視えない世界

桜桃

第1話 出会いという名のプレゼント

 学校の裏山。そこは緑で生い茂っており、奥の方を覗こうとすると陽光が葉の隙間から降り注ぎ綺麗な光景を見ることが出来る。


 普段は奥へと入ろうと思わない。でも、今日は何故か、入りたい。

 何かに呼ばれているような。そんな気がする。


 入ろうとする森には、人の出入りはあるらしく道が作られている


 何かが出てきそうな雰囲気が凄いな。まぁ、何か出てきたところで、本当になんだろうなぁ。人では無いのは確か。


「ん? あれって、お社?」


 古いお社があった。なんでこんなところに?

 触れてみようと手を伸ばすと、上から男性にしては少し高い声が聞こえた。


「おや。私の声、聞こえるのかい?」

「貴方……は?」


 これが、彼と私の出会いだった。


 ※※


「おや。今日も来たみたいだね」

「別に。暇だからつい……」


 森の中を進むと、少し古臭いお社がある。その近くに立っている樹木には、白銀の髪を風になびかせながら、煙管をふかしている青年が枝に座り私を見下ろしてきた。

 瞳は赤く、珍しい色をしている。肌白に白い着物。瞬きをしてしまうと風に吹かれて消えてしまうのではないかと不安になる。


「ねぇ。いい加減答えて欲しいんだけど。貴方は、何者?」

「何度も言っているじゃないか。私は『この世ならざるもの』。それ以上でも以下でもないよ」

「……とりあえず、人間ではないということなのよね?」

「そうだねぇ。人間ではないよ、安心して」

「逆に、安心できないんだけど……」


 枝に座っている彼が高笑いをし、白い着物を揺らし銀髪を陽光で輝かせながら地面へと降り立った。

 私の目の前に経つ彼は、身長がおそらく180後半。見下ろしてくる瞳の中に私の顔が映り込んでいる。


「とって食べたりしない。本当に安心しておくれ」

「まぁ、そうね。貴方は他のこの世ならざるモノでは無いとわかる。大丈夫よ、疑っていない」


 私は見える。いや、視えてしまう。

 視たくないのに、視えてしまうんだ。この目のせいで、周りとは馴染めず。とりあえず最後だからと色紙交換や話などをしていた。

 そんな時、彼に呼ばれたかどうかは分からないが。なぜか、ここに来なければならない。そんな気がしてしまった。


「最初の言葉で貴方が人間ではないと察したから大丈夫よ」

「思わず聞いてしまってね。人間と目が合ったのは何百年ぶりだろうか」


 目を伏せ、薄い笑みを浮かべる彼。見た目が綺麗な分、見惚れてしまいそうになる。でも、そのまま見続けることはできない。

 彼の瞳に映る私の顔は、いつも無表情。笑いたくても笑えない。だから、目を逸らす。


「このまま、ここに居たいなぁ」

「それはやめておいた方がいいよ。それに、もう少しで季節が変わる。君にも新しい出会いがあるんじゃないのかい?」

「この目のせいで、何も無いよ。周りとは、関わりたくない」

「なら、その目がなければ君は幸せかい?」

「そうだね。まぁ、どうすることも出来ないけど」

「もし、出来るとしたら?」

「えっ?」


 彼の言葉に思わず顔を向けてしまった。赤い瞳には私の驚いた表情が映る。それでも、彼は口元に浮かべる笑みを消さず私を見続ける。


「その目をどうにかすることが出来れば、君は周りと関われるかい?」

「なんでそんなことを聞くの?」

「君は、もうここに来ては行けない。呑み込まれてしまうからね」


 彼の言葉が理解できない。どういうことだろうか。

 彼を見続けても答えがない。考えても理解できない。


「君はまだ、完全にこちらの人間では無い。まだ、間に合うよ。それとも、こちら側に来たいかい?」


 そう口にした彼は、いきなり私の瞳を片手で覆った。でも、直ぐにその手は離される。


「いきなりなっ──」


 目の前には彼が困ったように眉を下げ、私を見下ろしている姿があった。ただ、それだけじゃない。

 彼の背後に、黒く濁っている無数の手が私に伸びてきていた。

