異世界転移勇者の出会いと別れ

山岡咲美

異世界転移勇者の出会いと別れ

 人は何故ニンジンを食べるのか? 人は何故ニンジンを食べさせようとするのか?



「だから、ニンジン入れるなってあれほど言ったのにーーーーーーーーーーー!!!!」



 男は見ず知らずの荒野で馬を連れた遊牧民の少女と出会う、少女は寒風ふきすさむこの荒野で生きる為に山羊の皮の分厚い服と帽子を目深まぶかにかぶっていた。


「あ、あの……」

 遊牧民の少女は荒野の真ん中で光と共に突然目の前に現れ大声で叫ぶ男に怯える、男は寒風ふきすさむこの荒野でとても生きれるとは思えないアロハシャツにサンダル履きだった。


「え? ああ、僕? 勇者勇者、この世界を救いに来たんだ、名前はイサム・ツチノヒ、これからよろしく──」

 イサム・ツチノヒは馴れた口調でそう言うと遊牧民の少女を見つめた。


「え、私、ナターシャ・ハン、移動集落に住むハン族の村長むらおさの娘です」

 ナターシャ・ハンは物怖じしないイサム・ツチノヒの勢いにおされ素直に話す。


「ところでさ、ナターシャちゃんは何か困ってるでしょ? 相談のるよ」

 イサム・ツチノヒはまた馴れた口調でそう言うとナターシャ・ハンの背丈までかがんで優しく笑った。


「………………あ、あの、、、」


 ナターシャ・ハンの青い瞳から涙がこぼれる、よく見ると馬は疲れはてナターシャ・ハンの服も落馬のあとだろか泥まみれだった。



「ゆっくりでいいよ」



 イサム・ツチノヒはアロハで凍える自分の手足をさすりながそう言った。



***



 暖と食事の為に荒野で火をおこす。



「あっ、ニンジンよけてね」



 勇者? イサム・ツチノヒは遊牧民の少女ナターシャ・ハンにそう言うとナターシャ・ハンが作ったクリームシチューを頬張る。


「ニンジン苦手なのですか?」

 ナターシャ・ハンはかわいそうな人を見つめるような顔をした。


「苦手って言うか…………あ、これをチーズ入ってるじゃん、美味しい、美味しいよ!」

 イサム・ツチノヒは話を反らす、チーズの香りと塩味が山羊の乳のクリームシチューを更に濃厚な味にする。


「あの、あなたが勇者様と言うのは……」

 ナターシャ・ハンは手袋のまま木の器を持ち、木のさじでニンジンのたっぷり入ったクリームシチューをゆっくり食べる。


「本当だよ、僕は何度も異世界転移を繰り返して人助けをしてるんだ、正確には転移先には大抵厄介事が待っててそれを解決法する事になるんだけどさ」

 イサム・ツチノヒのこのにはこういった事情があったらしい。


「転移? 厄介事?」

 ナターシャ・ハンはイサム・ツチノヒの話を理解していない様子だったがそれでもイサム・ツチノヒの落ち着いた感じにとりあえず話だけでもしてみようと思った。



 ナターシャ・ハンはいきさつを語る。



「まず私はハン族の村長むらおさの娘で、村を救う為、人狼狩りの傭兵を探しています、村は人狼に支配されてしまったのです」

 ナターシャ・ハンが言うには人狼は百匹はいてその人狼が村という村の家畜を襲い食べ尽くしているのだと言う。


「つまり人狼百匹BANすればいいんだね」

 イサム・ツチノヒは指鉄砲を構え軽くそう言った。


「BAN?」

 ナターシャ・ハンは意味が分かっていない。


「狩るって事さ」

 勇者は少し笑うと冷たく言いはなった、彼は勇者であって外交官(交渉人)では無い、勇者とは常に悪いやつをにその世界に現れるのだ。


「…………」

 ナターシャ・ハンは言葉を失い目の前の人が急に怖くなった。



***



「ちょっと待っててね」


 勇者はちかくに有った棒切れで地面に魔方陣を書く、遠くにナターシャ・ハンの移動式住居の点在する村が見える。


「あの、何を?」

 ナターシャ・ハンはこれからおこる事に不安を感じている。


「ま、狼さんを狩るのは狩人さんで決まりだしね」

 地面の魔方陣が怪しく紫に輝き、その魔方陣からライフルが生えて来る。


「そ、それは?」

 ナターシャ・ハンはいや、この世界の住人はライフル、銃を見た事が無かった。


「人殺しの道具さ」

 勇者はライフルをその手に持ち悲しそうに笑った。


「…………」

