿を探していた。それは同じように執拗だった。多分孫が欲しかったのだろう、、、

其処で、此の古本屋の店主も娘婿として目を付けたのだが、

私を一見して見切ったようだった。

ただのおばさんと判断し、素っ気ない態度に終始していた。

私は、取っ掛かり、切っ掛けを探したが、とりつく島がなかった。

癒しの空間だったが、数回行って足が遠退いた。


娘との関係は、家では夫婦で出掛けることも無く、娘も友逹と出掛けることばかりで、家族旅行などは最近は皆無だった。それで私が離婚したい旨を、娘に伝えた時も、あっさりしたものだった。

しかし、銀行で学資ローンを組める事を話し、短大か専門学校なら行けるといっても、進学せず、好きなアルバイトをして生活すると言った。気づかなかったが、娘は人知れず傷付いていたのかもしれなかった。アルバイトも新しいアパートも、ひとりで決めて、娘は巣立って行った。

一緒に住んでいた時、

外で見つけて、「素敵な人が居るんだけど、あなたの彼氏にどう?」というと、「どうせかなり年上でしょ。」といい、「あなた付き合って居る人居たっけ?」というと、「知らぬは親ばかり。」と嘘ぶいた。


娘はひとり暮らしをして半年もしないで、結婚したいから相手の男性にあって、と言った。私は二言はなかったが、

娘が「その眼鏡どうにかして、相手はおしゃれな人だから。」と言った。私はメガネを掛けた普通の冴えないおばさんだ。(おしゃれなメガネって何?、、、)

勝手に結婚を決めて、注文を出されるのに腹ただしく感じた。

暮らしには困らなかったが、私の貯金に余裕はなかった。コンタクトレンズにしようと決めたが、何か真面目に考えるのが、面倒くさい心境になっていた。

そんな時スマホに(気軽に収入を得よう。急な出費に!)という広告に目が行った。私は平凡で地味な、穏やかな性格の印象だが、かなりズーズーしい性格である。これは身内しか知らない。アンケートに答えると5万円、もらえるという、エステの広告で、上手い話しはなく、5万円は振り込まれるが、もれなく、数十万円のエステ券を購入するよう促される。私は常識としつこい勧誘の電話を掻い潜って、とうとう支払いもせず、コンタクトレンズ代5万円を得、コンタクトレンズを買い求めた。


その頃から、自分以外の外界が歪みはじめた。夫とは離婚し、娘は亭主とのプライベートを尊重する為、あまり訪れる事もなかった。父も母も病弱で、とうになくなったので、親戚づきあいも無い。マンションなので付き合いもなし。職場で私は特に魅力もなく、離婚して娘が別居してから、情緒不安になり、突然笑い出したりするので、おばちゃん達の多い職場で、誘い合うことがあったが、変わった人だと敬遠され、私的な付き合いがなく、スルーされて居た。でもそれが良かったかも知れない。自分と特に親しい人が居ない自分以外の外界は、厳格に二分されていた。買い物等で出掛けると、接触して来るのは父母の年代の、私は言い易い対象にみえるのか、度々行動を注意される。しかしその時は、せっかく購入したので、コンタクトレンズをしていたが、視力も弱く、体質も弱いのか、目がきついことがあったが、我慢して付けていた。だがそれだけで、自分には違いがなかった。

バスに乗ったり、店先に行ったりした時、父母の年代の人に声を掛けられることが多くなった。それも、物を訪ねられたり、無理なお世辞を言われたり、、、

ただその人達に魅力を感じなかったので、ぞんざいにした。

まるで自分以外のキャストが、総入れ替えしたような、、、


それをかなり感じたのは、近所のおばさんがごみ出しの時、気が緩んでいる時、必ずダメ出しをしてくるのだが、あまりダメ出しをされるとへこむのだが、それも注意して、もらっていると認識していたが、ごみ出しの時気が緩んでいたが、

その口うるさいおばさんが、まるで、私が透明人間になったように、スルーしていったことである。

その日は仕事が休みの日だった。心のモヤモヤを晴らすように、外出した。お気に入りのワンピースを着て、この頃のようにコンタクトレンズをした。しかしドライアイが悪化して、目が傷んだ。眼鏡はしばらくしていなかったので、どこに置いたか見当たらなかった。

それでコンタクトレンズだけはずして、出掛けた。しばらく、足が遠退いたお気に入りの古本屋に行った。雨が降り出していた。

雨足は激しくなっていた。傘を差しても雨屑が身に絡みついた。古本屋の扉を開けると、(ティンカーベル、)と言う店主の声が聞こえた。正確には頭に響いた。古本屋に入ってすぐ、身震いして雨屑を払った。

店主が目を見張った気がした。お気に入りのワンピースを着て、眼鏡をはずしたから少しは良く見えたのだろうか?