 確実に、私を捕まえようとしている。


 体が震える。なにあれ。なんで、彼は何も言わない。なんなんだ。


「っ……」


 頭から警告音が鳴り、咄嗟に彼とは反対側へと走り出した。その時、彼の声が耳に届く。


「私のように、ならないでね」


 その言葉は悲しげで、儚くて。今にも消えてしまいそうな声だった──……


 ※※


「ねぇ! 今日も仕事帰りにいつもの所行かない?」

「そうだね! 行こう行こう! ね、君もおいでよ!!」


 スーツを着た女性が私を誘ってくれている。

 仕事にも慣れ、周りの人と馴染めるようになった。

 視えていたモノは、いつの間に視え無くなっており。今は周りの人と普通に話せるようになっている。


 最初はすごく緊張したなぁ。

 カタコトで自己紹介をしてしまい、今目の前で私を誘ってくれている二人に笑われたっけ。

 でも、それがあったおかげ今の私がいる。

 人と関わりたくなかったけど、出会いなんて私には無縁な事だと思っていたけど。

 今は、この出会いに感謝している。でも、それだけじゃない。


「ごめん! 今日は行きたい所があるの」

「あ、そうなの? なら、また明日行こう!!」

「うん! またね」

「またねぇ~」


 そのまま二人と別れ、私はビジネスバックを持って歩き出した。

 向かっている先は私の母校。


 今はもう下校ラッシュが終わったあとなため、生徒達はいない。

 当たり前のように母校の裏にある森の中へと歩く。


 今は人の出入りがないのか、草木が道を塞いでしまっていた。

 足元に気をつけ、手などを切らないように気をつけながら進むと、見覚えのあるものを見つけることが出来た。


「まだ、あったんだ」


 小さなお社。でも、手入れが全くされていないのか葉っぱが沢山落ち、汚れや腐敗が目立つ。

 一度でも嵐が来たら壊れてしまいそうだなぁ。


「っ!」


 視線? どこから?


 周りを見回しても人はいない。でも、確実に視線を感じた。


「もしかして、いるの?」


 問いかけても返答はない。ただ、風が木々を揺らし音を鳴らすだけ。

 木の上を見ても誰もいない。気のせいだったのだろうか。


 ビジネスバックの中に入っている、私おすすめの和菓子。パックの中に入っている桜餅をお社の手前に置く。


「あの時は、助けてくれてありがとう。私に出会いをくれて、ありがとう」


 彼が一体何者だったのか。今の私にはもう、知ることなどできやしない。だって、もう視えないから。


 手を合わせ、空を見上げる。

 今日は天気が良く、太陽が木々の隙間を縫って私を照らしてくれる。


「帰ろう」


 そのまま来た道を戻り、帰宅した。


 ※※


「良かった。君は、もう人間の人生を送っているんだね」


 お社の近くに立っている樹木。そこには、一人の青年が枝に座り、彼女を見下ろしている。その口元には笑みが浮かび、手には煙管が握られていた。


「君はこちらに来ては行けない。私のように、いけないよ」


 寂しげに、それでいて諦めたような声。

 彼の後ろには、未だに黒い手が伸び彼の体を掴む。狙った獲物がなくなってしまった手は、一番近くにいる彼を掴む。


「さぁ、私の役割もこれで終わりかな」


 お社の近くに降り、彼はパックに入っている桜餅を手にする。そして、導かれるまま闇の中へと、姿を消してしまった。

 それから、この学校では時々噂が流れ始めた──……






「ねぇ、森の奥にあるお社。そこにはね、真っ黒な肌をした、白い着物の悪霊が封印されているんだって。そして、その悪霊に近づいたら、二度とこちら側には帰って来れないらしいよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

視えない世界 桜桃 @sakurannbo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