とある転勤族の話

寺音

とある転勤族の話

 この時期は出会いと別れの季節と言うけれど、やはり来てしまった。

 転勤の辞令である。

 オイオイ。まだ二年しか経ってないぞ流石に早すぎないか。

 心底そう思うが、僕にそれを言う権限はない。この会社の係長クラスなぞ、上の言うことに大人しく従うしかないのだから。


 しかし、妻と子どもに何て言おう。ようやくこの環境に馴染んできた所だと言うのに。

 思わず僕の口から、重いため息が漏れ出たのだった。




「良いわよ。ついていっても」

「え? 本当かい!?」

 緊張しながら妻に転勤のことを告げると、僕の心配を余所に彼女はアッサリとそう言った。結婚生活は六年目に突入しているが、その間引っ越しはなんと四回、今回で五回目となる。

 毎回振り回してしまうので、今回は単身赴任も覚悟していたのだが。


「大丈夫なのか、その……友達とかもできたんじゃないのか?」

「まぁ、できたことはできたけど。それより今度行く場所って、凄く綺麗な青い海や緑の山が見える所なんでしょう? そっちの方が楽しみだわ」

「お父さん! 僕も海や山で遊びたい!」

 なんと遊んでいたはずの息子も、こちらの話に混じるなり賛成してきた。

 そうか、今の場所は自然がほとんどなかったから、自然溢れる土地への想いが優ったのか。


 転勤は困るが、どうせまた数年で別の場所へ移動になるのだ。

 それならば長期の旅行と捉えて、田舎でのんびりするのも悪くないのかもしれない。色々な場所へ行けるのも、転勤族の特権だ。


「ありがとう! 正直今回は単身赴任も覚悟していたんだ。でも見知らぬ場所で一人と言うのも心細いしね。着いてきてくれると聞いてホッとしたよ!」

 僕の言葉に妻はクスリと笑う。

「結婚した時に言ったでしょ? 私は旅が好きなの、ボウヤもでしょ?」

 妻が息子の身体に触れ、同意を求める。息子は元気良く答えた。

「うん! 友達と離れるのは辛いけど、色々な所に行けるのは楽しいよね!」


 僕は良い家族を持ったなぁ。

 改めて僕は、愛しい家族にお礼の言葉を伝えた。





 諸々の手続きを終えて、僕たち家族は新天地へとやってきた。

 海や山は噂通り色鮮やかな美しさで、早速息子は大はしゃぎ。ろくな準備もせずに外へ飛び出そうとしたので、妻と慌てて引き止める羽目になってしまった。


 今日で僕は初出勤。ここの支店の人たちはどんな人たちだろうか。

 柄にもなく緊張し、僕は大きく息を吸って部屋へと入る。



「初めまして! 他星移住地候補調査会社、地球支店の皆様。この度こちらに配属となりました。地球のことは何一つ分かりませんが、精一杯頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します!」

 支店の人たちは二本の手を打ち鳴らし、僕を出迎えてくれた。

 成る程、地球人の腕は二本か。前回は十本ほどあったから、慣れるまで時間がかかりそうだ。


 他星移住候補調査会社とは、その名の通り。宇宙の様々な星に住む皆様へ快適な移住地を提案する為、事前調査を行う会社である。

 その星のメリットやデメリットを正確に伝えてこそ、お客様は安心して別の星へ移住することができる。その為何より大切なのが、この調査だ。


 宇宙船開発が進むにつれ、この事業は毎年市場を拡大している。やりがいのある仕事だが、宇宙人だとバレるのを防ぐ為、数年単位でがあるのが辛いところだ。



「ようこそ地球支店へ。歓迎いたします」

 『責任者』と書かれた名札をつけた人が近寄ってくる。分かりやすい表記は、慣れない僕への配慮だろう。


「早速ですが、貴方には『調査』へ出ていただくことになります。そこで地球人に紛れ共に生活し、移住地としての地球のお勧めポイントなどを報告書にまとめて下さい」

 そう言って、その人は僕に箱を渡す。

「今回調査していただくのは、ここ、日本の高等学校です。大人とされる年齢に達する前の、子どもたちの学舎となっております。こちらが潜入用のボディスーツと貴方の人物設定です」


 成る程、スーツがなくては外見を取り繕うことができないからな。設定は、無口で内気な男子高校生、か。後でよく設定を読み込んでおかなければ。

 それと、もう少しこの地の文化を調べておくべきかな。


 試しにスーツを着てみると、僕の外見はあっという間に地球人のになる。うん、地味だがなかなか悪くないんじゃないか。

 特殊シールドが貼られた自宅以外でこのスーツは脱げないので、好感の持てる外観は有難い。あ、妻と子どもの私生活の分も支給してもらわなくては。


「おっと、第三の目が開いてますよ、気をつけて! 地球人にバレたら一発で解雇ですからね!」

 おっといけない、新天地配属直後にクビだなんて。せっかく家族も地球での新生活に胸を躍らせていると言うのに。


 僕は慌てて第三の目を固く閉じて、頭部に生えた毛でその場所を覆い隠す。

 郷に入っては郷に従え。

 僕がこの会社に就職し、先ず覚えた言葉である。



 さぁ、地球人の郷に従って、仕事開始だ。

 僕はこれから数年お世話になる外見で、二本の腕をぐるりと回した。







 

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