 ナターシャ・ハンは助けて欲しい、でもこの人はきっとこんな事をしたくないのだと思った。



***



「ちょっと帽子借りるね」


 勇者はライフルを構える前、ナターシャ・ハンの帽子を借りて深々と被った、子供に人殺しの顔みせれない、そして見られたくなかったからだ。


 ナターシャ・ハンはその光景に立ちつくす、金色の髪は重くたれ青い瞳は目の前の光景から目をそらせられない。



「一匹」


「二匹」


「三匹」


「四匹」


 勇者はライフルを使い、次々と人狼を仕留めて行く、荒野に銃声が撃った弾の数だけ狩った人狼の数だけ消えて行く。


「五匹」


「六匹」


「七匹」


「八匹」


 勇者の力は圧倒的だった、人狼達は自分に何が起こっているのかも解らず狩られていく、まるで彼らが生まれてきた事さえ間違いであるように。


「九匹」


「十匹」


「十一匹」


「十二匹」


 十二匹目をこえた辺りから人狼が村を捨て逃げ始めた、何も解らず狩られていくのは彼らとて本望では無いのだろう。


「十三匹」


「十四匹」


「十五匹」


「十六匹」


 勇者は追撃の手を緩めない、ここで逃せば体制を整えまた村を襲うかもしれない


「十七匹」


「十八匹」


「十九匹」


「二十匹」


 勇者は村に隠れる人狼、人質を取る人狼、震えまるまる人狼、立ち尽くす人狼、何する人狼も狩って行く。



「二十……」


「止めて!!!!!!!!」



 勇者が二十一匹目の人狼を狩ろうとした時ナターシャ・ハンが、村を襲われた遊牧民の少女がそれを止めた。



「もう、いいのか?」


「ええ、いいんです」


「また村が襲われるかも知れないよ?」


「ええ、でも私達が戦います」



「そう……」

 イサム・ツチノヒは呟くと、ナターシャ・ハンに帽子を返す。



「あったかいクリームシチューが食べたいな」



***



「ニンジン苦手なんじゃ?」


 解放された遊牧民の移動式住居でイサム・ツチノヒはニンジンたっぷりのクリームシチューをよそってもらう。


「苦手じゃ無いよ、ただ食べると……」

 イサム・ツチノヒは木のさじでクリームシチューをふうふうしながら口に運ぶ。


「異世界転移しちゃうんだ(笑)」


 イサム・ツチノヒは光に包まれる。


「あの、勇者様、お礼を、帽子!!」

 ナターシャ・ハンがかぶっていた帽子を勇者に渡す。



「ありがとう……」



 イサム・ツチノヒは遊牧民の少女に帽子をもらった、それは彼が罪を隠すのに丁度良かった。



***



「あ、お帰りなさい勇者イサム」


 エプロン女神、イリナ・ニジンスキーがカップケーキを焼いている。


「イリナ! ハンバーグにニンジン混ぜただろ!!」

 勇者イサム・ツチノヒは遊牧民の少女ナターシャ・ハンからもらった帽子を手に子供みたいな一言をエプロン女神、イリナ・ニジンスキーに投げ掛ける。


「あら、その分だと勇者の責務を果たしたのね、偉いわ~~♪」

 エプロン女神、イリナ・ニジンスキーは嬉しそうに勇者イサム・ツチノヒを誉める。


「果たしたも何もいちいちあんなの為に異世界転移してられるか!!」

 勇者イサム・ツチノヒは異世界転移のあとは気が立っている。


「何を言ってるんです勇者イサム、悲劇にあんなんもこんなんもありません」

 いい言葉に聞こえるがエプロン女神、イリナ・ニジンスキーはなんとなく言ってるだけだ。


「大層ご立派な意見だが僕は女神の使いパシリじゃ無いぞ!」

 飛ばされる身にもなりましょう。


「あらあら、勇者様を使いパシリなどと、甘い物でもお食べになって落ち着いてください」

 エプロン女神イリナ・ニジンスキーが勇者イサム・ツチノヒの口にカップケーキを突っ込む。


「ふざけんな! 僕がどんな気持ちで戦ってると思って……これニンジン入ってる?!」


「行っていらっしゃい勇者様~~♪♪」



 勇者イサム・ツチノヒはまた光に包まれた。



 彼は異世界転移勇者イサム・ツチノヒ、ニンジンを食べるだけで異世界転移が出来る特異体質の為、女神にいいように使われるあわれな男である。

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