(もしかしたらあなたはピーターパン?)私は思った。

それからそこは私の憩いの場になった。

週に一度は行っただろうか。私はまた眼鏡をか掛け出し、平凡なメガネおばさんになったが、店主は釣り銭を渡す時、私の手を握りニヤッと笑った。私が(店主さんは41、2歳位かしら?)と思ったら、(イヤイヤまだ30代だよ、)と言う声が頭に響いた。言葉に出さなくても会話出来ると、思った初めての時だった。

マンションにひとり暮らししている私は、ベッドでもひとりである。突然天井の方から店主さんの声がした。その姿が朧気に現れたような気がした。

私は夢の中で店主とセックスをした。それは身を引き裂かれるように激しいものだった。(これを仲間にもあじあわせなければならない)と彼は言った。私は即座にダメと言った。

私は夢の中でまるまると太った男の子を産んでいた。

至極の幸福感を味わっていた。

朝起きた時、布団は私の涙でグショグショに濡れていた。


又ある日のこと、古本屋の中は静かだったが、店主さんの声が聞こえて来た。(300年ぶりに山を降りて来たけど、いいことないな。かわいい子に会えるとか、、、)(お前はもしかしたら茨城の銀ぎつねか?俺も一緒に居たはず、)私は(私の正体は白い大蛇だから勝てるかな?)(イヤ、あなたは山そのもの。何にでもなれるから、勝てないか、)

その後、私が自宅で寝ていると、突然急降下するような、気分の落ち込みを覚えた。店主の(一緒に逃げよう!店か駅まで来てくれ、)という声が聞こえた。私は(パジャマに着替えているから、本気ならあなたが家に迎えに来て、)と言った。

そして、私は何とも言えない気持ちで待った。

また別の日、高齢の男性が古本屋にいた。何の不思議はないけれど、(社会党で、薬の売人のどこがいいんだ)という声が聞こえた。


ある日古本屋に行くと、彼の頬に絆創膏が張ってあった。猫にでも引っ掛かれたのかも、知れないが、前より痩せていて、それよりやつれた感じがひどかった。何時ものように、お釣を渡す彼の手は震えていた。



結婚後、娘はまもなく妊娠して、しかし出産の手伝いはいらないといった。それで娘の亭主と仲良くなる機会を失い、結婚後2、3度しか訪問していなかった。訪れようとした時、また、自分以外の外界が歪んでいる感じを覚えた。

それで、今度からの訪問は、ドアののぶに物を引っ掛けて置くだけにしようと思った。

古本屋で趣味のいい絵本を見つけた日も、行くかどうか迷った。しかし衝動的に出掛けていた。気持ちは押さえられず、買ってしまった絵本をのぶにぶら下げて、、、



その後、古本屋に行くと男女のカップルが、カウンターに座っていた。男は「うらやましいでしょう」と言っていた。男性は同年代、女性は20代だった。店主は心底羨ましがってるようすだが、私は頭の中で(知り合い?)と言ったが、答えはなく、私には完全に心を閉ざしていた。

私の癒しの場は古本屋しかなかった。しかし気持ちは落ちこんでいた。

そっけない、店主の素振りを見るのがやるせなかった。

古本屋に向かう足取りは重かった。雨が降っていた。その時店主さんの(俺は、お前を愛してる。ふたりでどこかに逃げよう、、、そしてそこで過ごそう、、、さぁ今直ぐ俺の胸に飛びこんで来るがいい)という声が聞こえた。(私も愛している。私も同じ気持ち)と応えた。それから妄想と未来に対する希望が、心を一杯に満たしていった。そこには、私を愛している店主の満面の笑顔が迎えてくれるはずだった。

走る、走る、足取りはどんどん軽やに、、、心も同じように、軽やかに走って行った、、、その時雨は、雨粒は雨雲の中に去り、時間が逆回転するように、虹が出て、全てが輝いているように感じた。世界が二人を歓迎しているように感じた。

現実に雨足も弱くなっていた。

そのドアを開けると、突然、バリアを感じた。店主の私を拒否する心を感じた。やはり私の妄想だったのか。

予想外にそっけない態度に落ち込んだ。

失恋のショックを感じた。成就したと思った恋が現実にならなかった時、心が異常に落ち込んだ。殺伐とした離婚の経験者なので、恋の痛手は大したことないと、高を括っていたが、思ったよりつらいものだった。

又ある日、私は目一杯おしゃれをして古本屋へ行った。メガネはしていたが、、、店主はその頃のようにやつれたようすで、帰り際、私にお釣を渡す時(諦めたはずなのに、あきらめられない、忘れたはずなのに、忘れられない、)という声が聞こえた。お釣を渡す手が、私の手を握ろうとして、力なく離れた。

その後、もともと寡黙な彼だが、以前のようにそっけない態度に、以前足が遠退いたように、また今も同じように、この古本屋から自然に足が遠退いていくのだろうと思った。

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