ギムレット〜お別れの味〜

宇目埜めう

1

『君と初めて出会ったのは、まだ僕が大人になりきれない未熟な頃だった。今にして思えば、初めて出会ったときから、僕は君に心を奪われる運命だったのだと思う。

 ひどく透明で、触れると冷たかったことをよく覚えているよ。あの日の君は、僕になんか興味がなくて、ほかの男と口づけを交わしていたね。

 僕の方だって、今ほど君に心を奪われてはいなかったから、狂おしいほどの嫉妬──、までは感じなかったかな。

 でも、今は違う。口づけはおろか、君が誰かといるところを想像するだけで、比喩でもなんでもなく、僕は狂いそうになる。

 こんなことを言うと誤解を与えるかもしれないけれど、神に誓って僕はおかしくなってしまったわけじゃない。ただ、君のことが恋しくて焦がれているだけなんだ。それはいけないことなのかい? 

 医者が、そう言うんだ。君とは別れろと。そう言うんだ。そんなこと、医者が決められるのかい? 決めていいのかい?

 あぁ……。僕は病気じゃないよ。母さんが「このままでは誰かを傷つけてしまうから」なんて言うから、仕方がなく行きたくもない心療内科に行ったんだ。僕だって誰かを傷つけるのは、不本意だからね。それに母さんを安心させたかったから。

 でも──、それでも、君への思いは抑えられなかった。

 何度もお別れを言おうと思ったんだよ。実際に何度か言いもした。本当だ。

 けれど、ダメだった。君はいつだって、僕を受け入れてくれるから。だから、ついつい僕は冷たい君に触れ、君を口に含んでしまう。

 でも、今回こそは本当にお別れだ。君だけじゃなく、僕はこの世の全てとお別れするよ。もう、こうするしかないみたいだから。

 さようなら。

 願わくば、最後にもう一度君に触れ、君を口に含みたかった。あの世でも君に会えることを願いながら逝くよ』



「──、男の遺書には、そう残されていました」


 妙に抑揚をつけて、時折感情を交えながら、我がサークルでは、毎年卒コンと新歓コンパでお決まりとなっている朗読を披露する。


「この男はアルコール依存症でした。酒に恋焦がれた結果、酒を女性と思うほど病んでしまっていたと言われています。ですが、本当にそうだったのでしょうか。──いずれにしても。みなさんは、羽目を外しすぎないように。この男のようにならないように。節度を持って、飲みましょう。では、新入生。ようこそ、我が朗読サークルへ。──乾杯!!」


 幹事の挨拶を合図に、全員がグラスを掲げる。

 なんとも言えない朗読を聞かされて、気持ちよく飲めそうにない。朗読サークルならば、もっとマシな題材はないのだろうか。いや、朗読サークルだからこそなのか。

 例年急性アルコール中毒が頻発する卒業コンパ、新歓コンパの時期。予防としては、効果てきめんなのかもしれない。


 隣に座った新入生の酌を受けながら、「この透明感のある女の子も出会いと別れの季節が来ると、僕と同じようにこの男の遺書を思い出すようになるのだろうか」と漠然と思うのだった。

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ギムレット〜お別れの味〜 宇目埜めう @male_fat

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