真夜中の焼き鳥

杜右腕【と・うわん】

第1話 金曜日の独身寮

 ——三萬来い、三萬来い!

 そう願いながら、俺はまだ若干の冷たさが残る発泡酒をほんの少し、舐めるように口に含んだ。つまみに出したかきの種やいか薫はもう無くなってしまったが、夜中にゲームを中断してまでわざわざ買い出しに行きたくも無いので我慢して、また一口。


 金曜日の夜。正確には日付を越えているので土曜日の夜中、北関東某所にある、両毛電子工業株式会社、独身社員寮の一室は静かな熱気に包まれていた。

 俺以外の面子メンツは週末に何するかとか、日曜に洗濯したいけど天気が心配だとか、そんなくだらないことをだべっていて、一見、緊張しているのは俺一人のように見えるが、その目が期待に興奮しているのは明らかだ。

 半荘はんちゃん2回と云うことで始めた、週末恒例の麻雀だが、どうも今日はまあまあの出だしで、前半戦は若干プラスの2ちゃだったのだが、後半に入ってから、ツキに羽が生えて飛んで行ってしまったかの如く、全く和了あがれない。点数的にはさほどマイナスではないのだが、問題は今が最後の最後、いわゆるオーラスであることだ。

 このまま和了れずに終わったら、大変なことになる。

 だが、幸か不幸か、オーラスの親は俺。

 俺がここで和了り、更に勝ち続ければ、焼き鳥どころか逆転のトップも狙える。

 そして今、俺は一向聴イーシャンテン

 手牌は東・東・一萬・二萬・四萬・四萬・五萬・五萬・六萬・七萬・八萬・九萬・七筒。

 かなり良い手牌が揃っている。待ちは東、三萬、四萬、六萬、九萬。どれが来ても聴牌テンパイだが三萬がくれば、一気通貫いっつうが確定する。しかも三萬は場にも出ていない。その後六萬が来れば、一盃口イーペーコーも乗って……と夢が膨らむ。

 そして回ってきた俺の番。自摸ツモったのは、待ち焦がれた「三萬」。

 まだ三巡目で、俺が萬子ワンズを揃えていることは分からないだろう。これは大チャンスだ。立直リーチすれば点は上がるが、ここは他の面子を油断させるためにも黙聴だまテンで行こう。

 俺は緊張を隠し、少し迷ったふりをして七筒チーピンを切った。誰かに鳴かれること無く、問題無く通る。下手しもての山岸が自摸ツモるのをみて、発泡酒をぐっと飲んだ。

 ——六萬、六萬来い!

 さりげない風を装って、山岸が牌を切るのを見守る。

 切られた牌は四索スーソー。まあ、そう簡単には出ないわな。

 ちょっとがっかりして顔を上げると、対面トイメンの中島がニヤリと笑った。


「ロン」

 静かに中島が倒していく手牌を、俺は信じられない思いで見つめた。

 中島の手はタンヤオのみ。一番安い手だ。

「中島、お前……」

最下位ドベなのに何でタンヤオのみで和了るのかってか?」

 満面の笑みを浮かべる中島。

「だって、これでお前、焼き鳥だろう? 負け分を払ってもお釣り来るじゃん」


 四人の面子がそれぞれ親になり、それを二巡することを半荘と云うが、その半荘の間に一度も和了れないことを「焼き鳥」と呼び、勝敗の点数とは別に罰金が科されると云うローカルルールがある。まあ、正規のルールではなく、一種の遊びのような罰なのだが、この独身寮では、なぜか厳然とした絶対的ルールとして存在している。

 そしてこの独身寮では焼き鳥の罰もきちんと決められている。

 車を出して、市内の焼き鳥屋「とりよし」で面子に奢らなければならないのだ。ただの駄洒落だが、面子が満足するまで御馳走しなければならないので、金額が洒落にならない。中島が最下位を確定させてまで俺の和了りを阻止したのも当然だろう。

 そして当たり前だが、車を出す俺は酒も飲めず、他の面子が気持ちよく酔っぱらうのを指をくわえて見ていなければならない。酷いものだ。


「よーし! じゃあみんな、週末の予定は全部キャンセルして、晩までゆっくり寝て英気を養おう!!」

 上手かみての安本が嬉しそうに手を叩いて、牌を片付け始めた。


「お前ら、土曜の晩だぞ!? 予定あるだろう? デートとか合コンとか!!」

 俺が悪あがきするのを、三人は楽しそうに眺めてくる。

「金曜の夜にこんな所に集まって麻雀している奴に、そんなハイレベルな予定があるものかどうか、お前が一番よく知ってるだろう?」

 中島の直球な正論に轟沈した俺は、次の給料日までの貧乏耐久生活を覚悟するのだった。

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真夜中の焼き鳥 杜右腕【と・うわん】 @to_uwan

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