八尋の契り

@maring

第1話

流れてきた。


どこから?どこへ?


もう記憶の始まりがわからない。


ただわかることは

貴方を捜しているということ。


いつの世も いつの夜も


君を捜している。


☆☆☆


トモエは知ってるの?


ううん、初めてだよ。


夫の裕也と大きな鳥居を見上げる。

大阪の隅っこにある

小さな小さな元遊郭の土地。

細い道を挟み、

背の低い水の多い建物が続く。


ここ、走ってたの。

走って走って、、、全力疾走というのはああいうことを言うんだなって思うくらい走ってね。

その鳥居の横にある小さな祠の前で私は転んだの。

黒い羽織を着た男数人に組み伏せられたわ。

骨は折れたかしら、

身動き取れないようにのし掛かられて、

頬に砂利が食い込み、、、、

そこからの記憶はないの。


ないんだ。


うん、そう。ないの。


緋の襦袢も着物も乱れて

それでもそんなことはどうでもいいの。

捕まえられたは殺される。

土牢に入り死ぬまで閉じ込められるか

水責めにされて息絶えるか

逃げるということはそういうこと。


トモエはもしかして足抜けした?


わからない。だけど断片を集めると

そういうことかなと思ってるわ。

でも見つかってないパズルピースが多すぎて絵は完成しないの。


わかるのは


わかるのは?


私を待っている人がいたこと。

その人が誰かはわからない。

時代は令和でも平成でもなくて、

大正から昭和。


だけど、昨日のことを思い出せるくらいの記憶なの。

この大きな鳥居も知ってるの。

確かに私がここにいたことはわかる。


ねぇ、裕也


なに?


私は誰だと思う?

記憶はこれだけじゃないの。

記憶の断片が飽和してて

これをどうしたらいいのかわからないの。


この記憶の意味を知りたいの。


鳥居に太陽がかかる。

トモエをトモエと呼べない今現在。

雀の声だけが、

都会から切り取られた絵の中に響く。




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